シェフのレローネ・マリンが2021年に米カリフォルニア州レッドランズでファストカジュアル(訳注=ファストフードとカジュアルレストランの中間の業態)のレストラン「ジャーク・グリル」をオープンした時、お客さんたちはカリブ料理の定番ブラウン・シチュー・チキンや、カリブ料理とメキシコ料理を組み合わせたジャーク・チキン・ブリトーといった料理を大いに気に入ったが、もうひとつメニューに加えてくれと注文した。
「みんな牛のテールがほしいと言うんだ。牛テールがそんなに人気があるとは知らなかったよ」とマリン。そこでスマッシュバーガー(訳注=肉を押しつぶしながら香ばしく焼きあげた新しいスタイルのハンバーガー)にヒントを得て、自身のルーツにつながるジャマイカ風の新メニューを考えた。
トーストしたハンバーガーバンズにスライスしたタマネギを載せ、その上に煮込んだ牛のテール肉とアメリカン・チーズをトッピングし、アイオリソースをかける。「そうしたら大当たりした」と言う。
牛のしっぽであるテール(オックステール)は、昔から世界各地でスープ、シチュー、パスタ、蒸し煮料理などの材料として重宝されてきたが、米国では南部をのぞくと、顧みられることの少ない食材で、精肉の加工過程で生まれる単なる副産物という扱いだった。
しかし今や、柔らかくなって肉がほぐれて脂がのるまで煮込んだジャマイカ風の牛テールは、米国のレストランのメニューや食べ物に関するSNSではますます一般的な光景になっている。
ニューヨーク市の有名なピザ専門店「カッツ・アンド・スライシズ」では牛テールをトッピングしたピザが話題だ。メリーランド州ボルティモア市の「ウェーティング・トゥー・オックステール」では、ビリアタコスやチョップドチーズなどの料理に牛テールの柔らかい肉を使っている。ノースカロライナ州の「クレイブン・カリビアン」では、牛テールのチーズステーキ・サンドイッチが名物メニューである。
厳格な菜食主義者ですら、その料理の魅力にはあらがえない。菜食主義者向けに植物系の材料を使った牛テールもどきが12オンス(約340グラム)22ドルで、オンラインで取り寄せできる(肉汁ソースは別注文で9ドルする)。
「私は2年前に、牛テールが抹茶やケールのように大流行しそうだという兆しに気づいた」と言うのは、ニューヨーク市の屋外フードマーケットで屋台の「エブリシング・オックステール」を出店しているシェフのオセイ・ブラケットだ。
彼によると、エンパナーダ(訳注=具材を生地で包んだパイ状の料理)やトリニダード風の薄焼きパンで具材を包むブリトーに使うため、だいたい週に300ポンドから400ポンド(136キロから181キロ)の牛テールを買っている。「お客のみなさんは牛テール料理でいっぱいのメニューを見て、いつも大興奮している」
しかし、人気の高まりには陰の部分がつきまとう。近年、価格がかつての3倍近くになっている。米農務省によると、1ポンドあたりの卸売価格の平均は、最初に統計を取った2015年4月に5ドル99セントだったのが、2024年5月には14ドル18セントになった。
冒頭に紹介した「ジャーク・グリル」のシェフ、マリンによると、価格が上がったので名物のスマッシュバーガーの提供が難しくなっている。「うちはステーキハウスではないので、肉の値段を価格に転嫁するのは難しい」
普通の牛肉のパテを2枚挟んだバーガーは1個14ドルだが、牛テールのスマッシュバーガーは12ドルに抑えている。客が求めるので、牛テールのバーガーをメニューから外すことは考えられないと言う。「バランスを取りながらやっている」
ニューヨーク市の「ファット・ファウル」のシェフ、ショーン・ベンジャミンは、赤ワインで牛テールを蒸し煮にして、ナツメグ、シナモン、タイム、ローズマリー、オールスパイスで風味をつけ、チーズサンドイッチに挟んで提供している。
たくさんのお客がそれを目当てに店にやって来る。しかし、卸業者に牛テールを頼むとき、「ひどいショックを受ける」と言う。
米農務省によると、需要が増えているだけでなく、多くの要因が価格を押し上げている。高級食品販売会社「ダルタニアン」のCEOアリアン・ダギンは、ジャマイカやカリブ料理のレストランの人気が高まっていることが原因だと指摘する。
ジョージア州アトランタなどでレストランを経営するデボラ・バントレスは、牛テールの価格上昇は、米国人の好みが変わってきて、黒人料理を受容した表れだという。アトランタのレストランでは牛テールのシチューを2016年の開店以来、メニューに載せている。「私が育ったころは評判の悪かった料理がいま愛されているのを見ると、心が温まる」
価格高騰のもうひとつの理由は、骨とコラーゲンがたっぷりで輪切りで処理される牛テールが1頭あたり6ポンドから8ポンド(2.7キロから3.6キロ)しか取れないことだ。胸部の肉などが1頭から29ポンド(13.2キロ)くらい取れるのに比べると、牛テールの量が多くないのがわかるだろう。
価格と需要の高まりのおかげで、オンライン上では騒ぎになっている。販売や提供を制限すべきかどうか(ただし、制限する対象は不明である)という議論が起こり、「メイク・オックステール・チープ・アゲイン」(訳注=前大統領トランプの政治スローガン「メイク・アメリカ・グレート・アゲイン」のパロディー)と呼びかけるサイトも登場した。
牛テールの販売に冷や水を浴びせようと、SNS上には偽情報があふれている。牛テールを食べると髪の毛が抜けるとか、神経にダメージを与えるから食べるのを控えよ、といった作り話である。
先ほど紹介したニューヨーク市の「ファット・ファウル」のシェフのベンジャミンは、「人気が出る前は、牛テールは貧乏人の食べ物だった。ロブスターと同じようにね」と言う。
それまでは刑務所で出されていたロブスターが、ごちそうになったのは第2次世界大戦が始まったころだ。ロブスターと同様、牛テールもおいしいから値段も高くなったのだ、と言う。
レストラン経営者のバントレスは、牛テールの人気が出たということは、ほかの安価な部位の肉にも可能性があると考える。「牛テールのようにおいしいか、試してみるべき他の部位がたくさんある」
例に挙げるのは、牛のほお肉とか豚の首の部分とかである。香りや味の豊かさは牛テールに似ているという。「まあ、同じくらいおいしいよ」と付け加えた。(抄訳、敬称略)
(Korsha Wilson)©2024 The New York Times
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