愛犬ジャガーが、脊髄(せきずい)の手術を無事に終えて10カ月がたった。そのお祝いに、飼い主のキャット・トレホンニスベット(50)は一計を案じた。
牛の皮で作った犬用の骨型ガムをあげるなんて、あまりにありきたり。トレホンニスベットは、住まいのある米カリフォルニア州サンタバーバラから(訳注=直線距離で約440キロ離れた)サンフランシスコを目指した。
お目当ては、(訳注=2022年秋にオープンした)犬用レストラン「ドーグ(Dogue)」特製の薄いピンク色をしたバラの形の犬用ペストリー。原料はアフリカなどを原産とするウシ科の動物アンテロープの心臓で、15ドルする。
それを買い求めながら、「高級なおやつをあげれば、ペットが飼い主をもっと好きになるというものではない」とトレホンニスベットはいった。そして、「肝心なのは、犬に対してどれだけ愛情を抱いているかということだ」と続け、ゴールデンドゥードルのオスのジャガーと、「姉妹犬」のバーニードゥードルのシエラを見やった。
犬用の料理がある「ワンちゃんレストラン」がこのところ全米で増えており、トレホンニスベットのような飼い主がよく訪れている。
いくつかの店では、4本足の「家族」用に独自のメニューを用意している。さながらお子さまメニューの新バージョンで、ペットの「親」として「子供たち」に蒸したライスを添えたステーキだって、アラスカサーモンだって注文できる。飲み物はといえば、ポークスープから作ったノンアルコールビールもどきがあれば、天然サケの脂を使ったシャンパン風飲料もボウルに入って出てくる。
新たな分野も開拓されている。犬専用のケータリングサービスだ。お得意様のワンちゃんに誕生日ケーキを届ければ、キッチンカーでチキンナゲットやバーガー類を出しもする。先のドーグが、高級料理志向なのとは対照的だ。
ニューヨーク・ブルックリンのベッドフォード・スタイベサント地区に住むケリー・ロケット(32)は、ミニチュアシュナウザーのオスのミックス犬ベンジーを連れて犬用の料理がある市内のレストランをいくつか訪ねている。マンハッタンのグリニッジ・ビレッジにある「ジュディー・ジーズ(Judy Z's)」はその一つだ。
「家族みんなで店に行くと、ベンジーはとても幸せそうに一緒にすごす時間を満喫している」とロケット。「1匹だけ残ってお留守番をするのとは大違いだから」
ワンちゃんレストランが増えた背景には、コロナ禍でペットを飼う人が急増したことがある。全米ペット用品協会(APPA)の2021-2022年の調査によると、犬は米国の6510万世帯(訳注=2020年の国勢調査をもとにした全米の推定世帯数は1億2680万)で飼われるようになった。ペット用品の売り上げも2018年より460億ドル増え、2023年は1436億ドル(約19兆2800億円)に達するとAPPAは見ている。
サンフランシスコのジェイソン・ビラカンパ(40)は、愛犬のトニーとキャプテン(いずれもコーギー犬)をもう4回もドーグに連れて行った。おすすめはお任せコースで、1匹につき75ドル。飼い主には、無料で炭酸水かシャンパンカクテルのミモザが付いている。
つい最近も、このコースを頼んだ。料理が出てくると、どの農場のどんな素材が使われ、どう調理されたかをシェフのラフミ・マサルウェが説明してくれた。骨でダシをとったスープをテーブルの横で給仕し、メイン料理の飾り付けの仕上げをした。その一つ「モザイクチキン」は、薄く、細長く切った鶏肉をのりにくるんで重ね、ゆでたものだ。マサルウェは、サンフランシスコにあるフランス料理の教育機関ル・コルドン・ブルーで学び、シェフとして20年も腕を振るっている。
犬用料理は、レストランの新たな収入源になっている。マンハッタンのチェルシー地区にある「ザ・ウィルソン(The Wilson)」では連日、30~40匹が来て、そのほとんどが食事をしていく。犬用メインディッシュの野菜添えステーキを頼めば、24ドルになる。
では、飼い主の財布のひものゆるさはいかほどなのだろうか。
