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ギグ・エコノミー ネットが生む新たな貧困

欧州の格差を歩く
メーデーにロンドン名物の2階建てバスを借りて、賃上げの抗議活動をする労働者ら=ロンドン、寺西和男撮影
メーデーにロンドン名物の2階建てバスを借りて、賃上げの抗議活動をする労働者ら=ロンドン、寺西和男撮影

「恥を知れ」、「今ほしいのは賃上げだ」

5月1日のメーデー。ロンドン中心部は労働者の怒りが爆発していた。

数百人の労働者や支援する労働組合の関係者が、労働条件の改善を求めてデモをして回った。矛先を向けられた一つが、宅配ベンチャー「デリバルー」。英国でここ数年、経済格差を広げるとして社会問題となっている「ギグ・エコノミー(gig economy)」の代表的な企業だ。

寺西ギグ
メーデーにロンドン中心部で賃上げや有給休暇などを求めて抗議活動する労働者ら=寺西和男撮影

「gig」は、ライブハウスなどでミュージシャンがその場限りのセッションを組んで演奏すること。その一度きりの関係から「ギグ・エコノミー」は、単発の仕事をインターネットを通じて請け負う働き方を指す。携帯のアプリなどで仕事を見つけ、好きな時間に好きなだけ働けるというのが魅力の一方、賃金が低かったり、病気の際の補償がなかったりと待遇の悪さが指摘されている。

これまでロンドンで労働組合のデモを何度も取材してきたが、ギグ・エコノミーの企業に待遇改善を求めるものは多い。英国独立労働者組合(IWGB)のジェイソン・モイヤー・リー事務局長(32)は「ギグ・エコノミーは新たな貧困を生み出している」と言う。

デリバルーは、オンラインの出前サービスを展開している。ウェブサイトで提携先のレストランの料理を選んで注文すれば、ドライバーが自転車やバイクでオフィスや自宅まで運んでくれる。ドライバーは、携帯電話にダウンロードしたデリバルーのアプリを通じて出前の依頼を受ける。依頼を受け入れたドライバーはレストランに行って料理を受け取り、それを顧客のもとまで届ける仕組みだ。

利用者にとってはとても便利なサービスだが、レストランにとっても自前で抱えていた配達員をデリバルーに外注することで人件費の削減につながるメリットがある。日本にも同じような宅配サービス会社が進出し始めたが、先行する欧米ではかなり普及している。ロンドン中心部のオフィス街ではランチタイムになると、渋滞する道路を車の合間をぬって自転車で料理を運ぶデリバルーのスタッフの姿をみるのは日常の光景だ。

ところが、働く側からは不満の声が聞こえてくる。デモに参加したデリバルーの宅配の仕事を請け負うモーハン・ビスワスさん(25)は「働き手として全く守られていないので不安が多い」と話した。

寺西ギグ
デリバルーから仕事を受けて、自転車で料理を宅配するモーハン・ビスワスさん=ロンドン、寺西和男撮影

ビスワスさんが1回の出前で手元に入るのは3・75㍀(約540円)。1時間に3件配達できることもあれば、1件だけのこともあり、最低賃金の時給7・83㍀(約1100円)の保障はない。病欠の際などの補償もなく、ビスワスさんは昨年9月、宅配中に車と衝突事故にあい、足を骨折して約3週間入院したが、「デリバルーは何もしてくれなかった」という。

こうした待遇に置かれているのは、ビスワスさんが、デリバルーの従業員でなく、「自営業者」とされているためだ。イギリスでは、自営業者は最低賃金や有給休暇などの対象外だ。

ただ、アプリを通じて結びつく労使の関係をどう位置づけるべきかについては議論が分かれる。ギグ・エコノミーで働く「ギグ労働者」たちは、最低賃金や有給休暇など労働者の権利を求めて、企業を提訴して争う動きが続いている。従業員なら企業は政府に社会保険料などを払わないといけないが、自営業者ならその負担もしなくて済むため、「都合のいいように、企業の負担を働く人に押しつけているのではないか」という批判も根強い。デリバルーは、待遇への批判を受け、5月中旬、宅配するドライバーが事故でけがをしたり、働けなくなったりした場合に、治療費や所得の一部をカバーする保険を無料で提供すると発表した。

別のデモで知り合ったアフメッド・フセインさん(35)もギグ・エコノミーで働く。カフェでの取材の合間に、時折、携帯をのぞき込んだ。見ていたのは「アマゾン・フレックス」。アマゾンで注文のあった商品を顧客の元まで自家用車で届けるドライバーを募集するアプリだ。

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携帯電話でアマゾンの商品を宅配する仕事を探すアフメッド・フセインさん=ロンドン、寺西和男撮影

アマゾンの配達は日本では運送会社に委託されているが、ロンドンではこうしたアプリで雇った自営業者が運ぶこともある。フセインさんは「仕事は早い者勝ちだから、携帯を常に気にしないといけない」。勤め先のタクシー会社の経営が傾いた2年前からギグ・エコノミーで働くようになった。今はアマゾンと、ネットを通じて受ける翻訳の仕事で生計を立てるが、毎月手元に入るのは約1400ポンド(約20万円)。5人の子どもを抱えるが、仕事は不安定でけがの場合の保障もないだけに不安も多く、いまは正社員の仕事を探している。

ギグ・エコノミーで働く人はどれくらいいるのか。英政府の報告書(調査は昨年7~8月)によると、英国(北アイルランドを除く)で、過去12カ月にギグ・エコノミーで働いた人は、人口の4・4%にあたる280万人と試算。うち56%が18~34歳で若い人が多い。働く時間を調整できることなどから、53%が仕事に「とても満足」「かなり満足」と答えた。ただ、収入については、満足としたのは35%。25%が「かなり不満」「とても不満」と回答した。

ギグ・エコノミーへの風当たりが強まる中、英政府も対応を迫られている。メイ首相は、専門家に調査を依頼し、それをもとに今年2月、改善策を発表。有給休暇など労働者の権利についてより明確なルールづくりを進めるとともに、守っていない企業を厳しく取り締まる方針を打ち出した。ただ、立法措置などの具体的な議論は先送りし、ギグ労働者が保護されるかどうかはまだ不透明だ。

ドイツやフランスなどに比べて労働規制が緩い英国では、柔軟な労働市場が経済の強みだけに、柔軟性と労働者の保護をどうバランスを取るか難しい問題だが、今後の議論の行方が注目される。

ギグ・エコノミーの問題は、日本も無視できない。

この問題に詳しいニッセイ基礎研究所の金明中准主任研究員によると、日本ではギグ・エコノミーは、インターネットを通じて仕事を請け負う「クラウドワーカー」の問題として取り上げられている。個人事業主とみなされるクラウドワーカーは、最低賃金法による最低賃金の対象外で、企業の福利厚生制度や公的な社会保険制度も適用されないケースが多いという。日本も英国と似たような構図で、対策が急務のようだ。

金氏によると、「同一労働同一賃金」を目指す政府の働き方改革によって、これまで焦点だった正規と非正規の従業員の待遇格差は、縮小につながると予想される。ところが、労働コスト増となる企業は、コストが割安なクラウドワーカーに業務の発注を広げることが見込まれるという。

金氏は「クラウドワーカーへの対策は議論されているが、本格的な対策は21年ごろになる見通しで、いまは全くない状況。これまで正規と非正規の格差が焦点だったが、クラウドワーカーが取り残され、貧困や格差が広がるおそれがある」と話している。