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「黄色いベスト」を反乱の衣装に転じた、優れた効用

ニューヨークタイムズ 世界の話題
フランス北西部ガイヨンで黄色いベストを着て政府に抗議するデモ参加者たち=2018年12月6日、ロイター

あの「ジレ・ジョーヌ(黄色いベスト)」はいつの日か、史上最も優れた抗議の衣装の一つとして博物館に陳列されるだろう。フランスの燃料税引き上げ方針などに対する市民の激しい抗議、その代名詞になったあの黄色い蛍光色の安全ベストだ。

誰でも身に着けられる。それに、着る理由が衝動的であれ洞察的であれ、黄色いベストの効果は抜群だった。デザイン登録なんて問題にもならないし、着たら皆同じ。まるで指導者のいない抗議運動みたいに皆同じ。そうして実際に効果を発揮した。フランス大統領エマニュエル・マクロンは2018年12月4日、燃料税の引き上げをしないと発表したのだった。衣装が強力な反抗のシンボルになったのは、フランス革命期のサン・キュロット(訳注=1789年からの革命の初期に生活苦や差別にあらがって決起した都市労働者らの呼称。キュロットは貴族や富裕層階級が身に着けていた半ズボンで、サン・キュロットは「半ズボンをはかない者」の意)が、貴族階級との見た目の違いを逆手にとって、長ズボンをはいて以来の出来事ではないか。

それはおそらく、偶然の一致ではなかったようだ。

黄色いベストは、抗議活動を伝えるあらゆる写真を見ても、すぐわかる。平和的な運動であれ、そうでない運動であれ、一目でわかる。ソーシャルメディアの小さな画面でも見逃すことはない。服の上にちょっと着こむだけで、変革的な姿に早変わりする。もはや不満の旗印として広く認知されている。

黄色いベストは、建設業など労働者階級の仕事を連想させる。フランスでは08年の法にもとづいて、運転手は蛍光色などよく目立つ服を車内に常備している。運転手は、路上で問題が発生した際に着用するよう求められているのだ。似たような法律は他の欧州諸国にもある。

だから、フランスの黄色いベスト運動がベルギーに広がったのも不思議ではない。つまり、この革命のユニホームは不満や怒りに利用しやすいのだ。セルビアでは、野党の副代表が議会で熱弁をふるい、こう警告した。「我々はごく正常なガス料金を求めている。それが実現されなければベオグラード、ひいてはセルビア中の道で黄色いベストを見ることになるだろう」と。

黄色いベストは、実に安価で手に入る(アマゾン・フランスだと5・9ユーロ=約760円)。しかも、どこにでもあるので、運動に正式に参加していない者が着て参加しているように見えても不思議ではない。マクロンがアルゼンチンでの主要20カ国・地域(G20)首脳会議に向けて出発した際、ソーシャルメディアにあふれた歓声。あれはマクロンを見送ったのが空港労働者たちだけで、彼らが身に着けていたのは……蛍光色の安全ベストだったからだ。

黄色いベストは、どんな街頭演説にも勝る。「歴史的にも、今日的にも、ある服装を身に着けることは、体制側に属しているのか、いないのかを見る上でも大きな役割を果たしてきた」。米プリンストン大学の講師で衣服の文化人類学を専門にするエリン・K・ビャーンコムはそう語った。さらに「そうした服を着る行為はしばしば、時の政治体制の外にいる個人が、体制に反旗を翻して変革を起こすのに利用されている」とも語った。

とはいえ、服装をこの種の抵抗の道具に利用する、あるいは利用できるような服装を探すのは難しくなってきている。伝統的に、階層や価値観の違いは服装と関連していたが、服装による区分けは薄らいできている。というのも、社会全般が伝統的、形式的な服装に反発しているのと、ファッションの傾向としてアウトサイダーや権利を奪われた者がかつて身に着けていた服の多くを流行に取り込んでいるためだ。

ヒッピー世代(訳注=1960年代後半から70年代に若者だった世代)が愛用していた破れたジーンズや絞り染めのシャツはその後、ストリートファッションやファッションショーに取り込まれた。1968年の革のジャケットとベレー帽(訳注=当時世界各地で抵抗運動が起きた。米国ではブラックパンサー党による黒人解放闘争が激しさを増し、彼らは黒い革ジャケットと黒ベレー帽を身に着けていた)は、ディオールに取り込まれた。英国のパンクロックが身に着けていたスカル(どくろ)と安全ピンは、デザイナーのアレキサンダー・マックイーンやヴェルサーチに採用された。ひとたびファッションショーで脚光を浴びたら、かつてその怒りや絶望の叫びだった衣装なんて、誰もまじめに受け止めてくれない。