ペットシッターサービスのローバー社が1年前に実施した小規模な調査によると、最近のインフレにもかかわらず、54%の飼い主が、より栄養価が高く、家庭の健康づくりの方針に沿った自然食品を愛犬に与えるために、もっとお金をかけてもいいと答えた。多くの世帯で、犬が子供の代わりになっていると同社は指摘する。
「ペットは私たちの家族。だから、家族と同じような食事をさせてあげたい」とロン・ホロウェイは話す。ブルックリンの(訳注=流行のブティックやカフェ、高級レストランが並ぶ)ダンボ地区を拠点に、犬用のケータリングをするキッチンカー「ウーフボウル(Woofbowl)」の持ち主だ。
ホロウェイと、生化学・電気技師だったカンボジア難民の妻ソロ・ホロウェイは、愛犬のフレンチブルドッグ、ラトとディノのためにより栄養価の高い食事を一から開発した上で、キッチンカーを始めた。退役軍人であるホロウェイはPTSD(心的外傷後ストレス障害)を患っており、夫妻が愛犬2匹を迎え入れたのはその治療の一環だった。
誕生日や祝日をレストランで祝う人がいるのと同じように、多くの飼い主も愛犬のためにそうする。
例えば、ニューヨークの「メゾン・ド・ポーズ(maison de pawZ)」。ケータリングもする犬用ベーカリーで、ラーメンという名のシーズー犬(訳注=中国・チベット原産の愛がん犬)なら、ラーメンどんぶりの形をしたケーキを特注できる。
形だけではない。風味の選択肢も幅広い。ピーナツバター、ファンフェッティ(訳注=砂糖などでできたカラフルで細かい洋菓子用の飾りが生地やデコレーションに使われた、写真映えのするケーキ)、ココナツ、スパイスアップル、チョコレートの代用食のイナゴマメ(チョコレートは犬にとっては有毒)。濃密なケーキは、そば粉とココナツ油で焼き上げている。人間も食べられるが、多分、口には合わないだろうと店主は笑う。
マンハッタンのアッパー・イーストサイドに住むアシュリー・マリノ(37)は、近く愛犬ヘンリー(マルチーズとプードルのミックス犬、マルプーのオス)をチェルシーのザ・ウィルソンのブランチに連れて行き、誕生日を祝ってあげようと考えている。大好物のボウル入りチキンとベビーベジタブルを頼み、デザートはベーコンかバナナの風味のカップケーキにするかもしれない(まだ、最終的に決めてはいない)。
「あれこれ試してみたいから」とマリノはいう。自分とボーイフレンドも、誕生日にはブランチに行く。だから、ヘンリーにもそうしてあげたい。「声高にいうのは気恥ずかしいけれど、ヘンリーを連れ出して奮発すれば、とてもいい気分になれそう。それをみんなで一緒に楽しみたい」
ペットに重点を置くニューヨーク市内のレストランは、保健所の規制を順守するため、犬専用の料理だけを提供したり、ペット用と人間用の食事を別々に用意したりしている。ジュディー・ジーズとザ・ウィルソンでは、犬同伴の場合は外のテーブル席に座ってもらう。犬の食事は専用のボウルで出し、必ず床に置いている。
市内のイーストビレッジ地区にあるワンちゃんカフェ「ボリス&ホートン(Boris&Horton)」では、先のメゾン・ド・ポーズ製の犬のおやつや犬用の商品を扱っている。犬用と人間用のペストリーは、スタッフが最初から分かれており、取り違えを防ぐために食器も使い捨てに限っている。
この店を創設したローガン・ミクリーによると、市の保健所が「ドッグカフェを開くために必要なことを、守るべき厳格なリストとともに教えてくれて助かった」という。
ヨークシャーテリアのジョーイがニューヨーク市内に行くときは、よくローワー・イーストサイドの犬用の公園に連れていかれる。飼い主のレイチェル・チョイ(25)としては、ジョーイをワンちゃん仲間と遊ばせたいのだが、入り口でしり込みして中に入ろうとしないことが多い。行きたがるのは、さほど離れていないボリス&ホートンだ。空調が利いており、ピーナツバターのカップケーキにありつけるし、ほかの人たちにかわいがってもらえる。
「よそでは味わえないような明るい気分になるみたい」とチョイはあきらめ顔だった。(抄訳)
(Christina Morales)©2023 The New York Times
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