バトラさんは、金融やコンサルタントのキャリアを経て、AVPNのCEOに就任した。AVPNはもともと、「Asian Venture Philanthropy Network(アジアン・ベンチャー・フィランソロピー・ネットワーク、フィランソロピーとは社会貢献の意味)」として2011年に発足した。NPOや社会的企業に資金提供や経営支援を行うことが主な目的だったからだが、2024年に「AVPN 」に改名した。
「AVPNはベンチャー・フィランソロピーだけでなく、助成金やCSR(企業の社会的責任)、あるいは社会的投資といったより多様で多くの資金を気候変動や貧困、ジェンダーといった困難な社会課題に投じ、効果を上げることを目標にしているからです。資金は助成、寄付もあれば投資もあります。多様な資金が投じられることで、解決法も豊かになります。社会的企業への投資などはまだまだ新しい概念かもしれません。でも考えてみてください。スティーブ・ジョブズがアップルを創業したとき、人々は自分の必要としているものをわかっておらず、ジョブズがそれを提示したわけです。私たちが提供しているものも新しい概念で、社会貢献でありながら投資でもあるのです」
ネットワークも単につながりの提供にとどまらない。「似た領域に関心がある企業担当者や財団がいたとしたら、彼らをつなげます。それによって社会課題解決のためのファンドができたことも多数あります」
たとえば、AVPNは10の社会課題解決のためのファンドを仲介している。低収入家庭出身の少女を対象にしたSTEM(科学・技術・工学・数学)教育の100万ドル(約1億4800万円)のファンドは、石油企業のシェブロンやマイクロン財団、レノボ財団などが出資しているし、シャネル財団やターゲット財団、ビル&メリンダ・ゲイツ財団などが計2500万ドル(約37億円)出資した。ジェンダー平等に向けて女性や少女を支援するためのファンドもある。単一の出資者からなるファンドには、たとえばグーグルが1500万ドル(約22億円)出資して、労働者がAI教育や研修を受けられるものなどがある。
ファンドの仲介のほかに、政府への政策提言もする。
「シンガポール政府は今年の1月から、企業や個人による海外の一定の条件を満たした人道援助の団体への寄付を5年間にわたり100%所得控除できるようにしました。私たちも求めていたことでした。変化の規模を大きくするためには、政策形成当事者との協力は不可欠です」
さらに、今年から「ImpactCollab」という社会的投資のためのプラットフォームを始めた。「アジアの富裕層には社会貢献に興味を持つ人が多くなってきて、従って金融機関のプライベートバンクやウェルスマネジメント部門もこの分野に関心を寄せています。ビジネスとフィランソロピーが近づいているのです。そこでここでは、多くの知見を集めて、金融機関へのアドバイスなども行おうと考えています」
バトラさんはもともと、ビジネスのキャリアは積み重ねていたが、社会貢献への知見があったわけではなく、ヘッドハンターから声をかけられてCEOに。就任後は、各国のNPOや社会的企業から徹底的にヒアリングを重ねたという。
そこでわかったのは、社会課題の解決でインパクトを出すには、「ビジネス的な手法も必要。しかし、それだけでは不十分」ということだった。
「フィランソロピーがビジネスとは別物だという認識は間違っています。NPOは気候変動や貧困といった最も困難な課題に取り組んでいます。解決のためにはビジネスと同じように優秀な頭脳と資金が投じられる必要があり成果を出すことが求められます。一方で、ビジネスと全く同じであれば、数字に着目すればいいわけですが、それだけでは社会課題の解決はできません。一人ひとりの個別の事情をくみとり、寄り添い、内面の変化にも着目します。それぞれのストーリーが重要なのです。人は数字ではありませんから。課題解決の出発点も、何とかしなければという心と情熱に動かされることが多いですよね」
バトラさんが強調するのは、今という時代だからこその対話の重要性だ。
「現代の世界は分断されています。でも私たちは対話のテーブルを提供します。たとえばAVPNには宗教がベースになった組織も多く参加しています。ある組織の人たちが、パネルディスカッションでこんな発言をしました。『私たちは病院や学校を提供していますが、信仰に関係なく誰でも利用できます』。それを聞いた多くの人たちが驚いて『え! そうなんですか。全然知りませんでした』と。対話がなければお互いにわかり合えないままです。私たちは異なる文化や地域、国、セクターの間のギャップを埋めて橋渡しをするのです」