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温暖化対策にも利益を追求 「世界は助けに来ない」貧困国の嘆き

World Now 更新日: 公開日:
バングラデシュの首都ダッカのスラムで暮らす人たち=浅倉拓也撮影

トヨタの車がリキシャ(自転車タクシー)をあおり、クラクションの合唱が続く。バングラデシュの首都ダッカの運転速度は平均時速6キロ台という。近郊を含む人口は年数十万のペースで増え約1800万人に。インフラが追いつかず、渋滞は慢性化している。ダッカが「世界で最も過密な街」になったのには、気候変動が関係している。(浅倉拓也、写真も)

■気候変動で住まいを失う、はや現実に

「気候難民」は未来の話として語られがちだが、人口1億6000万のこの国では、すでに現実だ。ダッカのスラムにひしめく数百万人のうち3分の1は、気候が原因で生きる場所や糧を奪われて、移住してきたとみる専門家もいる。

あるスラムで出会った女性もそうだ。

シプ・ベグン(30)は沿岸部ボリシャルで農業をして暮らしていたが、自宅や農地が川の浸食で流され、夫と3人の子どもで、このスラムに身を寄せた。いまは夫がリキシャの運転で稼ぐ月6000タカ(約7800円)ほどで、家族5人が家賃1500タカ(約1950円)の10平方メートルの部屋で暮らす。

「もし耕す土地をもらえるなら故郷に帰りたい」と彼女は言う。

バングラデシュの沿岸部ボリシャルでは、河川の浸食で家や農地が奪われている。この岸も以前はもっと遠かったという

広大なデルタ地帯で、国土の大半が低地のバングラデシュ。洪水は土地を肥やす自然の恵みでもあり、人々はともに暮らしてきた。だが、海面上昇や降雨パターンの変化で、高潮や洪水の規模や頻度が増しているという。

住民も脅威を感じている。ボリシャルのある地域では、飲料水の井戸が川にのまれそうになっていた。

バングラデシュ沿岸部のある地域では、川岸が浸食され、飲料水を得る大切な井戸に迫る

「1年ほど前まで、川岸は100メートルも向こうにあった」と住民らは言う。その川の中州にも、約2平方キロメートルに約1500人が暮らす。人々が求める適応策は、堤防のかさ上げや緊急シェルターの増設、といったささやかなもの。政府も努力はしているが、対策が必要な地域はあまりに広く、すべてにはとても対応できないのが現実だ。

バングラデシュ沿岸部にある川の中洲で暮らし、渡し船で学校に通う子どもたち

現在の国際法では、難民は主に政治的迫害などを逃れた人たちで、環境のために祖国を逃れる人は想定していない。ただ、太平洋の島国などで国土の水没が懸念されており、ニュージーランドなどが「気候難民」の受け入れの検討を始めているという。昨年12月にあった国連のCOP24では気候難民の移住のための「気候パスポート」も話題に上った。

国連によると、2008年以降、平均で年間2500万人超が自然災害の影響で移住を余儀なくされている。シリア内戦も、そもそもの原因の一つに気候変動による干ばつがあるとの研究もある。世界銀行は、対策が取られない場合は、アフリカのサハラ以南、南アジア、中南米で、気候変動の影響で50年までに計1億4000万人が移住することになるだろうと推計する。

バングラデシュ・ボリシャルの川の中州にある村の小学校。高潮やサイクロンなどの時はシェルターにもなる

■「世界は助けに来ない。自分で取りに行かないと」

気候変動に責任を負う先進国は、バングラデシュのような途上国を支援するために、2020年までに年間1000億ドルを出すと約束している。だが、途上国やNGOからは「資金の多くは、既存の開発援助の名目を変えたもの。気候変動に対する新たなお金ではない」といった指摘が上がっている。

「私たちは、本来得るべきお金を得ていない」。バングラデシュを代表する環境学者のアイヌン・ニシャットも言う。「世界は私たちを助けには来ない。自分たちで取りにいかないとだめだ」

環境学者のアイヌン・ニシャット

ニシャットは、拠出を渋る先進国を責めるより、途上国側が資金の使い方に疑いをもたれないよう、政府の力や透明性を高めることが必要だと訴える。「バングラデシュ政府が求めるのは巨大プロジェクトだ。だが、巨大なプロジェクトには巨大な汚職がつきまとう」

■安全な水は買うしかない

南西部のタラという村で、教師をしていたラジブ・サルカル(36)は2年前、ビジネスを始めた。NGOの融資と貯金で水の浄化装置を40万タカ(約52万円)で買い、村の人たちに飲料水を売っている。

ラジブ・サルカル。塩害などで飲み水の問題を抱えるバングラデシュ南西部で、水を浄化して販売するビジネスを始めた

南西部では、海面上昇などによる塩害が深刻だ。塩害や洪水で農業ができなくなり、住人らによると、ダッカだけでなく、西の国境を越えてインドへ向かった人も少なからずいるという。

もともとバングラデシュの地下水はヒ素などに汚染されていたが、塩害も加わり、健康被害も報告されている。

海水が混ざり、乾いた田んぼの表面に塩分が白く浮き上がる

サルカルが起業したのも、安全な水を飲んでほしいという思いからだ。水の販売価格は、1リットルあたり2.5タカ(約3.3円)だったが、競合する事業者が増え、いまは0.5タカ(約0.65円)まで下げた。水筒を持ってきた小学生には、無料で提供している。

■「で、利益はどれだけ?」

村人の平均的な世帯収入は月5000タカ(約6500円)ほど。これまで水にお金を払うことなど考えられなかった人々だが、いまでは半分以上の世帯が水を買うようになった。サルカルも月の売り上げが2万タカほどあるので、ローンの返済をしても何とかやっていけるという。

ただ、こうした地域には企業からの大きな投資はない。

バングラデシュの首都ダッカのスラム街

「民間セクターはこう言う。『喜んでお手伝いしますよ。で、どれだけ利益が出るんですか』と」。国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)報告書の執筆者でもあるアティク・ラーマンは話す。「だから、水にお金を払う金持ちがいるダッカには水を供給しに来ても、沿岸部の貧しい人々のところには来ない」

ダッカのスラム街で暮らす子ども。小さな部屋で家族5人が生活している

彼の言葉は、この問題の本質を突いていた。「気候変動の影響はだれもが平等に受けるわけではない。貧しく、弱い人々が最も受けるのだ」