■なぜ「黄色いベスト」か
あのベストは、フランスの車の装備品です。修理やタイヤ取り換えの作業時に身につける黄色い安全ベストの装備が義務づけられています。
1台に1着必ず用意されているベストをシンボルにデモが始まったのは、11月17日でした。以後、土曜日ごとに黄色いベストの人々がパリやフランスの主要都市で街頭に出てデモや示威活動を始め、12月8日はその4回目でした。規模は次第に膨らみ、この日はフランス全土で13万6千人、パリでは1万人が参加しました。
そこには、現状に不満を持つことでは共通しているものの、様々な出身の多様な主張の人が集まっているように見えます。その本流はどこからわき出たのでしょうか。
■小さな村の憂鬱
その大きなヒントとなるのが、フランス地方自治体の長でつくる首長会の要請でパリ政治学院政治研究所(CEVIPOF)が実施した小規模自治体の実態調査です。ちょうど運動が盛り上がる11月から12月にかけて公表されました。
市町村合併が進んでいないフランスでは、田舎の集落が今もそのまま自治体を構成しており、その52・3%にあたる18547村が人口500以下です。研究所はこの村々を対象にアンケートを実施し、そのうちの2145村の村長から回答を得ました。つまり、田舎の小さな村で暮らす人々の意識を、その声は代弁しているといえるでしょう。
彼らを支配していたのは、将来に対する大きな不安でした。
といっても、村が貧困にあえいでいる、というわけではありません。「村の財政が危機的だ」と答えた人は15%にとどまり、調査報告も「手のつけられない状況にあるわけではない」と結論づけています。一方で、将来に対する悲観的な見方は明らかで、46%が「5年後には状況が悪化する」と答えました。「良くなる」との回答は17%に過ぎません。
政府が近年進めている地方分権化策への拒否感も顕著でした。権限移譲には70%が否定的で、肯定的な人は11%だけでした。政府にとっては権限を渡しているつもりでも、地方は見放されたと受け取るのです。
この調査結果について、フランスの主要紙フィガロは「小さな村の村長には、『見捨てられた』感や『無視されている』感がうかがえる」と分析しています。これらの感覚が今回の黄色いベスト運動の背景にあると、調査にかかわった仏国立科学研究センターのリュック・ルーバン研究部長は同紙に語っています。
「現在の危機は、地方の現状と明らかに結びついています。郵便局、医療施設、産院といった公共サービスが次々と閉鎖され、住民の負担が増していることに、問題の出どころがあるのですから」
■「パリとは違うフランス」の反乱
黄色いベスト運動のきっかけは、燃料価格の高騰や燃料税の引き上げでした。その影響を最も受けるのが、何をするにも車が必要な小さな村の人々です。
実際、運動に参加する人の中には、田舎の出身者が多いようです。米ニューヨーク・タイムズ紙は、パリの運動の中にいた1人の男性の故郷を訪ねるルポを掲載しました。その男性は、フランス中部の町ゲレからパリまで300キロ以上車を飛ばして参加していました。
ゲレは人口約1万3千あまりで、先に紹介した研究書の調査対象の村々よりも規模は大きいのですが、寂れた様子は拭えないといいます。中心部のカフェはがらがらで、駅前にはうち捨てられた車。人々は安月給でバカンスにも行けず、普段は食料の調達にも燃料確保にも苦労し、ストレスを抱えて暮らしている。その状態を、同紙は「深刻な貧困の中にあるわけではないものの、華やかなパリとは全く違う『もう一つのフランス』だ」と表現しました。
所得の格差だけでなく、首都と地方、都会と田舎の格差も顕著になっているのは、フランスに限らず主要国に共通して見られる現象です。それが政治に影響するケースも、珍しくなくなりました。
アメリカでは、東海岸や西海岸の都会が軒並みトランプに批判的だったのに対し、田舎での強い支持が彼の大統領当選につながりました。イギリスでも、ロンドンから遠く離れた人々の投じた票が、一昨年の国民投票で欧州連合(EU)離脱の結果を生み出す決め手となりました。「黄色いベスト」にも、これらの出来事と共通する要素が否定できません。
グローバル世界の中で繁栄する首都や都会に対し、その恩恵にあずかれず、むしろグローバル化の敗者としての地位に甘んじなければならない田舎や産業荒廃地が、反乱を起こしているのです。ポピュリストを大統領に選んだり、周囲の国々との関係を断ち切って閉じこもったり、クリスマス商戦のさなかに首都を封鎖させたりすれば、経済的には明らかに損だし、周囲の評価も下がる。でもそんなことは関係ない。もともと自分たちは、繁栄から取り残されているのだから。そのような意識が、これらの現象や運動の底流に流れているといえるでしょう。
