米ニューヨークのメトロポリタン美術館で求人が出ている。閉館時間に美術館の至宝を見て回ることができる特権付きだ。ただし、高所恐怖症の人は失格で、むしろ高い所を好むくらいでないといけない。
その職とは「ヘッドランパー(点灯係)」である。メトロポリタン美術館では、電灯を交換する職人をこの特別な名前で呼んでいる。メトロポリタン美術館は芸術品の宝庫だが、その芸術品を見せる技術もまた芸術なのだ。それが照明なのである。
古代文明から現代美術まで、美術館の収蔵品を見る人の多くはふだん気づいていないのだが、照明はメトロポリタン美術館では欠かせない役割を担っている。
メトロポリタンには照明デザインを担当する少人数のチームがいて、彼らの仕事は、照明で作品を際立たせると同時に、自然光や人工の光から作品を守ることである。そのため特殊な電灯を使ったり、個々の美術品と電灯をケースで囲ったりしている。
4人の照明デザイナーと5人の点灯係が、おおよそ6万個の電灯を管理している。メトロポリタンは全米で最大規模の美術館だが、現在改装工事が進行中だ。ハロゲン灯、蛍光灯、白熱灯といったこれまで使っていた電球は寿命が切れたり、品質が低下したりしている。
美術館の照明チームは現在、そういった電球を、効率がよく寿命の長いLEDに取り換えている。LEDの電球の方が、照明の個々の光線のコントロールもしやすいのだ。現在までに約30%の交換が終わっている。
どのような照明が適切かは、展示品によって異なる。たとえば、立体作品の展示なのか、絵画なのかでもやり方が違う。絵画の場合であれば、個々の作品そのものにスポットライトを当てるのか、それとも周囲の壁に照明を当てるのか、決めねばならない。
照明デザインチームの責任者であるエイミー・ネルソンは、立体作品の展示のほうが仕事としてはやりがいがあるという。
ネルソンが言うには、「立体作品を見せる場合には、それがなんであるかを本当によく知らなければならないところが良い。様々な角度から観察し、すべての細部、形、どういう物質でできているのか、そして光がそういったことすべてにどう反射するのか、あるいは吸収されるのかを考えねばならない。立体作品の展示は、やりがいがあって非常に満足感を覚える仕事だと言える」。
どんな照明でも、美術品を傷つける危険がある。だからデザイナーと点灯係は、電灯の熱から展示物を守る責任を負っている。
光源は、美術品を収容している額縁やケースとは常に切り離されていなければいけない。美術品を光源の熱から守るため、天井のくぼみに収容されるようになっている照明もある。また、美術品の大敵である紫外線に当たらないようにする工夫などもある。
映画「オーシャンズ」シリーズ(訳注=犯罪者集団を描いたハリウッド活劇で、深夜にカジノの金庫に忍び込む場面などで有名)のファンのために申し添えれば、メトロポリタンでは美術品の保護のために夜は館内の照明が落とされている。クールな連中がメトロポリタンから美術品を盗む映画を製作すればすばらしい映画になるかもしれないが、それはお勧めできない。
アンジェイ・ポスクロブコ(59)はメトロポリタン美術館の点灯係を16年間務めている。最も仕事がはかどるのは、彼に言わせれば「世界で最も美しい美術館」の休館日である水曜だ。ときには高所作業車を使って床から95フィート(約29メートル)のところにある電球を保全・管理するのも仕事だ。
美術館に転職する前は、ポスクロブコはステンドグラスを据え付ける仕事をしていた。「照明の仕事は絵を描くことに似ている」とポスクロブコ。電球の色のコントラストは、絵画における色のコントラストとそう違わない、とも付け加えた。
たとえば児童文学作家のE・L・カニグズバーグが「クローディアの秘密」で描写したように、メトロポリタン美術館に隠れた家出中の子どもたちをガイドして歩くような心躍る冒険をしたいと思っても、まずは選抜テストを突破する必要がある。
30年以上勤めたメトロポリタンを点灯係として最近退職したレベント・オクルは、ガードマンから仕事を始めた。点灯係に採用されるには何度も試験を受けねばならなかったという。
筆記試験もあれば面接もある。それだけではない、実技もある。「ここが一番大事なところなんだ」とオクル。「高所作業車に乗って70~80フィート(約21~24メートル)のところまで上がって、作業車が揺れ出したとき、怖がったり、不安がったりしたら採用されない」
すべての展示物について、個々の照明デザインと管理の方法を考えねばならない。照明デザイナーは、光源、色の温度、光を当てる角度、天井の高さなどさまざまな要素を考慮する。
具体例としては、北方ルネサンスの彫刻と装飾芸術の展示室が挙げられるだろう。ここは以前には収蔵庫として使われていたスペースだが、照明デザイナーのネルソンによれば、2年半かけて照明をデザインした。この部屋だけでも、ステンドグラス専用の電灯ボックス、壁に沿って組み込まれたライト、そして個々の作品用の電灯など様々な照明が設置されている。
小ぶりの美術品の場合は、その前か後ろに影が落ちるように照明が設計されている。たとえば、彫像の顔に差す影によって、作品の印象が変わるだろう。
ネルソンたち照明チームの課題の一つは、照明で何ができるかということについて、人々に過剰な期待を抱かせないことだ。「多くの人は、照明を魔術のようなものだと思っているし、私もある程度はそう思ってもらいたい」とネルソン。「でも、照明とは物理的現象なので」(抄訳、敬称略)
(Sopan Deb)©2024 The New York Times
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