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インドの女性を水くみの重労働から自由に NPOがビジネスの手法で起こす意識の変化 

World Now 更新日: 公開日:
ラー財団は女性支援の一環として、地方で小商いをする女性たちに携帯電話を提供し、簡単なビジネス用のアプリの使い方を教えている
ラー財団は女性支援の一環として、地方で小商いをする女性たちに携帯電話を提供し、簡単なビジネス用のアプリの使い方を教えている=2024年7月8日、インド・ジャウハル市、秋山訓子撮影

インド西部のマハラシュトラ州。州都のムンバイから列車に乗り2時間、さらに車を2時間走らせ、繁茂する木々の間を行った道の先にカンド村があった。

村に住む主婦のディパリ・クタデさんとジョティ・ゴビンドさんは、今年6月に水の供給設備が集落にできるまで、水の確保に追われる毎日だった。家族の飲み水のため、5リットル入る金属製ポットを二つ、時には三つ、手で持ち頭の上に載せ、片道1キロの道のりを水くみ場まで1日最低2往復しなければならなかった。ここでは水の確保は女性たちの役割だ。

インド全土でも水の問題がある。政府の2018年発表の統計では、全人口の約4割、約6億人が深刻な水不足に直面しており、全世帯の75%が自宅の外で飲み水を入手しなければならない。

カンド村に飲料水の供給設備を提供したのは、ムンバイを拠点に水や農業、女性や若者の支援を行うNPOの「ラー財団」だ。最新のフィルター技術で水を濾過(ろか)し、飲用可能にした。クタデとゴビンドは語る。「水に追いまくられ、疲れ切っていた。まずは休みたい」「水くみに使っていた時間を何に使おうか考えるのが楽しい」

ラー財団から提供された施設で飲料水を飲む女性たち
ラー財団から提供された施設で飲料水を飲む女性たち=2024年7月8日、インド・カンド村、秋山訓子撮影

インドでは家にトイレがなく、屋外で済ませることが珍しくない。「屋外で排泄(はいせつ)すれば、流すための水は必要なく、水の節約にもなる。だが、そのせいでバクテリアが繁殖し、地下水を汚染する原因になっている」と同財団の創設者でCEOのサリカ・クルカルニさん。

モディ政権は2014年、屋外での排泄をなくそうとキャンペーンを開始。相当の効果を上げたとされるが、まだ屋外で排泄する人は後を絶たない。

ラー財団では井戸や浄水フィルターを設置したほか、村に「委員会」をつくり、水や排泄の問題を人びとが議論するよう促した。すぐにトイレを大幅に増やすことは難しいので、飲み水を取る井戸からは一定の距離で「境界線」を引き、その境界線の内側で排泄することを禁じるルールを作ってもらった。

クルカルニさんはこう意義を強調する。「きれいな水が容易に手に入ることは、特に水くみを担ってきた女性たちにとり、重労働からの解放以上に意味がある。自分たちを『水くみ女』としての価値しかないと思ってしまっていたのが、自尊心も回復されたのです」

クルカルニさんはもともと大学でビジネスを教えていた。2001年にIT企業を創業し、順調に業績を伸ばしてきた。夫のギリシュさんも金融や投資の世界で成功している。

なぜ財団をつくったのか。「会社で10人を雇うことにしたとき、貧困のために学校を中退し、収入の良い仕事に就けない若者に来てもらうのはどうかと思いついた」。試しにそうした若者を半年間、雇うことに決めた。彼らを前に「あなたたちにとって良い機会だ。人生を変えられるかも知れない」と話した。

彼らの半年間の変化は「目をみはるものだった」という。全員がこの機会を生かそうと頑張り、半年後には本採用に至った。クルカルニさんはそのとき思ったのだった。「彼らに機会を与え、手をとって教え、背中を押せば、やる気が出る。地域のロールモデルにもなれる。私たちは恵まれているが、単にお金を稼ぐ以上のことをしたい。社会に恩返しをしたい」

そこから財団設立の準備を始め、会社を売却して夫と2011年に財団を設立。彼女は財団運営に専念し、夫は側面支援しつつ投資の仕事を続けている。まずは地域や人びとは何を必要とし、どんな支援ができるか調査。ビジネスとは違う非営利の活動で、成果を出す方法を米国の大学でも学んだ。支援の実施に注力し始めたのはこの3、4年だ。

ラー財団では、若者にスキルトレーニングをして就職をめざすプログラムも提供している
ラー財団では、若者にスキルトレーニングをして就職をめざすプログラムも提供している=2024年7月7日、インド・ペン郡、秋山訓子撮影

今年度の予算は1億1000万ルピー(約2億円)。15%を家族の資産から、残りを各国の財団や企業からの寄付、政府からの資金などで賄う。米国からも寄付を募るため、財団のオフィスを置く。日本の野村証券も寄付している。

水のプロジェクトには、事業予算のうち2割を割く。ラー財団の特徴は単に物資を提供するのではなく、「機会」を与え、支援される人びとが「自分ごと」として問題を主体的に考えるようにしていることだ。「慈善なき変化(change without charity)」と呼んでいる。「単なる施しではなく、支援対象者にも積極的に関わってもらう。一度きりの支援で元に戻ってしまうのではなく、変化を持続的にしたい」とクルカルニさんは言う。

課題を抱える人びとに寄り添いつつ、成果や「出口」を念頭に置いて彼らの自立への道を探り、戦略を練る。時代に合わせた支援のやり方だ。そのためにビジネスの手法も用いる。夫で共同創業者のギリシュさんも説明する。「小規模に実験し、修正を繰り返す。これで成果が出るとなれば本格的に行う」

ギリシュさんは、政府との役割分担を「政府はインフラを提供する。でも一人ひとりにきめ細かく向き合いニーズをくみ取り、必要なものを提供するのは私たちNPOのほうが上手」と話す。ラー財団も自治体と連携し、活動資金を得ている。「地域住民の信頼を得るには政府の協力は欠かせない」とも言う。

自治体も彼らを信頼している。財団の活動地域の一つ、同州ナシク県の行政職トップの執行官、アシマ・ミッタルさんは語る。「政府はNPOの力が必要。インドは巨大で、政府の資金や人員だけではとても足りない」。彼女が現職に就任する際、地域で活動するNPOを集めて地元の課題を議論したという。

財団では女性たちに縫い物のトレーニングをしている。作った製品を手に
ラー財団では女性たちに縫い物のトレーニングをしている。作った製品を手に=2024年7月7日、インド・ペン郡、秋山訓子撮影

とはいえ、NPOだけでは活動できる地域に限りがある。そこで財団では最近、政策提言を担当する弁護士を雇った。クルカルニさんは力を込める。「私たちが実行している課題解決をもっと大々的に行うには、制度や法といった政策にしたほうがいい。今後は政策提言にも力を入れたい」。企業や各国の財団から資金を得、ビジネスの手法も採り入れて支援者に寄り添う。政府とも連携して政策化もめざす。ラー財団を核とした社会変革の取り組みだ。