■右翼支持層と重なる参加者
各国に共通するこの地域格差は、今に始まったものではありません。10年、20年の単位で、グローバル化の進展に伴って徐々に広がりました。
フランスでは、著名な政治社会学者ジャン=ピエール・ルゴフが2012年に出版した大著『プロヴァンスの村の終焉』(邦訳は2015年伊藤直訳、青灯社)で、地方の村や町が複雑な経緯をたどりながらも次第に寂れ、共同体としてのまとまりを失っていく様を描いています。
つまり、黄色いベスト運動の参加者たちはマクロン大統領を糾弾しているのですが、かといって昨年就任したばかりの彼にすべての責任があるわけでもありません。「燃料税引き上げ」などといった彼の政策や改革志向の立場は反発の引き金に過ぎず、問題はずっと以前から存在するのです。仮にマクロン大統領が譲歩を示しても、問題は何ら解決しません。
こうした事態の前兆かもしれない現象は、以前からうかがえました。右翼「国民連合」(旧「国民戦線」)の支持が、2010年代に入って田舎で高まっていたのです。
国民連合は反移民を掲げることもあって、もともとは産業化が進んで移民労働者の多い都市部や裕福な地方で多くの支持を集めていました。
ところが、パリ政治学院のパスカル・ペリノー教授らの調査によると、近年その支持が農村部に急速に広がっています。国民連合への支持の大きな理由は「現状への不満」であることから、田舎での現状に対する不満が高まってきたのだと予想できます。国民連合はそれを感じ取り、戦略的に農村に打って出ています。
黄色いベスト運動への参加者の中でも、国民連合支持者が最も多いことは、11月に実施された世論調査からもうかがえます。自らを「黄色いベスト」と位置づける人の割合は、選挙で国民連合党首マリーヌ・ルペンを支持した人の間が42%と最も高く、続いて左翼「服従しないフランス」党首ジャン=リュック・メランション支持者の20%となっています。農村部の人々が右翼を支持することと、彼らがパリに出てデモをすることは、一つの傾向の裏と表である可能性がぬぐえません。
■誰が暴れているのか
ただ、パリなどの映像を見る限り、「不満を持つ人々が田舎からやってきて抗議する」といた表現にはとどまらない大荒れぶりです。投石や商店破壊、略奪、車への放火から警官隊との衝突まで、完全に暴力が支配しているように見えます。8日には、内務省のまとめによると仏全土で2000人近くが尋問を受け、1000人以上が警察に留置されました。パリだけでも尋問されたのは1000人を超え、警察留置も1000人近くにのぼりました。
誰が騒動をあおっているのでしょうか。2005年にパリ郊外を中心に広がった暴動では、移民系の若者たちが主役でした。しかし、ルモンド紙によると、移民の多い地区では今回、運動に参加しようとする機運があまりないといわれています。運動を右翼が主導していると多くの人が信じているうえに、騒乱の責任が自分たちに帰せられるのを恐れているからだといいます。
今回目立つのは、むしろネオナチなどに近い右翼の過激派勢力です。フランスには、国民連合よりも急進的な右翼団体がいくつかありますが、拘束された中にはそれらのメンバーが80人以上含まれていました。
また、外国機関の介入も否定しきれません。ロシアのプーチン政権は欧州各国の右翼政党と連携することでEUに揺さぶりをかけており、昨年の大統領選でもルペンを公然と支援しました。今回も、パリのシャンゼリゼで親ロシアの活動家が黄色いベスト運動に交じっていると報告されており、直接間接に騒動をあおろうとするしている可能性を仏情報機関が調べています。
ただ、参加者の1割近くが拘束される事態は、こうしたごく一部の人の騒ぎだけでは説明できません。運動自体が過激化していると考えられるでしょう。いかに苦しい立場にあろうと、暴力に走った時点で被害者としての正当性が大きく損なわれるのは、いうまでもありません。当初8割前後あった黄色いベスト運動への市民の支持は、じわじわと下がっています。クリスマスから年末にかけての休暇も近づいており、運動が次第に下火になる可能性はあるでしょう。
マクロン大統領は10日、テレビで演説し、最低賃金の100ユーロ(約1万3000円)引き上げや一部の増税凍結を表明しました。ただ、それで根源の問題が解決するわけではありません。地方の格差解消と活性化は先進各国が共通して抱える課題です。長期的視野に立ち、各国間の協力に基づいた解決策を模索する必要があります。