新作の米ロマンチックコメディー映画「クレイジー・リッチ!」(訳注=原題はCrazy Rich Asians=超カネ持ちのアジア人たち)は、そのタイトルからして、ストーリー展開をずばり予測させる。これぞ移民の成功物語という完璧なイメージだ。この映画を見たら、アジアからの移民は誰もがとてつもなく魅惑的な暮らしをしているとの印象を抱くかもしれない。
ヘンリー・ゴールディング演じるニック・ヤンとコンスタンス・ウーが扮するレイチェル・チュウの2人は、ニューヨーク大学の若くて優秀な教授。ニックはシンガポールから来た大富豪ファミリーの御曹司で、一方のレイチェルは中国人移民の母親と苦労を共にした末に花形の経済学者にのしあがるという筋立てだ。
しかし、これはアジア系米国人たちの全体像ではない。米国勢調査局のデータを分析したピュー・リサーチ・センターの新しい報告だと、アジア系はアフリカ系米国人に代わっていまや米国で最も経済的に分断された人種・民族集団になっている。このデータは、アジア系米国人の間の所得格差が1970年から2016年までに2倍近く開いたことを示している。
映画の中でニックとレイチェルがホーム(郷里)と呼んでいる都市ニューヨークはどうか?
ニューヨークに暮らすアジア系は移民集団の中でも最も貧しいグループに属している。貧困生活を送るアジア系移民は、「アジア系米国人連盟(AAF)」によると、2000年は17万人だったが、16年は24万5千人以上に膨らんだ。ここ約15年間に44%増えたことになる。
アジア系の富裕層は米国で最も高所得の集団を形成しているが、その一方でアジア系貧困層の所得の伸びはおおむね低迷している。この傾向は他の人種集団でも見られるとはいえ、所得格差はアジア系の間で最も加速度的に深まっている。
2016年段階で、所得分布の上位10番目までのアジア系の年収は下位10番目までより約12万ドル多かった。アジア系米国人の間の格差を生む要因には、主に教育レベルや技能、英語能力の違いがある。インドや中国からの移民の所得は東南アジア諸国からの移民より多いが、それはインド系や中国系の教育レベルが平均して高いことに起因する。
例えば、米コロンビア大学の社会学者ジェニファー・リーによると、米国の台湾出身者やインド系は4分の3が大学卒か、それ以上の高学歴者だ。ベトナムやカンボジア、ラオスといった東南アジア出身者の学歴は、他のアジア系米国人の平均よりもはるかに低い。
ニューヨークに暮らす中国系のジョナサン・リー(30)はハンドメイド製品のオンラインストア「Etsy」の上級デザイナーだが、彼も彼の妹のジェシカも両親とは違って大学を卒業している。「父から、コインランドリーのアイロン台で寝たという話を聞かされた」とジョナサン。「母は19歳の時に米国にやって来て、ファッションの図案家になろうと、ファッション工科大学の夜間部に通った。父はConEd(訳注=ニューヨーク市と周辺近郊で電力を供給するエネルギー事業大手Con Edison社)で働いた。今は自分の家を持っている」
米国のアジア系移民は、かつてと比べてより多様化している。1970年をみると、アジア系移民の多くは東アジア出身者だったが、現在は南アジア出身者が増えており、彼らの存在がアジア系グループを米国で最も急速に増大する移民集団の地位に押し上げている。これは先述したコロンビア大学の社会学者ジェニファー・リーの指摘である。
アジア系米国人の数は、1970年時点で米国人口の1%以下だったが、今日では6%にまで増えた。今は、南アジアと東南アジアの出身者が東アジア系を上回っている。
所得の格差が生じる背景には、米国へ移住する際のビザ(入国査証)が技能を身につけていることをもとに取得したものか否かという要因がある。アジア系米国人と太平洋諸島出身者に関する人口統計データや政策研究を発表している機関「AAPI Data」の所長カースィック・ラーマクリシュナンは「ベトナム人やカンボジア人、ラオス人たちは、ほとんどがもともと難民として米国に移り住んだ人たちだ」と言っている。
「現在のインドや中国からの移民は教育水準が高く、彼らは高度な技能を持つ親戚たちを(米国に)呼び寄せている」とラーマクリシュナン。「ファミリービザ(家族の移住ビザ)は高等教育を受けている人に与えられる傾向がある」と彼は言う。だから、大統領のトランプと与党・共和党の盟友らは家族関係を背景にした移住ビザの発給停止を求めているが、それは最良で最も聡明(そうめい)な人たちの移住を阻むことになる、と彼は指摘する。
英語を使いこなせるかどうかも、所得や教育、医療制度へのアクセスを大きく左右する。また、高等教育を受けた移民でも言葉の壁に直面するケースがある。社会学者のリーによると、アジア系の約35%は英語能力が十分ではない。
50年以上前のニューヨーク・タイムズに、第2次大戦中に強制収容所に入れられた日系米国人たちが1世代のうちに次々と成功を収めているという記事が掲載された。この記事は、模範的なマイノリティー(少数民族)としてのアジア系米国人のイメージ形成に一役買った。しかし、多くのアジア系米国人たちは、そうした性格付けに反発している。間違っているし、危険でもあるというのだ。特に多様化した移民たちが抱えるより大きな課題を覆い隠してしまうからだという。新作映画「クレイジー・リッチ!」は、こうした神話を後押ししてしまうことになろう。
1970年から2016年にかけて所得の伸びにネジレが生じ、リッチなアジア系が誕生してきた。アジア系米国人の多数派はほかの民族集団より豊かな生活をしているし、白人やアジア系はどの所得層をみても、アフリカ系やラテン系より収入が多いのだが、一方でアジア系の貧困層が増大しているのも事実である。この傾向は米国の大都市でみられる。
新作映画「クレイジー・リッチ!」が上映され、アジア系キャストの多くは有名人になるだろう。だが人口統計学者たちは、多くのアジア系米国人が抱える困難な問題がハリウッドの放つ明るい光に幻惑されてしまうことを懸念している。(抄訳)
(Rod Nordland)©2018 The New York Times
ニューヨーク・タイムズ紙が編集する週末版英字新聞の購読はこちらから