■WHOに全てを求めることはできない
――新型コロナウイルスのパンデミック(世界的流行)が始まって半年ほど経ちました。状況をどう見ていますか。
グローバルな感染症対策に携わっている人間としては、いつかこうしたパンデミックが起こることは予測できました。新しい感染症はほぼ毎年出ていますから、それ自体は全く驚きではありません。ただ、先進国まで巻き込み、世界有数の予算、人材、技術を誇ってきたアメリカ、長い公衆衛生の歴史のあるイギリスなどの国でさえもこの病原体に太刀打ちできなかったのは衝撃的です。
――コロナをめぐっては国連の専門機関であるWHO(世界保健機関)に対して「きちんと仕事をしていない」といった批判も出ています。それは「期待の裏返しでもある」と著作で指摘していました。どういうことなのでしょうか。
WHOは有名で重要な国際機関ですが、予算は先進国の大病院四つほどの予算しかありません。今回のパンデミックでも、診断・治療・予防のためのガイドライン作りや、新薬・ワクチンなどの研究・開発促進、審査・承認などを行っていますが、限られた予算と人材ではパンデミック収束に向けた対策の全てを求めることはできないのです。
富裕国は、自分たちで感染症に対処できる技術や予算や能力があります。WHOは200カ国近い加盟国の全体の利益になることをやっていますが、アフリカやアジア、中南米など、自力では保健医療課題を解決することが難しい国々を優先的に考えなければなりません。
■市民社会が入ることの意義は
――WHOの予算は限られていますが、グローバルヘルス分野全体を見ると、使われる資金は増えています。国家や国際機関だけではない、官民ファンドや民間資金の増加についてどう見ていますか。
1990年代以降、グローバルヘルスに投じられる資金は増加しています。国際援助資金としてはG7が中心でしたが、最近はG20からのお金も増えています。民間としては、ビル&メリンダ・ゲイツ財団の存在感は絶大です。ゲイツ財団の保健予算はグローバルファンドやWHOよりも多く、戦略的に我々の機関に資金援助をしています。
――国家ではない、市民社会や民間組織ならではの強みというのはどんなところにあるのでしょうか。
先進国もそうでしょうが、発展途上国ではすべての保健医療サービスを政府がカバーすることはできません。特に、弱い立場、社会の辺縁に追いやられている人々には保健医療サービスが届かないばかりか、差別・偏見・迫害が及ぶこともあります。そこに市民社会や民間組織が介在することで、弱者のニーズや立場を理解し、人権を守り、感染流行を抑える役割も果たしています。
■コロナから得られたものは
――コロナをへて、組織の動きや連携は変わりそうですか。
国際協力は口で言うほど簡単ではないのですが、コロナの収束に向けて革新的な国際連携が進んでいます。コロナは国際協力・連携という意味でも多くのことを教えてくれています。
――どんな教訓が得られましたか。
国際協力や連携は重要と言っていた先進国が、自国優先に動いて足並みがそろわなくなったという教訓があります。各国政府は自国を守ることを優先しなくてはならないので、それは仕方がないことだと思います。だからこそ、我々のような国際機関が、自国を守れない貧しい国々をいかに支援していくかを考えないといけません。その中で、特に技術面での国際的な合意や調整を行うWHOの役割は大きいですし、国際的な官民連携を促進し資金調達を行うグローバルファンドへの期待も大きいです。
くにい・おさむ 栃木県大田原市生まれ。医師。国立国際医療センター、外務省、長崎大学、国連児童基金(ユニセフ)などを経て、2013年からグローバルファンド(世界エイズ・結核・マラリア対策基金)戦略・投資・効果局長。