「温暖化のおかげで、カネの流れが自分たちのところにやってきた」という典型例がグリーンランドだ。
極地の氷が解けて豊富な地下資源の開発がしやすくなり、南方にいた魚が北上してきて漁業も好調に。経済的な自立度が高まり政治的独立の目も見えてきたのは、確かにグリーンランドの人々にとっては喜ばしいことだろうが、こうした「棚ぼた」的なカネの流れが強まれば、気候変動を加速することにもつながりかねない。
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気候変動を食い止める方向へとカネの流れを変えようとする、最もラディカルな試みの一つが、シリコンバレーのスタートアップ「インポッシブルフーズ」の戦略だろう。
彼らが現実に「本物の肉よりもおいしく、安価で、栄養価が高く、安全な人工肉」の開発に成功し、消費者が人工肉を自然な欲求として選択するようになれば、畜産業は衰退せざるを得ないだろう。家畜の出すげっぷなどの温室効果ガスは減少する上に、不要になった牧草地の森林化が進めば地球全体のCO₂除去能力もアップするはずだ。CEOのパトリック・ブラウンが豪語するように、理屈の上では政府の支援の必要なしに、気候変動問題を解決の方向に向かわせられるかもしれない。
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人類が地球に及ぼす影響があまりにも大きくなった結果、人類は自らが地球の状態を左右してしまう『人新世』という未知の時代に足を踏み入れようとしている――。そう主張するポツダム気候影響研究所のヨハン・ロックストロームも、「人新世を生き延びる鍵は、世界の食料システムを、現在の温室効果ガスを排出して生態系を破壊する方向から、主要な炭素吸収源に変えることにかかっている」と指摘する。インポッシブルフーズの目標は、それとも重なる。
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しかしながら、一企業の試みの成否だけに、私たちの将来を委ねるわけにはいかない。多角的な解決策を目指す上でポジティブな方向性を示してくれるのが、水上にCO₂排出を極限まで抑えた持続可能な共同体を作ろうとしているアムステルダム・スクーンシップの市民たちだ。
彼らを取材して強く感じたのが、誰もがこの計画に高揚感を持ち、楽しみながら新しい生活を築き上げようとしていることだった。主要メンバーの1人、マヨラン・スメイラ(38)は「私たちオランダ人は、水に対する闘いの歴史を通じて連帯感を培ってきたが、都市生活の中でそれを失いつつある。スクーンシップはそれを取り戻そうとする試みでもある」と話していた。「気候変動時代に適応した新たなライフスタイルづくり」と「仲間づくり」を組み合わせ、相乗効果を引き出していることが彼らの知恵であり、他の人々に「自分たちもやってみたい」と思わせる魅力の源泉だろう。
参加を予定している46世帯105人の住民のうち、子どもが約40人を占めるのも大きな特徴だ。スメイラは「私にも2人の子どもがいる。彼らにも私と同じように子どもたちを持って欲しいし、普通の世界に暮らして欲しい」と話す。「自分の子どもたちの未来」「隣人の子どもたちの未来」を意識することは、気候変動問題に取り組む上で非常に大きなインセンティブとなりうる。
「仲間づくり」や「次世代の育成」という人間の自発的欲求を、気候変動問題とうまく組み合わせることで、大きなカネの流れを作り出せるのではないか。スクーンシップへの参加には一戸あたり30万~80万ユーロ(約3800万~1億円)かかるにもかかわらず、キャンセル待ちが出るほどの人気であることは、その表れだろう。
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こうした「人々の自発的な欲求が、カネの流れを変え気候変動対策に結びつく可能性」の一方で、私たちは取材の過程でその限界も感じざるを得なかった。その典型例が、海水面の上昇により、すでに気候難民が大量に発生しているバングラデシュだ。
経済力の極めて乏しい国の人々が、いかに気候変動対策に対して切実な欲求を持ったとしても、直接的にカネの流れを変えることは難しい。バングラデシュ人研究者のアティク・ラーマンが冷徹に指摘するように、「気候変動の影響はだれもが平等に受けるわけではない。貧しい人々が最も受ける」のだ。
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ただし、解決の方向性がないわけではない。都市の治水対策マネジメントを得意とする多国籍企業アルカディスのピート・ディルケは「ニューオーリンズは2005年にハリケーン『カトリーナ』で大被害を受けた後、徹底的な治水対策を行ったことで、若い人々が大量に流入したり、IT起業が続々と進出したりして、経済が成長する活気ある都市になった。気候変動対策への投資は、結局はカネになる。税金に頼るだけではなく、私企業が気候変動対策の公共事業に積極的な投資をするようなムーブメントを作り出すことが重要だ」と指摘する。
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資金豊富な私企業から気候変動対策のカネを引き出すためには、「出資した分の見返りは十分にある」と私企業に思わせるだけの、インセンティブの枠組みを政府の側が作り出すことが鍵になるわけだ。
現在、「フェーズ2」の気候変動対策として注目が集まる大気中のCO₂除去技術も、それだけでカネの流れを呼び込むことは難しい。例えば、再生電気エネルギーを用いてCO₂を海中に大量に溶かし込む「エレクトロジオケミストリー」の技術は、副産物としてエネルギー源となる水素ガスを生み出すが、提案者のグレッグ・ラウは「コスト面だけでみれば、化石燃料を用いて生成される水素ガスの価格に太刀打ちすることは難しい」と認める。
ラウは主張する。「さらなる研究を進め、実用にこぎ着けるには、二酸化炭素除去の技術が、化石燃料を使った技術と市場で競合できるような仕掛けが必要であり、政府の役割は極めて重要だ」
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その「仕掛け」として、すでに各国政府が取り組み始めている政策が、炭素税の導入だ。
CO₂の排出に対して「税金」という余分なコストをかけさせることでカネの流れを変え、産業構造全体を脱炭素へとシフトさせることを目指すが、フランス全土に広がる反政府運動「ジレ・ジョーヌ(黄色いベスト)」が示すように、負担を強いられる民衆の反発で大きな政治的リスクとなりかねない。
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こうした矛盾を短期的に解決することは難しいだろうが、希望の種となりうるのが、気候変動への取り組みを、自らが生きていく上で目指すべき積極的な価値観として「身体化」している世代の台頭だ。スクーンシップはその表れの一つだが、炭素除去技術の確立を目指すNGO「カーボン180」のノア・ダイヒや「メニイラブズ」のドブロイト・マウスナーからも同じ精神が感じられた。
ダイヒもマウスナーも30歳代前半で、物心ついた頃にはすでに地球温暖化は大きな社会的問題だった。2人ともサンフランシスコ近郊の共用ワークスペースを拠点としており、経済的には決して潤っているとは言えない状況だが、空気中からのCO₂除去技術に取り組む研究者やスタートアップを献身的に支援している。
マウスナーは「私たちの世代は子どもの頃から、気候変動が自分たちの世代に大きな影響を与えるだろうということを感じていた。そのせいか、環境問題を常に気にかけている人が多いし、どこでどう働くか、ということにもそうした価値観が影響しているように思う」と話す。
価値観と欲求は不即不離の関係にある。世代的な価値観の変化は人々の自発的な欲求のあり方も変え、気候変動を巡るカネの流れや政策に必ず影響を与えていくだろう。