1. HOME
  2. World Now
  3. ドリアン人気が中国で沸騰して東南アジアで起きたこと 「世界一臭い果物」の光と影

ドリアン人気が中国で沸騰して東南アジアで起きたこと 「世界一臭い果物」の光と影

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
タイの港レムチャバンで、ドリアンが輸出用に梱包(こんぽう)されている
タイの港レムチャバンで、ドリアンが輸出用に梱包(こんぽう)されている=Gabriela Bhaskar/©The New York Times

エリック・チャンは、15年前に世界一臭い果物を販売する会社を立ち上げるまで、人工衛星やロボットのコードを書く高額報酬の仕事をしていた。彼がそのキャリアを大転換させた時、家族や友人は戸惑った。

ドリアンという果物は、東南アジアで豊富に栽培され、土着の作物として昔から大切にされてきた。ドリアン1個は通常ラグビーボールほどの大きさで、すごく強烈な臭いを放つため、ほとんどのホテルは持ち込みを禁じている。チャンが母国マレーシアで起業した当時、ドリアンは安価で、よくトラックの荷台で売られていた。

その後、中国がドリアンの風味をどっと受け入れた。

東南アジアの国々から中国へのドリアンの輸出額は2023年、67億ドルに達し、2017年の5億5千万ドルから12倍に増大した。国連の集計によると、世界の輸出ドリアンのほぼすべてを中国が買い占めている。最大の輸出国はタイだ。マレーシアやベトナムもトップ供給国である。

目下のところ、ドリアン・ビジネスは急速に拡大しており、タイのある企業は2024年中に新規株式公開を予定している。ドリアン農家の中には大金持ちになった人もいる。チャンも、その一人だ。7年前、クッキーやアイスクリーム、さらにはピザに使うドリアン・ペーストを専門に生産する自社の経営権を、初期投資額の約50倍の450万ドル相当で売却した。

「誰もがすごく稼いでいる」とチャン。マレーシアの首都クアラルンプールから90分の距離にある小さな都市ラウブの、かつては貧しかったドリアン農家について、彼は語った。「彼らは木造の家をレンガ造りに建て直した。そして、子どもたちを海外の大学に行かせる余裕もできた」と。

エリック・チャン。ドリアンの販売会社を設立する15年前までは、人工衛星やロボットのコードを書く高報酬の仕事に就いていた
エリック・チャン。ドリアンの販売会社を設立する15年前までは、人工衛星やロボットのコードを書く高報酬の仕事に就いていた=Gabriela Bhaskar/©The New York Times

東南アジアのドリアン農園を経営する農家は、中国で拡大したようなブームはかつて他に記憶にないと言っている。

ドリアン輸出の急増は、グローバル経済における中国人の消費パワーの強大ぶりを示している。他の側面をみると、中国本土の経済は苦戦しているのだが。14億の人口を抱え、ますます裕福になっていく中国で、民衆が何らかの味覚に魅せられると、アジア地域全体がその需要に応えるよう組み替えられるのだ。

ベトナムでは、国営ニュースメディアが5月、農家がドリアンを栽培する農地を確保するために、コーヒー畑の木を伐採していると報じた。タイのドリアン農園の耕作面積は過去10年間で倍増した。マレーシアでは、中国のドリアン需要を満たすプランテーションをつくるため、ラウブ郊外の丘陵地帯のジャングルが破壊され、段々畑にされている。

「ドリアンは、マレーシアにとって新たな経済ブームになると思う」とマレーシアの農業相モハマド・サブは言っている。

巨額のカネが絡むため、植樹競争は緊張を生んでいる。ドリアン農園をめぐって土地紛争が起きた。道路沿いの果樹園には、有刺鉄線が張り巡らされているところもある。ラウブのドリアン農園の外には、手錠の絵とともに「ドロボーは訴追される」と書かれた看板が立っている。

