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人工肉がスーパーに並ぶ日 米国発の技術は温暖化から地球を救うか

World Now
人工肉をパテにした「インポッシブルバーガー」=インポッシブルフーズ提供

人工肉と言えば10代の頃によく読んだSFに登場する定番アイテムのひとつだった。

「環境汚染が進んだ近未来、本物の肉は大金持ちだけが口にすることができる高級品と化し、庶民は工場で生産されたまずい人工肉を食べるしかない」というのが典型的なパターン。2017年に公開された映画「ブレードランナー2049」でも、食糧危機に対応するためイモムシを農場で大量に育て、人々のたんぱく源にしていた。

そんなわけで、個人的にはあまりよい印象のない人工肉だが、「インポッシブルフーズ」が開発した人工ひき肉を使用したハンバーガーは、すでに全米のレストランで提供されており、肉好きをもうならせるほどのおいしさだという。その改良版「インポッシブルバーガー2.0」は、1月にラスベガスで行われた先端技術の国際見本市「CES」で、「最も想定外の製品賞」「最もインパクトのある製品賞」、そして最優秀賞に相当する「ベストオブベスト」を獲得した。今年中には一般向けの小売り販売を開始するという。

人工肉でできた「インポッシブルバーガー」=インポッシブルフーズ提供

私は2月上旬、カリフォルニア州レッドウッドシティーにある同社を訪れ、CEOのパトリック・ブラウン(64)を単独インタビューした。ブラウンは、「NO COW(牛)」のイラストをあしらったTシャツを着て登場した。彼の究極の目標は、自らの開発した人工肉を、牛をはじめとする動物の肉に取って代わらせることで、「畜産業」それ自体を世界から消滅させてしまうことにある。

正直、SFでもお目にかかったことがない壮大なビジョンだが、エイズを引き起こすHIVウイルスの感染メカニズムを解明し、ガンの超早期診断にもつながるDNAマイクロアレイ(DNAチップ)を開発したという彼の生化学者としてのキャリアを聞けば、「ホラ話」と一蹴するわけにもいかなくなってくる。 

ブラウンはスタンフォード大教授時代の2009年、サバティカル休暇を取り「自らのこれまでのスキルとキャリアを、世界に対して最も貢献できる形でいかす方法は何か」と考察。その結果、人工肉の開発に全力を傾け、気候変動問題を解決することをきめ、11年にインポッシブルフーズ社を立ち上げた。

「畜産業、中でも牛を飼うことは最も深刻な環境問題だ」。ブラウンはそう喝破する。実際、牛や羊がげっぷやおならとして排出するメタンガスには二酸化炭素(CO2)以上の温室効果があり、地球温暖化にも影響を与えているとされる。インポッシブルフーズ社の主張では、畜産業は世界全体の温室効果ガス排出量の15%について責任があり、新鮮な水の25%を使用している。さらに、世界中の土地の半分以上が牧草地など畜産業用に利用されているため、地球全体の二酸化炭素吸収力も低下させている。

インポッシブルフーズCEOのパトリック・ブラウン=太田啓之撮影

ブラウンは言う。「もしも仮に今、指をパチンと鳴らして地球上から畜産業をなくすことができさえすれば、すぐに地球のCO2濃度は下がり始めるだろう。牧草地だった土地に速やかに他の植物が育ち始め、化石燃料による排出を上まわる速度でCO2を吸収するからだ」

ブラウン自身は長年の菜食主義者だが、リアリストである彼は、人類が肉食への欲求を絶ち難いことも熟知している。そこでこう考えた。「ならば科学の力で、動物の肉よりもおいしくて栄養面でも優れ価格も安い人工肉を作り出せば、消費者はそちらの方を好んで買うようになり、畜産業は自然に消滅。地球は危機から救われるだろう」。

インポッシブルフーズ社製人工肉の主成分は大豆たんぱく質、ココナツオイル、菜種油、ジャガイモのたんぱく質など。中でも味の決め手となるのが、遺伝子組み替えされた微生物が作り出す大豆ヘモグロビンだ。

人工肉をつくる工場=インポッシブルフーズ提供

ヘモグロビンは動物の血液中だけではなく、肉の中にも大量に存在する。ヘモグロビンが加熱された時に発する匂いこそが、人類を魅了するあの「肉の焼けるかぐわしい香り」なのだ。

