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食に対する不寛容「オエー問題」を考える 菜食主義が広がるドイツで新たないじめも

ニッポンあれやこれや ~“日独ハーフ”サンドラの視点~ 更新日: 公開日:
写真はイメージです
写真はイメージです=gettyimages

昨年12月、X(旧ツイッター)で、ドイツの「オエー問題」が話題になりました。

発端は、ドイツ人の男性と結婚し、ドイツに住む日本人女性の投稿です。

「昨日の夜、息子が煮干しをぽりぽり食べるという話をしたら、義両親が『昔ロシア土産で干した魚貰って、袋を開けたらめっちゃ臭かったのよ!オエーー!』って言い始めて、なんだろう、なんだろう、何でそうなるの?何でどこかの国で美味しく食べられている物でそういう話をして良いと思うの?」とポストしたのです。

これに対して、同じくドイツに住み現地で教職についている日本人男性「ドイツ教職メガネ」さんが返信。

「あるある。最近では、明太子のふりかけ食ってる時に、このオエーやられた。自分たちの世界観から外れたものに対する反応の幼稚さ。そう、ドイツ人の多くが持っているのは、確固たる自己肯定感ではなく、『他者否定感』なのだな」とつぶやきました。

そこからドイツに住んだことのある人も含め多くの人が会話に加わり、この「オエー問題」について議論が交わされました。

前述のドイツで教職についている日本人男性はその後、自分が受け持っているドイツの学校のクラスで「どのようにして子供たちの『オエー問題』に対処したか」を5回にわたって詳細にポストし、大きな反響を呼びました。

一連の流れをまとめると、ある子供が学校の休憩時間にハムの入ったサンドイッチを食べていたところ、ベジタリアンの複数のクラスメートが近寄ってきて「オエー!」を繰り返すいじめをしたとのこと。

人が食べているものについてこのような態度をとることを問題視した「ドイツ教職メガネ」さんは、その後、この問題について子供たちにじっくり議論させますが、何せいじめっ子たちは「動物たちが屠畜(とちく)場で無残に殺されているのにハム入りサンドイッチを食べるほうが悪い」というスタンスなので、これがなかなか大変なのです。

「食」に対するドイツの不寛容 筆者の思い出

筆者はこの一連のポストを見て、ドイツで過ごした子供時代を思い出さざるを得ませんでした。

今でこそ欧州の国々では寿司ブームでドイツのスーパーマーケットでも寿司が売られていますが、筆者が子どもだった1980年代、「生の魚を食べる」という行為は多くのドイツ人にとってグロテスクなものでした。

そんななか、母親が日本人である筆者が「日本人って生の魚を食べるとか信じられない。オエー(ドイツ語でbäh)」「虫が湧きそう。オエー」と言われたことは一度や二度ではありません。日本人が好んで飲むお味噌汁についても「泥水みたい」「尿みたい。オエー」と発言をする子もいました。

写真はイメージです
写真はイメージです=gettyimages

筆者が思春期だった13歳の時には同級生に「日本人って犬を食べるんでしょう?オエー」と言われたこともあります。「犬を食べるのは日本ではなく韓国だと思う」と答えたところ、全く興味を示さず、その後も同級生は「日本人は犬を食べる。オエー」としつこく言い続けていました。

忘れられないのは、その同級生が犬や猫、ポニーが好きで「将来は獣医さんになりたいの。動物が大好きだから」と言い先生から可愛がられていたことです。当時、動物をかわいがっていれば、同級生に対して何を言っても許されるのか・・・・とモヤモヤしたことを昨日のことのように思い出します。

ドイツにはWas der Bauer nicht kennt,frisst er nicht. (農夫は知らないものを食べない)という言い回しがあります。これは新しいものを常に警戒し触れようとしない人のことを揶揄した言い回しです。

筆者が子どもだった1980年代のドイツには「自分が知っているものしか食べたくない」という「食」に対して保守的な考え方をする人がまだまだ多かったことが筆者が受けたようないじめにつながりました。そこに日本を含むアジアを低く見ていたという点が加わっていたことも否めません。

ところで筆者が子どもだった時代とは違い、近年はドイツでベジタリアンやヴィーガンが増えました。

困ったことに、今のドイツでは冒頭のように肉を食べている子供に対して「肉なんか食べて、オエー」と言う「新しいスタイルのいじめ」が起きています。

ドイツでは宗教上の理由から豚肉を食べないイスラム教徒の生徒が複数人で、豚肉を食べるドイツ人の生徒を取り囲んで「ドイツ人は豚肉を食べるから汚い」といじめる事例も報じられています。時代が変わっても、形を変えてドイツで「食」に関連するいじめはなくなっていないわけです。

地球のこと、動物のことを考えてベジタリアンに

現在、ドイツでベジタリアンが増えているのは先に述べた通りです。ドイツで統計や世論調査を行うInstitut für Demoskopie Allensbachによると、2023年の時点で、ドイツの14歳以上の市民で「肉を食べない人」は790万人いて、その中の動物由来のものも一切口にしないヴィーガンは約160万人いるとのことです。