中国は単に買っているだけではない。タイのドリアンの梱包(こんぽう)や物流業界に、中国の投資が流れ込んでいる。

タイの国際貿易専門家アット・ピサンワニッチによると、中国資本はドリアンの卸売りおよび物流ビジネスの約70%をすでに支配下に入れている。タイ国内のドリアン卸売会社は「近い将来に消滅する」可能性があると、彼は5月の記者会見で語った。

果物としてのドリアンは、いわばキノコにとってのトリュフのような存在である。1ポンド(約454グラム)あたりの価格でみると、ドリアンは地球上で最も値が張る果物の一つになっている。品種によって、1個に10ドルから数百ドルの値が付く。

しかし、過去10年間で価格を15倍に押し上げた中国の需要は、東南アジアの消費者をいら立たせている。彼らにとってドリアンは、野生または村の果樹園でたわわに実る果物だったが、輸出向けの高級品に様変わりしつつあるのを目の当たりにしているからだ。

ドリアンの最大の輸出国タイ南東部のチャンタブリー県の農場で、ドリアンを収穫する様子
ドリアンの最大の輸出国タイ南東部のチャンタブリー県の農場で、ドリアンを収穫する様子=2024年4月25日、Gabriela Bhaskar/©The New York Times

各国は、それぞれの国のアイデンティティーや文化と不可分の存在である果物を輸出しているのだ。特に多民族国家であるマレーシアでは、ドリアンは各民族を結びつける国民的象徴だ。「神は私たちにドリアンへの欲求をお与えくださった」。マレーシアの映画監督で政治活動家でもあるヒシャムディン・ライスは、そう話している。

ドリアンをまるごと1個1人で食べるのは、ほとんどの人にとって胸やけがしてきて、それだけで満腹になる。だから、東南アジアでは分け合ってみんなで食べることが社交行事になっている。

ドリアンの実をこじ開けるには鋭利なナイフやマチェーテ(山刀)が必要で、欧米の文化で高級ワインのボトルを開けて分け合うのと同じように、お祭り気分になり、友人同士の絆を深める。ヒシャムディンは、「ドリアンを好まないマレー人がいるとしたら、それは悲劇だ」ということわざがあると言っていた。

この果物のことは、マレーシアの金融用語にも採り入れられている。「棚ぼた(思いがけない利益)」を意味するマレー語は「durian runtuh(ドリアン・ルントゥ)」で、ドリアンが地面に落ちて壊れる愉快なイメージを想起させる言葉だ。

ドリアンは、品種によって1個10ドルから数百ドルで売られることもある
ドリアンは、品種によって1個10ドルから数百ドルで売られることもある=Gabriela Bhaskar/©The New York Times

中国のドリアン需要の急増は、そのサプライチェーンに変化をもたらしている。トラックの荷台にドリアンを積んで、クアラルンプール、シンガポール、バンコクといった東南アジア圏内の目的地に輸送するのは比較的簡単だ。

しかし、特に果実が熟して風味が最もいい時期に、中国の広州や北京、さらにはその先へ輸送するのはマズイことになる可能性がある。ドリアンの強烈な臭気はガス漏れに似ている。

ドリアンが引き起こした数ある緊急事態の一つに、2019年、ボーイング767旅客機が貨物室にドリアンを積んでカナダのブリティッシュコロンビア州バンクーバーから離陸したときの事例がある。

カナダの規制当局の報告書によると、正副操縦士と乗務員は離陸してすぐに「機体全体にひどい悪臭が漂うことに気づいた」という。機体に問題があるのではと恐れた操縦士たちは酸素マスクを装着し、管制官に緊急着陸の必要性を伝えた。着陸後、悪臭のもとはドリアンだったことが判明した。

マレーシアは、ドリアンを出荷前に冷凍することで輸送問題を解決しようと試みてきた。その先駆者の一人が航空会社の元客室乗務員アンナ・テオで、彼女は渡航先でドリアンが海外では手に入らないことに気づいた。

