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消える領土と闘う 南太平洋の「海藻の王様」

ニューヨークタイムズ 世界の話題
ソロモン諸島のマカル島に住むデービッド・テバウバウ(50)=2018年6月6日、Adam Ferguson/©2018 The New York Times。海藻養殖の名人で、「海藻の王様」と呼ばれる

14年前に初めて移住した島は、海に消えた。

「ほら、あそこにあったんだ」。デービッド・テバウバウ(50)が指さした東の方を見つめたが、大海原が続いているだけだった。

「当時は、ここなら大丈夫と思ったんだが、事態は悪くなるばかりだ」とため息が続いた。
今、暮らすのは、南太平洋・ソロモン諸島の片隅にある猫の額ほどの広さのマカル島だ。それも、5年前に移ってきたときの半分ほどになっている。

砂とサンゴの上を歩いて、測ってみた。潮の干満の中間時なら、最も幅の広いところで24歩、長いところで58歩だった。満潮時になると、一家と、収穫した数トンの海藻が流されずにすむギリギリの広さが残る。

それでも踏みとどまっているのは、この海藻があるからだ。近海の浅いところでよく育つ。隣の二つの島も同じような自然環境にあり、島民はやはり海藻を採取して暮らしている。細くて硬い品種だが、アジア各国によく出ている。

テバウバウは、海藻養殖の達人だ。元機械工。賢人然としたあごひげを生やし、声はいつも落ち着いている。海藻の稼ぎで、子供たちをもっと大きな島の私立学校に行かせている。隣の島の人々も、「海藻の王様」として一目置く存在だ。ただし、「王国の領土」がある限りという条件が付いている。

三つの島とも、潮の流れに砂を運ばれ、温暖化による海面上昇で消え去りそうだ。そこに、熱帯の静かな暮らしがある。はかなさと、かけがえのなさが、ここではいとおしさとなる。一方で、強烈な現実感がある。温かな水が流れ込む、排水口のない浴槽にいるようなものなのだ。

それは、ソロモン諸島のあちこちで見られる現象の一つに過ぎない。900ほどの島々からなる人口57万の国。ここを専門家は、地球温暖化の影響が表れる最先端の地として注視している。

ソロモン諸島のベニアミナ島=2018年6月6日、Adam Ferguson/©2018 The New York Times。幅数百メートルの島に約60人が暮らしている

1993年以来、海面は毎年7ミリ~10ミリも上昇している。世界的な平均値のほぼ3倍にもなる数字だ。21世紀の後半までには、太平洋の大部分がこうした数値を示すようになると見られているが、それをここの海は先取りしている。

こんな状況を住民の多くは、移住することでしのいでいる。一方で、豊富な海藻に恵まれたこの3島のように、必死であらがう人々もいる。

「こうした脆弱な環境にある島々の話になると、そこに住む人々もか弱い存在のように見なしがちになるが、とんでもない」。豪クイーンズランド大学の研究者サイモン・アルバートは、意外にもこう語る。「太平洋の温暖化現象への適応」というテーマで著述をいくつも出しており、「私が知る限り、逆に適応力に富んだ、たくましい人々だ」と続ける。

加えて、がんこさも手伝っているようだ。

それには、れっきとした理由がある。この地域の島民は、1950年代の英統治下で再定住した移民の2世、3世にあたる。もともと住んでいた島が、ひどい干ばつに見舞われ、移住を迫られた。だから、さらなる移住には、抵抗感が強い。

マカル島から小舟ですぐに行けるベニアミナ島。「とどまっているなんて、正気のさたとは思えないとよく言われる」。島の村長アンドルー・ナクアウ(55)はこう苦笑した。「でも、自分たちの力で生き残ろうとしているだけなんだ」

ベニアミナ島の集落で子供をあやす母親=2018年6月5日、Adam Ferguson/©2018 The New York Times

島は数百メートルの幅しかなく、そこに約60人がひしめくように暮らしている。その真ん中にある小さな教会で、ナクアウと会った。島で最も高いところでもある。と言っても、海面からひざほどの高さだろうか。

