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炭素税に国民は怒った 「黄色いベスト」デモ、反発ぶりに他国も震撼

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1月26日、フランス・アンジェであった「黄色いベスト」のデモで掲げられていたプラカード。マクロンを吸血鬼に見立てている=石井徹撮影

私は1月末、フランス西部の街アンジェで、週末ごとに繰り広げられている街頭のデモを目の当たりにした。

数千人が声を上げる目抜き通りで、黄色いベストを羽織ったミシェル・プティトム(65)に話しかけると、「地球環境は心配だけれど、今はそれどころではない」という言葉が返ってきた。障害のある娘(31)の職場まで片道25キロを車で送迎する生活で、ガソリンや軽油へのさらなる増税は許しがたい。「年金生活で苦しい私たちから、さらにカネを取ろうとしている」

「パリ協定」の目標である脱炭素化を実現するには、企業や家庭がCO₂の排出量に応じて税金などを支払うカーボンプライシング(炭素の価格化)は避けて通れない。途上国を含めすでに45カ国25地域(2018年4月時点)で導入されているが、なかでも「2030年にCO₂排出1トンあたりの燃料税を100ユーロ(約1万2000円)にする」という目標を掲げるフランスの税額は、現在すでに44.6ユーロ(約5600円)と、世界でもトップクラス。日本の「地球温暖化対策税」の20倍近い。

マクロンが大統領になってからも、首脳級の気候変動サミットを主催し、40年までのガソリン車とディーゼル車の販売終了を決めるなど、パリ協定を採択したCOP21の議長国として世界の温暖化防止策を引っ張ってきた。その一方で、国内では市民たちの不満は膨れあがっていた。

政府は昨年末、増税の6カ月凍結を表明したが、市民の矛先はむしろ格差社会や貧困問題に向かっており、収拾がつかない。デモ参加者に「日本から来た」と言うと「カルロス・ゴーンをよく逮捕してくれた。フランス政府は金持ちに甘い」と感謝された。

マクロンが「軽油やガソリンを買うお金がなければ、電気自動車を買えばいい」と発言したとするニュースも拡散。フランス革命で処刑された王妃マリー・アントワネットの「パンがなければお菓子を食べればいいのに」に引っかけてたたかれた。

実際は野党議員のツイッター投稿が本人の言葉として広がったフェイクニュースだが、「独善的」「大企業寄り」という元からのイメージと結び付いて「市民の生活よりも温暖化対策を重視している」という対立構造をあおるのに一役買った。王妃の発言そのものが、史実でないのに伝わり続けているのと、どこか通じる話だ。

■現代の「ラッダイト」なのか

運動は、日本や各国にどんな影響をもたらすのか。日本の温暖化対策税は現在CO₂1トンあたり289円とコロンビアやチリよりも低く、OECDから引き上げを提言されている。EUをはじめ中国、韓国などで始まっている「排出量取引制度」も、産業界の反対で国全体では導入できずにいる。

「黄色いベスト」に懸念を抱き、私とともに現地を調査した東北大学教授の環境政策学者、明日香寿川(59)は「温暖化対策が『地球にやさしくしましょう』という抽象的な話から『税金や財政に関わる切実な問題』に変わりつつある」のを実感したという。

「炭素の価格化は最も効率的にエネルギー転換を促す仕組みだが、低所得者や車が必要な人への配慮が不可欠になるということを、今回のことは示している」

今から200年前、産業革命のころの英国で、職を失いかけていた手工業者や労働者が機械を打ち壊す「ラッダイト運動」が起きた。私はこの運動が「黄色いベスト」と似ているように思えてならない。時代に抗った運動は、一方で働き手の権利を守る労働運動の先駆にもなった。「化石燃料からの脱却」は産業革命以来の大改革だ。改革に伴う痛みを分かち合っていくことで、前に進んでいくしかないのではないか。

「黄色いベスト」は地方の道ばたで出会ったドライバーたちの対話によって広がった。フランス開発庁のチーフエコノミスト、ガエル・ジローは、このことを示唆した上で、こう話した。

「フランスでは歴史的に、大きな抗議運動はいつも税制と関係している。燃料税の引き上げから始まった今回の動きも、新しい社会的な骨組みとなるボディーが生まれ、フランスがよみがえるきっかけになるのかもしれない」