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犬も認知症になる 見極め方は? 専門家「どれだけ長くあなたを見つめられるか…」

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
ダンテは11歳のバーニーズマウンテンドッグ。認知機能障害を患っている
ダンテは11歳のバーニーズマウンテンドッグ。認知機能障害を患っている=2022年8月24日、ニューヨーク州イサカの公園、Heather Ainsworth/©The New York Times

ダンテが8歳になったころ、少し変わったように見え始めた。

体重が70ポンド(約32キロ)あるこの雄のバーニーズマウンテンドッグは、米ニューヨーク州インターラーケンの飼い主の家で、おりの中のクマのように行ったり来たりして歩き回る。

それから、じっと立ち尽くし、恍惚(こうこつ)状態で家にあるオルガンのペダルや、部屋の隅を見つめることもある。

真夜中に目を覚まし、わけもなくひっきりなしにほえ出す。その後、室内で失禁が始まる。

脳をスキャンすると、ダンテは通称「doggy dementia(ドギー・ディメンシア)」と呼ばれるイヌ科動物の認知機能障害になっていることが確認された。

これはよく、犬のアルツハイマー病と説明される。

高齢犬の少なくとも14%から35%に発症が見られるという調査結果もある。しかし、症状が他の病気と似ているため、正確な有病率を割り出すのは難しい。

現在進行中の犬の病気と老化に関する「犬の老化研究プロジェクト(DAP)」に登録された1万5019匹を対象にした新たな大規模研究の論文が2022年8月25日、学術誌「Scientific Reports(サイエンティフィック・リポート)」に掲載された。

この研究は犬が認知症になるリスクに関連する主要因を特定している。

以下が、主要な発見だ。

運動には重要な予防効果がある可能性が認められる。米ワシントン大学の研究者たちによると、非常に活発と報告された犬と比べて、活動的ではないとされた犬は認知機能障害と診断される確率が6.47倍高かった。

だが、研究者たちは、認知症自体が運動不足を招く可能性もあると指摘し、飼い主の観察に基づくこの研究結果は因果関係ではなく相関関係を示唆している点を強調している。

Matt Kaeberlein, a co-director of the Dog Aging Project, with Dobby, his 12-year-old German shepherd, in their Seattle backyard on Wednesday, Aug. 24, 2022. The Dog Aging Project is an ongoing investigation into canine illness and aging. (Grant Hindsley/The New York Times)
「犬の老化プロジェクト(DAP)」の共同代表マット・ケーバーラインと、愛犬のジャーマンシェパードのドビー(12)=2022年8月24日、シアトル、Grant Hindsley/ⓒ The New York Times

認知症を患う確率は、神経疾患や聴覚ないし視覚障害がある犬の場合も高くなるようだ。

今回の研究論文の共同執筆者で、人間およびイヌ科動物の認知症に関する専門家のワシントン大学研究教授アネット・フィッツパトリックは、次のようにコメントしている。

「外の世界から刺激を得られなければ、私たち人間の脳も衰える危険が高まる」

彼女によると、今回の研究は「認知機能障害の発症リスクを減らすために、私たちが気を付けるべきことが他にもある可能性を示している」。

当然ながら、年齢は重要な要因である。犬の寿命は多くの場合、犬種や体格、体重によって異なる。

(訳注=大型の闘犬・番犬として知られる)マスティフ(平均寿命6~12年)と、チワワ(同12~20年)を想起すればわかる。

犬の推定寿命の晩年は、年を重ねるにつれて認知症発生の可能性が高まることが今回の研究でわかった。

実際、研究者たちは、イヌ科動物の認知機能障害と相関する危険因子が、アルツハイマー病やその他の認知症にかかっている人間の要因と重なっている点に注目している。

イヌ科動物の認知機能障害に関する初期の研究は、多くは高齢犬の少数集団について調べた獣医学的分析を基にしたものだった。

今回の研究は、子犬時代から20歳代までの年齢幅がある犬を対象にしている。現在4万匹以上の犬が研究対象として登録されているこのプロジェクトは今後、犬が年齢を重ねるのに伴いその数が10万匹に達することが望まれている。

そうすることによって、認知機能障害やその他の疾病に関するより複雑な研究結果を発表できるようになろう。

今回の研究では、若年犬から高齢犬までを含むすべての犬の認知機能障害の有病率は1.4%だった。

しかし、犬の平均年齢は6.9歳で、分析した犬のうち、四分割した平均寿命でその最終期の年齢帯に達していたのは19.5%に過ぎなかった。

「この研究は、認知機能障害の犬とそうでない犬とを比べたものだ」とフィッツパトリック。「しかし、年月を経るうちに認知機能に優れていた犬の機能が後退していく姿を私たちはみることができる」と言っている。

この研究結果は、2019年から20年までの犬の健康とライフスタイルに関する飼い主からによる1度だけの報告と、犬用の認知障害評価尺度を用いた質問状から引き出されたものだ。

たとえば、以下のような質問である。

――あなたの愛犬はどのくらいの頻度で、はっきりした方向や目的もなくうろつき回りますか?

――愛犬はどのくらいの頻度で、物に引っかかって動けなくなりますか?

――愛犬はどのくらいの頻度で、壁やドアにぶつかりますか?