これはきわめて良くないことだ。なぜなら衣装は何世紀もの間、右翼であれ左翼であれ、反逆や過激主義を支える上で重要な役割を果たしてきたからだ。最近、それがかつてなく盛んになってきた。

かつて女性参政権運動の活動家は、参政権の要求と運動の性格を白(純粋さ)、緑(希望)、紫(尊厳)の3色で表し、運動の旗や服装に使ってきた(このことは、2016年の米大統領選の第3回討論会で、ヒラリー・クリントンが白一色の装いで登場したことで、よく知れ渡っているが)。

ごく最近では、17年に米国各地で起きた「女性たちの行進(Women's March)」で、参加者たちが女性差別に抗議してピンクのプッシーハットをかぶった。プッシー(訳注=子猫、女性、女性器を意味する俗語)を逆手にとった抗議の象徴だった。18年1月の米映画賞「ゴールデングローブ賞」の授賞式では、俳優たちがセクハラ撲滅を目指す「#TimesUp(時間切れ)」運動を支持して、黒一色のドレス姿で参加した。それにならうように、米国議会でも大統領ドナルド・トランプの一般教書演説の際、黒い服を着用した女性議員が目立った。

米ロサンゼルスで行われた2018年ゴールデングローブ賞の授賞式では、俳優たちが「#TimesUp(時間切れ)」運動を支持して黒い衣装で参加した。左からスーザン・サランドン、エマ・ワトソン、エヴァ・ロンゴリア、トレーシー・エリス・ロス、アメリカ・フェレーラ、ナタリー・ポートマン=2018年1月7日、Elizabeth Lippman/©2018 The New York Times

「Antifa(ファシストに反対する)」運動のシンボルは、黒色のブーツやスウェット、パンツ、それに黒いスキーマスクだが、黒ずくめの衣装はもっと広範囲に支持され、どこかアナーキー(無政府状態)な意味合いを示している。

黒は至る所にあり、解釈もさまざまだ。だから効果的な衣装とするには、やや物足りなくなる。一時的にはインパクトを与えるが、持続的な効果は特段ない。ビャーンコムは「こうした(黒い)服装は、黄色いベストが成し得たような運動様式には変わり得ない」と指摘した。

黄色いベストのような抜群の力をもった衣装となると、片手で数えるくらいしかない。サン・キュロット、それに「Brownshirts(ブラウンシャツ)」(訳注=ナチスの突撃隊が身に着けていた褐色の制服)。ブラウンシャツを他の服装とひとくくりにするのは良くないかもしれないが、あれは間違いなく衣服で規定された政治運動だった。では、こうした衣装の違いは、どこにあるのか?

一つには、黄色いベストそのものの手軽さがある。一方で、今回の抵抗運動の本質が分散的であることから、ベストがばらばらな個々人をつなげ、大きな気勢を上げるのに役立っているといえるだろう。

米ワシントンで行われた「女性たちの行進」。参加者はピンクの帽子をかぶっていた=2017年1月21日、Ruth Fremson/©2018 The New York Times

最近では、この種のユニホームを持たない抵抗運動は例外的であって、運動の効果もずっと小さいようだ。11年に米国で起きた「Occupy Wall Street(ウォール街を占拠せよ)」運動は、見るからにまとまりを欠いていた。抗議者たちのスタイルは多様で、経済界や政界への怒りだけがばらばらに広がっただけだった。

「国家という大きな組織の中で、同じ衣装を身にまとって行動する。それは時に、無名の個人が、市民としての権利交渉に参加する唯一の機会になる。唯一だが、素晴らしい機会だ」とビャーンコム。「しかも毎日だ。誰でも参加できる。協力的、かつ民主的だ」と語った。

フランスはサン・キュロットを生んだ地であり、ファッションは文化の一部、歴史的遺産と同時に体制変革の道具の一つと見なされている。だから黄色いベストの登場も別段驚くようなことではなかった。

最近、黄色いベストの一部が暴動に走り、シャネルやディオールのようなフランスを代表する店のショーウィンドーを粉砕したが、それは偶然の出来事ではなかった(皮肉にも、黄色い安全ベストなどの常備法が施行された08年、シャネルのデザイナー、カール・ラガーフェルドは、黄色いベストは救命に役立つ、と大いに宣伝したのだった)。

衣装のための衣装。衣装は再び、持つ者と持たざる者の違いを象徴するようになった。(抄訳)

(Vanessa Friedman)©2018 The New York Times

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