彼女は航空会社の仕事を辞め、倉庫を借りて極低温冷凍技術の実験をし、週末には子どもたちを連れてドリアン農園に出かけた。冷凍にすると、ドリアンの臭いが和らぐだけでなく、賞味期限も延びることに気づいた。

テオは現在、クアラルンプールの郊外で、冷凍ドリアンやモチ(訳注=もち米粉などでつくった薄皮でアイスをくるんだ一口大のスイーツで、「モチ・アイス」とも呼ばれる)、ドリアン関連製品を輸出する会社「エルナン」を設立し、200人以上の従業員を雇用している。

一方、タイでは何年も前から新鮮なドリアンを冷蔵コンテナで輸送してきた。タイのドリアン産業は、カンボジアとの国境に近いチャンタブリー県に集中している。収穫の最盛期の5月と6月には、いたるところでドリアンが山積みになる。

連日、チャンタブリー全域の梱包工場からドリアンを詰めたコンテナ約1千個が出荷され、ドリアン渋滞を引き起こしている。ちょうと首都バンコクの交差点の大混雑ぶりに匹敵する光景だ。

タイ・チャンタブリー県の道端のスタンドでも、ドリアンが売られている
タイ・チャンタブリー県の道端のスタンドでも、ドリアンが売られている=Gabriela Bhaskar/©The New York Times

一部のコンテナは、タイのメディアが「ドリアン列車」と呼ぶ貨物列車で鉄道を通じて運ばれる。この鉄道は、中国が高速鉄道用に建設した路線を使ってタイと中国を結ぶ貨物鉄道網である。

中国での需要が非常に大きいため、コンテナは空のままタイに戻ってくることが多く、すぐにまた中国行きのドリアンを積み込むのだ。

バンコクに本拠を置き、米国製の冷蔵コンテナを使ってドリアンを輸出する会社「スピード・インター・トランスポート(SIT)」の最高執行責任者(COO)ジャオリン・パンによると、同社のコンテナの3分の2は空のまま戻ってくるという。

彼女の梱包工場では、ドリアンは一つ一つレーザーで皮に通し番号が刻印される。中国の小売業者は、質の悪いドリアンを生産地の果樹園にまでさかのぼって追跡できるようにしたいのだ。

パンは中国南部の南寧で生まれ、タイの大学に行った。彼女は、それまで見たこともなかったドリアンに魅せられ、タイに留まった。ドリアンへの偏愛を、彼女は依存症にたとえる。

「実は、昨夜午前3時にドリアンを食べたばかりなんですよ」とパンは、空の輸送コンテナを求める中国人の顧客からの電話の合間に陽気に話した。

彼女の事業所のすぐ近くに、ドリアンを専門に扱う会社「888プラチナフルーツ」がある。同社は、ドリアン業界では初となるタイ証券取引所への年内上場を計画している。

888プラチナフルーツのCEO(最高経営責任者)ナタクリット・イームスクルはチャンタブリー県におけるドリアン産業の成長ぶりを示してみせた。20年前、同県にはドリアンの梱包工場が10しかなかったが、今日では600を数えると言うのだ。

チャンタブリーでは、ドリアンがもたらした富の象徴がいたるところにある。近代的な住宅や新しい病院などだ。2年前にオープンしたショッピングモールでは、この4月に自動車ショーが開催された。

「他の県からここに来ると、ドリアン農家がいかに裕福かがわかる」と自動車ディーラーのアビシット・ミーチャイは言う。彼は、最近の午後、中国の自動車メーカー「上海汽車集団」傘下の由緒ある英国ブランドのMG(訳注=スポーツカー)を売っていた。

「人を外見で判断してはいけない」。アビシットは顧客のドリアン農家について語った。「彼らは汚れた服に、汚れた手のままやって来る。でも、車の代金は現金で払ってくれる」(抄訳、敬称略)

(Thomas Fuller)©2024 The New York Times

ニューヨーク・タイムズ紙が編集する週末版英字新聞の購読はこちらから