――愛犬はどのくらいの頻度で、床に落ちた食べ物を見つけるのに苦労しますか?

この研究結果が身近に感じられ、直感的に理解できるものだとすれば、それは「DAP」が米国立衛生研究所(NIH)の一組織である国立老化研究所(HIA)から資金提供されており、飼い犬のみならず人間の寿命にも影響を及ぼす原因を突き止める可能性があるからだろう。

ショウジョウバエやマウスなどの実験用動物と違って、飼い犬は飼い主の環境や社会的要因に左右される。受動喫煙、芝生の殺虫剤、医療へのアクセスといったものだ。

「人間の寿命の推定値は約75%が環境、25%が遺伝に左右されるといわれている」。ワシントン大学の生物老年学者でDAPの共同代表の一人、マット・ケーバーラインの指摘だ。

「したがって、飼い犬は生物学的な老化過程に環境上の可変要因が及ぼす役割を真に理解する機会を与えてくれる」と彼は言っている。

さらに、犬は人間よりもはるかに速く老化するため、このプロジェクトのもとで進行中の研究は人間とイヌ科動物の老化に関する洞察を、迅速なタイムラインに沿って行う機会を与えてくれる。

Dante, an 11-year-old Bernese mountain dog, rests while his owner Lisa Mitchell works with one of her other dogs, Rook, on obedience at Cass Park in Ithaca, N.Y., on Wednesday, Aug. 24, 2022. Dante has been diagnosed with canine cognitive dysfunction, colloquially known as doggy dementia. (Heather Ainsworth/The New York Times)
飼い主のリサ・ミッチェルが別の犬の訓練をする間、ダンテは休んでいた=2022年8月24日、イサカ、Heather Ainsworth/ⓒ The New York Times

イヌ科動物の認知機能障害は特定するのが難しい。犬が平凡な指図を無視しているように見えるのは、脳の萎縮によるというより、難聴ないし加齢による頑迷さを示しているのかもしれない。

認知機能障害のように見える症状は、実際には脳卒中や脳の炎症、あるいは糖尿病かクッシング病(訳注=副腎皮質ステロイドホルモンの一つ「コルチゾール」が過剰に分泌され、満月様顔貌や体幹肥満が目立つ症状を示す病気)の可能性があるとニコル・エアハートは言っている。

彼女は獣医師で、コロラド州立大学健康的老化のためのコロンバイン・ヘルスシステムセンター(CHSCHA)の所長の任にある。

ニコルによると、獣医師たちは、まず飼い主の鋭い観察に頼り、その後、診断テストをするのだ。

「飼い主であるあなたを見つめる愛犬に注目してほしい。特に顔の近くにおやつがある場合、どれだけ長くあなたに視線を向けているかを見てほしい」と彼女は言う。「犬が認知症になると、正常時なら集中できることが、できなくなるからだ」

彼女はDAPの研究には関わっていないが、今回の新研究についてこう指摘する。

「すべての種について私たちが知っていることを見事に確認する研究だ。運動は健康的に年老いていくためにいいとか、生涯にわたる運動習慣はアルツハイマー病やその他の認知機能悪化の予防になるといったことだ」

バーニーズマウンテンドッグの平均寿命は6年から8年だが、ダンテは現在11歳だ。若いころはとても活動的な犬だった。

入り組んだコースの障害物レースを好み、階段の1番上から1回で飛び降りられる肉体と知力を備えていた。

ところが今、周囲とのふれあいが大好きだったこの犬が、同じ家に飼われているゴールデンレトリバー3匹や自分を溺愛する人間2人を避けるようになった。

土砂降りの雨でも、気に入っているライラックの茂みでしゃがみ込むのが好きなのだ。

飼い主のリサ・ミッチェルは「ダンテを何とか家の中に入れようとしてきた」と振り返る。

「でも、それから1年経って、『明日が彼の最期の日になるかもしれないし、外の方が彼にはもっと快適なのかもしれない』と思った。だから、ダンテがそうしたいなら、家の外に一匹でいさせてあげることにした」と言っている。

エアハートによると、犬の認知機能障害を一時的に改善する薬やエサがあるが、飼い主は愛犬の方向感覚障害の進行に敏感になる必要がある。

愛犬たちのルーチン(習慣的な日々の決まり事)を混乱させてはいけない。周辺の家具を移動しないこと。愛犬がどこかに行き迷ってしまわないよう、庭を確保すること。普段なじみのない人たちを招いて騒々しいパーティーをしたいなら、愛犬を刺激の少ない静かな環境に置くこと。

また、犬は年老いた人間と同様、「夕暮れ症候群」になる可能性があることも知っておくこと。一日の終わりが近づくにつれ、不安が増し、方向感覚がおかしくなる症状である。

「おそらく私たち人間の老化にとっての最良のモデルである犬は、何百年にもわたって、私たちと共に老化してきたのだ」とエアハートは指摘する。

「これは双方向の道である。私たちが愛犬のために健康と寿命を改善しようとするなら、私たち人間にとっていいことは何であれ愛犬にとってもいいことである可能性が高い。とすれば、それを望まない人がいるだろうか?」。そう彼女は話していた。(抄訳)

(Jan Hoffman)ⓒ 2022 The New York Times

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