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人が押し寄せる「カニ博物館」仕掛け人は門外漢の若者 賛否両論の展示方法で人気に

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
巨大なカニのハサミの模型も展示されている英マーゲートのカニ博物館
巨大なカニのハサミの模型も展示されている英マーゲートのカニ博物館=2023年11月25日、Sam Bush/©The New York Times

英イングランド南東部の海辺の町、マーゲートに「カニ博物館」がある。その展示ケースの前に立ち止まったテレザ・ヒンコバ(24)は、クスクスと笑い始めた。

中には、九つの甲殻類(カニやエビ、フジツボなど)のフィギュアを置いたジオラマがあった。通常は熱帯の島にいるヤシガニ。海藻(かいそう)などをまとって変身するモクズショイ。節くれ立った姿のカルイシガニ……。いずれも、解剖学的には忠実に再現されている。

ただし、写実的なのはそこまでだ。1匹は、二つのハサミでビールジョッキを持っている。もう1匹は、クリケットのバットを握っている。3匹目は「女性に投票権を」と書かれたたすきを甲羅にかけた女性参政権論者――といった具合だ。

A crab takes part in a labor dispute in a display at the Crab Musem in Margate, England, Nov. 25, 2023. The museum uses crabs as a way into talking about larger issues like capitalism and climate change. (Sam Bush/The New York Times)
展示の中には、労働争議に参加するカニもいる=2023年11月25日、英マーゲートのカニ博物館、Sam Bush/©The New York Times

ジオラマの上部の説明には、こうある。甲殻類は、世界中の様々に異なる環境下で生息している。「だから、現実にある自然環境を一つ選んでその中で展示すると、誤解を招く」。代わりに博物館側は、1920年代のイングランドの町に似せたジオラマの中にフィギュアをセットした。

Visitors look at a diorama that places crustaceans in a 1920s English town, at the Crab Musem in Margate, England, Nov. 25, 2023. The tiny museum is gaining attention for its irreverent crustacean exhibits that also teach visitors about climate change and capitalism. (Sam Bush/The New York Times)
1920年代の英国の町を再現したジオラマの中に展示されたカニに見入る入館者=2023年11月25日、英マーゲートのカニ博物館、Sam Bush/©The New York Times

コロナ禍の始まりとともに減った来館者数はいまだに伸び悩んでおり、世界中の博物館は新たな入館者をどう引きつけるかに頭を悩ませている。

その点、開館して2年になるこのカニ博物館の展示は、くだけたユーモアを取り入れて成功している。年間の来館者数は、8万人にもなる。Tシャツやトートバッグなどのジョークグッズを販売するために設けたSNSが評価され、最近、賞を受賞した。

ユーモアの多くは、子どもじみている。若い入館者層を狙ってのことだ。例えば、交尾の習性についての展示部門を見てみよう。カニの「その最中」の写真が披露されてはいるものの、上には「年齢制限あり」の大きな文字がかぶせてある。

ほかの展示は、もっとこみ入っている。

たとえばカニが成長するための「脱皮」。小さくなった甲羅を脱ぎ捨て、より大きな外骨格をまとえるようになるためのプロセスを説明するビデオには、この博物館の創設者の一人、ネッド・スエサット・ウィリアムズ(30)が登場する。手を使わずに、一式のよろいから後ろ向きで懸命にはい出そうとする姿で。

文字と図解によるこの博物館の展示は、カニの生体構造や交尾の習性に加えて、カニなどの十脚甲殻類が海洋生態系に果たしている重要性を入館者に訴えている。さらに、カニを介してもっと大きな問題を論じようともしている。環境への脅威、資本主義や植民地主義がもたらした不平等といった問題だ。

よりまじめな展示の中には、カニを描いたかつての英植民地の切手類がある。帝国主義について壁に書かれた説明の脇にあり、一緒に設置されている戸棚には「中に真実あり。開けるべからず」との警告がある。資本主義の発展が、いかにこの惑星の温暖化を進め、生態系を脅かしているかを力説する文章が、そこに掲示されている。