ドイツのベジタリアン人口が増えている背景には、近年、インターネットの普及により劣悪な環境で飼育されている動物のことがより広く知られることになった、という点が挙げられます。2022年にはドイツで食肉処理の規定を守らず、残虐な方法で牛を屠畜したというLandschlachterei Hornの処理場の動画が世間に広く知られスキャンダルになりました。「自分が食べている肉が劣悪な環境のもと飼育されている動物のものかもしれない」…そういった思いから多くの人が「肉食」から遠ざかっているのです。

人間関係に影響する「食」への考え方の違い 

「食」に対する考え方の違いは確実に人間関係にも影響を及ぼしています。

たとえば一緒に外食をすることになった時に「肉が好きな人」と「ベジタリアンの人」の間の考え方の違いが「話し合い」で埋まることはまれです。

筆者が日本人とドイツ人のグループで数週間にわたり日本でプロジェクトに携わっていた時のこと。ある日、同じ仕事にかかわっていた4人でランチをしようということに。日本人の女性が「豚肉がおいしいハンバーガー屋さんに行きません?豚肉を食べると私は元気になるんで、実は何回か1人で行ったんです」と提案。筆者もすかさず「賛成、行きましょう」と言ったところで、ドイツ人の女性が「私はベジタリアンだから豚肉は無理」と言います。ただその近辺ではベジタリアン対応のお店が見つからなかったため、結局は「炒め物の野菜だけでも頼める」ということで近場の中華料理店に入ることになりました。

そして中華料理店で食事をしたのですが、筆者は「4人のなかで誰ひとり満足していなかった」という印象を受けました。

ベジタリアンの女性ともう一人のドイツ人は「油っこい」と言っていましたし、そもそも日本人女性と筆者は豚肉のハンバーガーがおいしいというお店に行きたかったわけです。食生活の異なる4人が一緒に食事をしたものの、その際に全員が「歩み寄った」というよりは「全員が妥協した結果、誰も満足できなかった」のです。

もし数日前に食事をすることが決まっていたら、事前に全員が気に入るお店を探す、ということもできたと思いますが、そうではない場合、つまりは突発的に「今日、ランチでもいかが?」というような形で食事に行く場合、異なる食生活をおくる者同士が席を共にして満足をすることは難しいと感じました。

肉食や動物由来の食品、狩猟、皮革製品に反対し、ヴィーガンを推奨して街頭デモを行う人々
肉食や動物由来の食品、狩猟、皮革製品に反対し、ヴィーガンを推奨して街頭デモを行う人々=2022年6月4日、ドイツ南部ミュンヘン、ロイター

欧州と日本を行き来するある日本人男性の本音

筆者の知り合いの日本人男性は仕事でヨーロッパ人と関わる機会が多いと言います。彼はこう嘆きました。「そもそも明治時代以前は実際のところほぼヴィーガンだった日本に肉食を持ち込んだのはヨーロッパ人。ほんの数十年前までヨーロッパの人の多くは大量の肉を消費していた。もちろん今の時代、ヴィーガンやベジタリアンになるのは個人の自由だとは思う。でもベジタリアン対応をする店が少ない日本で周囲を巻き込んでまで自分の食生活を通そうという姿勢はいかがなものか」

そしてこう続けます。「団体で大人数の欧州人が日本に来る場合、ほんの数人ヴィーガンやベジタリアンがいるだけで、そのグループの他の人全員がその土地のおいしいものを諦めなくてはいけなくなってしまうことを僕は何度も見ている。お店の人に『あれは入っていませんか?これは入っていませんか?』と聞くことで、店と客の間で和やかとは言い難い雰囲気になることもある。結局、『その人一人の問題』ではなくなってしまう」

それにしても、従来あまり肉を食べてこなかった日本人に「徹底したベジタリアン」が比較的少なく、歴史的に「肉食」だったヨーロッパ人に「徹底したベジタリアン」が増えているのはなかなか興味深い現象だと思います。

家畜の大量飼育が引き起こす地球温暖化の問題に興味を持ち、自分の食生活を見直すことは大事なことですが、その一方で、冒頭に書いた「オエー」問題をはじめドイツで昔も今も「他人の食生活を揶揄するいじめ」が起きているのは大きな問題です。

「他人がおいしそうに食べているもの」について、たとえ自分が食べないものであっても、さげすんだり、否定的な内容のことを相手に伝えたりすることはあってはならないことです。「相手を尊重する」「相手を傷つけない」という「人間関係の基本」がやはり一番大事だと思うのです。

ところで「皆と一緒に食事をして交流をする」ことが好きな日本人が多いのに対し、ドイツでは「一緒に食事をすること」に対してどこか否定的な姿勢の人が目立ちます。筆者はこれを「ドイツの昔ながらの厳しい教育へ反発なのではないか」と感じています。

昔のドイツの子供は誰もがEs wird gegessen,was auf den Tisch kommt.(出されたものを食べなければいけません)と教えられてきました。いわゆる「えり好み」は許されなかったのです。現在の「えり好みをすることがカッコいい」という風潮はその反動だと思うのです。実際に「人に言われたからと言って、食べたくない」という感覚を持つドイツ人は多いのです。ドイツでは「自由」を重んじる人ほど食事の際に「えり好み」をすることで権力に逆らっている気になっている・・・筆者はそんな印象を受けました。