スマートフォンの使用を禁止する――。フランス政府が9月から小中学生のスマホ規制に乗り出した。何を目的に禁止に乗り出したのか?
パリ市内のある中学校で2年生の女生徒たちに聞いてみると、彼女たちはとうに知っていた。というのも、その中学では2017年から自主的にスマホの使用を禁止していたからだ。
「うっとうしい」と不満そうに語ったのはゾエリン・マッソン(12)。友人のグレース・ブラウルー(13)もうなずいた。
それでも、スマホが使えなくなって、彼女たちは以前より互いに話をするようになった、とも言った。
今回のスマホ規制の対象は、小学校1年生から中学3年まで。それまでは中学生だけを対象に、授業中の使用を禁止していたが、新法では対象を小学生にも広げ、しかも教室内だけではなく、校庭を含めて学校全域での使用を禁止した。唯一の例外は教師が指示した時だけだ。
フランス国民教育省は、今回の規制で生徒たちがもっと授業に集中し、生徒間の交流が強まるのを期待している。いくつかの研究でも、スマホ禁止とその効果の因果関係は提示されている。
しかし、禁止を強制できるかどうか疑わしいとみる専門家も少なくない。一方、学校外で接触できるネット世界から生徒たちを隔離することでどれほどメリットがあるのか、その点を疑問視する教師もいる。それでも政府は、生徒たちの気をそらすような物事を最小限に抑えないと、子どもは基礎を学ばなくなると考えている。
「21世紀に生きる子どもたちのことを考えるなら、われわれは彼らに現代的なツールを与えなければならない。それはすなわち数学の専門的技能であり、一般教養を身につけることだ。生き生きとした社会生活を送るための能力、それに人と話し合う能力を身につけることも欠かせない。互いに理解し合い、尊敬し合うことも。それから優れたデジタル能力を身につけるのだ」と国民教育相のジャンミッシェル・ブランケールは言った。「われわれがフランス社会に送るメッセージは、常時携帯に寄りかかっていてはいけない、ということだ」
政府と同国研究機関の16~17年のデータによると、フランスでは12歳から17歳の子どもの約93%が携帯電話を持ち、アプリを利用できる機種を持っている子は推定で86%にのぼる。
また、中学生の約3分の2弱はインスタグラムやスナップチャットなどのSNSサイトやフォートナイトといったビデオゲームに登録していた。
スマートフォンの問題は、すでによく知られている。特に学生たちは「いいね」と「シェア」を常に気にして、不安を募らせている。教師たちはネットでのいじめや、シャワー室のドアの下から同級生の写真を撮って投稿するといったいたずらに常に気を配っている。
フランスが法律まで制定して不安を解消しようとするのは異例のことだ。デンマークでは、フランスと同じような法制化に向けて試行錯誤が行われている。イギリスでは、学校単位で独自の規則を定めている。ニューヨークでは、市長のビル・デブラシオが前任者のマイケル・ブルームバーグ時代に導入した携帯電話の学校への持ち込み禁止措置を3年前に撤廃して人気をあげた。
米国の多くの学区と同様、ニューヨークでも親は子どもの動向を終日チェックできるよう望んでいる。米国では、学校で銃撃事件がしばしば発生している。生徒たちは携帯で911番(日本の110番)通報し、犯人の状況を伝えている。
学校での銃撃事件が起きていないフランスでは、スマホ禁止に反対する親はほとんどいない。禁止法は大統領エマニュエル・マクロンの公約でもあったが、生徒の親や多くの教師たちからの支持も強く、今夏の国会で可決、成立したのだった。全国教員組合事務局長のフレデリック・ロレによると、制定前にすでにフランスの中学校の約6割は新法と似たような禁止措置を講じていた、という。
新しいスマホ禁止法では、生徒たちは学校に携帯を持ち込むことはできる。しかし、かばんの中やロッカーなど目につかないところに仕舞っておかなければならない。もし携帯を使っていることが分かったら、携帯はその日一日、没収される。
とはいえ、生徒たちはうまく逃れる方法を知っている、と言う。
先述したグレースはパリのフランソワーズ・ドルト中学の2年生だが、同校が17年にスマホの使用を禁止した後も、友人たちの写真を撮ってスナップチャットやインスタグラムに投稿してきた、と言った。内緒でこっそりやったのだ。
彼女もクラスメートのゾエリンも、学校で使えないと分かっていてもスマホは持って行く、という。
「スマホを自宅に置いて、学校から帰ったら使うということもあるけれど、それだとなんだか寂しい」とゾエリン。「気分がまったく良くない」
グレースが冗談半分の口調で「落ち込んじゃう」と付け加えた。
両人とも、スマホがそばにないと心に穴が開いたような感じになる、と言った。2人にはあるカフェでインタビューしたが、メールに夢中になるようなことは自制しつつ、それでもスマホから手を離さなかった。
教師たちも今回のスマホ禁止は本当に実効性があるのか、懐疑的だ。特に10代前半の生徒たちは教師の言うことを聞かず、反抗的な態度にでることがよくあるからだ。
「新法がどのように実施されていくのか、ちょっと分かりかねる」と言ったのは北部リールにある中学校コレージュ・ジャン・ジョレスの教師セシール・ドーントだった。彼女は授業についていけない生徒たちを教えている。
生徒たちがスマホをかばんなどに仕舞うのを拒否したら取り上げてしまうというルールについて、彼女は「もし私が没収したら、生徒たちは授業に出て来なくなるだろう。そんなのは本来の目標ではない」と言った。
パリ郊外の学校で国語と文学を教えているダビッド・セリエは、スマホ依存の問題に対応するうえで、禁止法が効果的な手段かどうか疑問だと言った。責任のありかが間違っている、とも語った。
「子のためと言って、誰がスマホを買い与えるのか?」とセリエ。「使える範囲や制限を設けないのは誰だ?
親ではないか。それなのにみんな学校を非難する。子どもの問題は学校が責任を取るべきだと。まったくもってフランスの典型的な責任転嫁だ」
彼は新米の教師たちの訓練もしているが、その教師たちにとって最大の関心はやはりスマホだ。彼らは、生徒たちのスマホにどう対応すべきかと必ず聞きたがる。「彼らは法律で決めてくれれば自分たちは守られると考えている」とセリエ。「まあ、様子を見てみよう。でも私は懐疑的だ」と言った。
スマートフォンを使うとドーパミンの分泌が促される――。フランス国立保健医学研究所の神経科学者ジャンフィリップ・ラショーは「薬物中毒に見られる所見と同じシステムだ」とスマホ依存を説明する。
彼は「携帯にかかわる問題は、画面を見ていることで人間のすべての感覚が縮小し、身体(感覚)が消えてしまうことだ。世界が非常に縮小されてしまう」と語った。
だから、子どもたちが1日に少なくとも2、3時間は「スマホ以外の世界に触れる」ためにも、スマホ禁止はますます重要になる、とラショーは言うのだった。(抄訳)
(Alissa J. Rubin and Elian Peltier)©2018 The New York Times
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