博物館を面白おかしくするのには、リスクを伴う。スエサット・ウィリアムズは、取材にこう答えた。そもそも入館者が、ジョークを理解してくれるとは限らないからだ。

「でも、笑いがある方が、だれでもよく学べる」と割り切ることにしている。ユーモアは、「一息をつく余地を生んでくれる。それがあれば、気候変動のような難しいテーマでも、入館者が『この世の終わりは近い』と思うことなく考えてくれる」

Bertie Suesat-Williams, one of the Crab Musemユs founders, holds a crab as he explains it to visitors at the museum in Margate, England, Nov. 25, 2023. The tiny museum is gaining attention for its irreverent crustacean exhibits that also teach visitors about climate change and capitalism. (Sam Bush/The New York Times)
カニを手に入館者に説明するバーティー・スエサット・ウィリアムズ=2023年11月25日、英マーゲートのカニ博物館、Sam Bush/©The New York Times

英国の著名な科学の公共施設の一部でも、このカニ博物館の取り組みが注目されるようになった。ロンドンの自然史博物館のクリス・ストリンガーは、一見たわいもない入館者へのアプローチが、無意識のうちに学習する「ステルスラーニング」につながっている、と指摘する。

「はるかに多くの予算を持つほかのいくつもの博物館よりも、より狭いスペースで、より短い時間に、よりたくさんのことを教えている」

いくつもの美術館や歴史博物館などを統合したリバプール国立博物館の総館長ローラ・パイは、長らくいろいろな博物館を見てきたけれど、カニ博物館は「最も奇抜な部類に入る」とまず感想を語る。その上で、「かなり難しい科学的な素材を、いかに分かりやすくするかのよい見本だ」と評価する。

この博物館をつくろうとスエサット・ウィリアムズが決めたのは、2019年のことだった。兄バーティー(33)と、二人の友人のチェイス・コーリー(32)と3人で考え出した。兄弟は、ともに子ども向け雑誌で働いた経験があった。

3人が目指したのは、若者層を取り込みながら、気になっていた政治的な問題を論議できる博物館づくりだった。最終的にはマーゲートという海辺の場所を踏まえて、カニに焦点をあてることにした。「カニはそもそも奇妙で面白いし」とバーティーは付け加えた。

創設者の3人は、だれも博物館やカニとかかわる仕事をしたことがなかった。だから、十脚甲殻類についてのドキュメンタリーをいくつも見て、本を読みあさった。そして、自分たちが最も面白いと思うものをもとに展示をつくりあげた。

英国の博物館界にとって、自分たちは「悪童」だとコーリーは自称する。なにしろ、多くの収集物をきちんと展示する、という従来の手法とはまったく違うからだ。

それでも、最近になって初めて、展示用の貸出品を確保することができた。1億5千万年前のエビの化石だ。それに、創設者の3人は、公的助成を受けられる資格を得ようと、所蔵物の保管方法などについての講習を受け始めた。

「まあ、博物館ごっこを始めて、何とか実際に博物館にしたってところかなあ」とコーリーは笑う。

A beach in Margate, England, Nov. 25, 2023. The Crab Musemユs founders felt Margate, their hometown, needed a museum that could explore weighty issues without boring children. (Sam Bush/The New York Times)
カニ博物館がある英マーゲートの町並みと砂浜=2023年11月25日、Sam Bush/©The New York Times

最近のある日曜日の入館者の中には、この博物館の乱暴ともいえる取り組みをあまり快く思っていない人もいた。

ミア・グレゴリー(29)は、カニのジオラマに不快感を覚えた。警察官の服装をした甲殻類が、ハサミに持った警棒を振り回していたからだ。この挑発的な警察官の描写は、「カニの博物館にしてはいささか政治的なにおいを感じさせる」と首を振った(あとで、自分が警察官であることを明かしてくれた)。

でも、ほかの入館者は、陽気でおかしな展示やグラフィック類を楽しんでいた。

ジョノ・トゥーヘイ(43)は最近、2人の息子を広大なロンドンの科学博物館に連れていった。でも、息子たちは、このカニ博物館ほどは夢中にならなかったという。

展示について語りあっていると、脇にいた息子のフィン(9)が大声をあげた。

「ねえ、パパ、ちょっと見て。カニの目玉だよ。なんて、気味が悪いんだ!」(抄訳)

(Alex Marshall)©2024 The New York Times

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