コーギー犬に囲まれるエリザベス女王の姿は、もう何十年も英王室の象徴として愛されてきた。
ところが、英大衆紙デイリー・メールが悲報を伝えた。「ウィロー(Willow)」と名付けられていた女王の最後のコーギーが亡くなった(訳注=2018年4月15日に死亡)というので、英メディアは大騒ぎになった。英王室は「私的な問題」としてコメントを控えたが、ネットの世界も含めて関連の情報が飛び交った。
英女王のコーギーの血筋が途絶えたのを機に、女王とロイヤルペットの歴史を改めて振り返ってみたい。
最初の出会いは「ドゥーキー」と
現在の英王室のウィンザー家に、最初のコーギーがやってきたのは1933年だった。当時はヨーク公爵だった女王の父君(後の国王ジョージ6世)が子犬を飼うようになり、「ドゥーキー(Dookie)」と名付けた。すぐに、メスの「ジェーン(Jane)」が加わったが、44年に交通事故で死んだ。
その年、エリザベス王女(当時)の18歳の誕生日にメスのコーギーが贈られ、「スーザン(Susan)」と名付けられた。米誌バニティー・フェアによると、エリザベスはスーザンを熱愛し、47年のフィリップとの新婚旅行にもコッソリ連れていくほどだった。
女王は、スーザンの血筋を絶やさないようにし、少なくとも30匹のウェルシュ・コーギー・ペンブローク(訳注=犬種の正式名称)を飼ってきた。その最後が、14代目のうちの一匹と見られるウィローだった。
このことは、女王にとっても人生の一つの区切りになるようだ。2002年に母のエリザベス皇太后を亡くしてしばらく後に、スーザンの血筋をつなぐことをやめていた経緯がある。著名な米国人調教師で、女王にも馬について助言していたモンティ・ロバーツは、「子犬を後に残すようなことはしたくない」と12年に女王に聞かされたと15年のバニティー・フェア誌で明かしている。
王室にまだいるドーギー
英王室にコーギーはいなくなった。でも、まだドーギーがいる。
女王の妹マーガレット王女のダックスフントの血筋がコーギーに混じった交配種ドーギーの「バルカン(Vulcan)」と「キャンディー(Candy)」だ。
女王は他にも犬を飼っていた。ロンドンの住まいのバッキンガム宮殿から北へ100マイル(160キロ)。ノーフォーク州サンドリンガムの別邸には、長いこと猟犬がいた。妹(訳注=2002年死去)のシーリハム・テリアを引き取ったこともある。
犬にご注意
これだけ長いお付き合いになると、「事故」とも無縁ではありえない。
1954年に、女王のコーギーは3匹いたが、その一匹が護衛官にかみついた。その前には、王室の職員がかまれたと報じられており、どうやらあのスーザンの仕業だったらしい。
68年には、英王室のスコットランドの離宮バルモラル城に「犬に注意」の標識を立てるよう求める議員が現れた。女王のコーギーが、郵便配達人をかんだからだった。
女王自身も、被害にあっている。91年には、犬同士のケンカをやめさせようとしてかまれたことを通信社が伝えている。
エリザベス皇太后の車の運転手がかまれたときは、破傷風を防ぐ注射を打たねばならなかった。
王室スタッフと犬とのトラブルは、他にも表面化している。99年には、召使の一人が処分された。エサと水にジンやウイスキーを混ぜたからだった。たまたま一匹の血液検査をしたところ、アルコールが検出されたことが端緒となった。
ほえてばかり
王室内のみんなが、女王のようにコーギーを可愛がっていたというわけでもなさそうだ。
「いつもほえてばかりで、女王はどう耐えているのだろうかと思ってしまう」。女王の孫で、王位継承順位・第2位のウィリアム王子は、12年のテレビ番組でこう語っている。
その弟のハリー王子も、「生まれてこの方、ほえられた記憶しかない」と17年のBBC放送とのインタビューでぼやいている。
でも、コーギーたちにすぐに受け入れられた人物もいた。ハリー王子と婚約したメーガン・マークルだ。「一目で好きになってくれた」と王子がこのインタビューで明かすと、「そのようね」とマークルはほほ笑んだ。
晴れ舞台
コーギーが注目を浴びたのは、このときだけではない。
12年のロンドン五輪の開会式。その重要な場面に、ウィローは登場している。英俳優ダニエル・クレイグ扮するジェームズ・ボンドが、女王陛下を開会式にエスコートするため、バッキンガム宮殿に迎えにきたというビデオが使われ、その中で大役を果たしたのだった。このときは、「ホーリー(Holly)」(16年死亡)と「モンティ(Monty)」(12年死亡)も一緒だった。
3匹は、クローズアップの撮影も臆せずにこなした。ボンドを宮殿に出迎えると、ともに行動し、女王が階下に下りるまで付き従った。そして、女王とボンドを開会式の競技場に運ぶヘリコプターが飛び立つのをじっと見送った。
女王の90歳の誕生日(訳注=16年)には、米誌バニティー・フェアの表紙を飾った。米写真家アニー・リーボビッツが、ウィンザー城で撮った。イスに腰かけた女王の脇にホーリーが、足元にはウィローとバルカン、キャンディーが仲良く納まった。
映画やテレビにも
女王とコーギーの70年を超える付き合いは、女王と言えばコーギーを連想することにつながった。それは、大衆の王室像にもなった。
女王の父君ジョージ6世を題材にした10年の英歴史ドラマ映画「英国王のスピーチ(原題:The King’s Speech)」には、コーギーが登場する。ダイアナ元皇太子妃の事故死直後の英王室を描いた06年の英映画「クィーン(原題:The Queen)」では、女王役となった主演のヘレン・ミレンと共演したコーギー(訳注=5匹)が賞を受けている。
最近では、女王の治世を扱った米英合作のテレビドラマシリーズ「ザ・クラウン(原題:The Crown)」がネットフリックスで(訳注=16年から)配信されており、英国ではコーギーの繁殖飼育への関心が再び高まっている。
「これまでは女王との結びつきが強すぎて、コーギーはお年寄りの愛犬という印象が先に立ったが、それが変わり始めている」。世界で最も古い歴史を誇る英畜犬団体、ザ・ケネルクラブのデービット・ロブソンは18年2月、英紙テレグラフでこう指摘している。「コーギーに囲まれる、もっと若いころの女王を演じる映像が増えていることが一因なのは、間違いないだろう」(抄訳)
(Michael Gold)(C)2018 The New York Times
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