教会の周りには、屋根をシュロの葉でふいた木造の民家が並び、ノート大の小型のソーラーパネルが屋根に取り付けてあった。集落の小道には、雨水を集めるバケツなどの容器が並び、唯一の真水を降らす嵐を求めて渇いた口を開けているようだった。

ベニアミナ島の村長アンドルー・ナクアウ(55)=2018年6月6日、Adam Ferguson/©2018 The New York Times

車や石炭のような温暖化の原因とは無縁なのに、その影響に直面させられることをどう思っているのか、ナクアウに尋ねた。

すると、肩をすくめ、どんな対策をとっているのか、現場を見せてくれた。

かつては陸地だった緑がかった青い海の上に、中ぶらりんになったような離れがあった。その左側に、砂地から数フィート(訳注=1フィートは30センチ強)積み上げられたサンゴの壁があった。木材で補強されていた。

「これが、自分で築いた第2の防護壁だ」とナクアウ。「最初のは、4年前につくった」 さらに、母屋を2階建てにした。DVDプレーヤーがあり、よく見るのは「ランボー」と言った。
数時間後に潮が引き、仕事が再開された。若者のほとんどは、丸木舟に海藻を積み込むか、海藻の苗を水中にある養殖用のロープに巻き付けていた。猛烈な暑さは、水中でも感じられるほどだった。

嵐がくると、男たちは海藻に防水シートをかけた。近くのテントでは、十数人の女性が楽しそうにしゃべりながら働き、子供たちが雨の中ではしゃいでいた。

収穫した海藻を乾かすために陸揚げするベニアミナ島の島民=2018年6月5日、Adam Ferguson/©2018 The New York Times

女性たちに暮らしの中で何が一番大変か尋ねると、みんな答えに戸惑っているようだった。ようやく6人の子の母親ラケウア・アンゲラ(58)が「ここでは、みんなすぐに顔見知りになるからねえ」と語った。だから、たいした問題は起きないようだった。

事実、誰もが、トラブルになるようなことは、ほとんどないと言う。飲酒もしない決まりになっている。違反すれば、お尻を20回たたく刑罰がある。ナクアウによると、1年ほど前に島の片隅で少年8人と少女2人が酒を飲んでいるのが見つかったのが最後だった。

海を越えての結婚はよくあり、テバウバウの子供3人はベニアミナ島に嫁いでいる。この島では懇親会も多く、週に1回ほど女性向けのビンゴ大会がある。誕生日には島民全員が集まる。夕方には、毎日のようにバレーボールや音楽の催しがある。

バレーボールを楽しむベニアミナ島の島民=2018年6月5日、Adam Ferguson/©2018 The New York Times

素晴らしい夕暮れに包まれた日に、10代の若者たちがゲームに興じるのを見た。ヒップホップなどの音楽が流れ、楽しさにあふれていた。ここでの暮らしは、このまま永遠に続くかのように思われた。

しかし、少し離れたところには、かつての陸地に生えていた木が灰色の残骸となって海から突き出ていた。サンゴ礁では、深く青い波が砕けていた。

そんなことは、島民の誰も気にとめてはいないようだった。とくに、海藻の王様はそうだった。

マカル島に戻ると、テバウバウは次に売る海藻が入った倉庫を満足そうに見せてくれた。「ここからどこかに行こうなんて、思ってはいない。ここなら、誰かの指図を受けることもないし、自分の命に従うだけだ」

子供たちは外出し、数匹の犬を除けば、テバウバウは一人だけだった。積み上げたサンゴの壁が、かなりの高さになっていた。

「なんとかここで自立していけるようにしたい」という言葉に、海面上昇という巨大な風車に立ち向かう王の姿が重なった。(抄訳)

(Damien Cave)©2018 The New York Times

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