実際、同社で人工肉の調理シーンを見学した際、フライパンの上で焼ける人工肉から漂ってきたのはまさしく「あの、牛肉の匂い」だった。

「肉は生物由来の物質に過ぎず、肉と同じような種類の分子は植物の中にも存在する。もしも神戸牛のうまみを作りだしている成分が何か分かれば、植物の中からその物質を見つけ出し、それらを混ぜ合わせることで、外観も質感も味も香りも同じものを作り出すことができる」。ブラウンはそう話す。

現在のところ、同社の製品はミンチ肉だけだが、2年以内に「和牛や中国産の肉もふくめ、すべての牛肉の味と比べても遜色ない人工ステーキ肉」を作り出すのが当面の目標だ。その次は「牛肉の味を超える新たな肉」、さらには他の食肉や魚肉に取って代わる製品の開発も目指すという。

ハンバーガーに使う人工肉=インポッシブルフーズ提供

「自動車が輸送手段として馬をはるかに上まわる高性能化を果たしたのと同じように、栄養を摂取する手段としての肉も、いずれ動物由来のものよりもはるかに優れたものが人工的に作れるようになる。牛は何百万年もかけて進化してきたが、我々の人工肉はわずか8年足らずで牛肉に追いつきつつあるのだから」

「牛肉を生産するには多くの土地や肥料、水が必要となり多くのコストがかさむが、我々の人工肉は植物が原料なので、将来的にははるかに低コストでできる。もしも私たちが『畜産業を未来永劫に消滅させる』という目標を達成できれば、インポッシブルフーズは人類の歴史に最もインパクトを与えた会社となるだろう。私はそうなることを100%確信している」

インタビュー中のブラウンから伝わってきたのは、「科学技術の可能性と自らの能力に対する揺るぎない自信」だ。それは、シリコンバレーの多くの人々に共通してみられるものであり、スタートアップの経営者に求められる要素でもあるが、それを超えた「自らの生き方の背骨を貫く信念」とも感じられた。それは、不可能を可能にする力を生み出す源泉なのか。自然に対する敬意を忘れたおごりなのか――。

いずれにせよ、ブラウンの野望の鍵を握るのは、肝心の人工肉の出来栄えだ。

この日はメディアを招いたプレスツアーが開催され、私も人工肉で作られた中東風のミートボール「コフタ」やメキシコ料理の「タコス」、そして「インポッシブルバーガー」などを味わった。

人工肉の試食会風景

味付けはいずれも濃いめで、肉自体の味を確認するにはちょっと不利な条件だった。できれば塩こしょうだけで味わいたかったところだ。しかし、食べた感覚はまさに「ひき肉料理」「ハンバーガー」そのもの。調理して時間が経過したことも影響しているのか、多少ぱさついており、「ジューシー」とは呼べなかったが、知らなければ牛肉と信じたまま、完食したことだろう。

人工肉の「インポッシブルバーガー」を試食する太田記者

プレスツアーに参加した現地の若手記者にも感想を聞いてみたが、「十分おいしい。ハンバーガーに限って言えば、ずっと牛肉の代わりにこれを食べても、まあいいよ。だけど僕にとって日本産の和牛ステーキを食べるのは特別な経験であり、それはこの人工肉とは全然違う。ずっと人工肉だけで、神戸ビーフが食べられなくなったら悲しいだろうね」とのことだった。

私自身はブラウンのチャレンジ精神に敬意を抱いているが、人工肉に対する思いは「これを食べて気候変動問題に貢献するぐらいならば、牛肉を食べる回数自体を減らしたい」というものだ。

実際、私の食生活は豚肉と鶏肉が中心で、牛肉はあまり口にしない。とはいえ、週に1度はチェーン店の牛丼を大盛りで食べているし、2カ月に1度は近所の焼き肉店でたらふく牛肉のハラミやホルモンを食べているからなあ。

これらの好物が人工肉になってしまう未来は、ちょっと嫌かもしれない。いや、本物よりもさらにうまくなった「スーパーハラミ」に案外、舌鼓を打っているかも・・・。

取材協力:Ayako Jacobsson