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防衛の「南西シフト」で新設の陸自石垣駐屯地 隊員の努力となおも消えない住民の不安

揺れる世界 日本の針路 更新日: 公開日:
陸上自衛隊石垣駐屯地
陸上自衛隊石垣駐屯地=2023年3月10日、沖縄県石垣市、朝日新聞社機から

沖縄県石垣島。タクシーの運転手さんが「住民の大半は石垣港周辺に住んでいます」と教えてくれた。港周辺はバスや離島に向かう船のターミナル、商店街などでにぎわう。「なぜ、そんなに多くの住民が」。筆者の問いに運転手さんは「マラリアと戦った結果ですよ」と話してくれた。石垣島は山が多い地形だ。住民はマラリアから逃れるため、徐々に港周辺に集まったという。

石垣島の石垣港
石垣島の石垣港=2024年6月3日、沖縄県石垣市、筆者撮影

第2次世界大戦末期、石垣島や竹富島などの八重山諸島で、マラリアによって3600人余りが亡くなった。石垣島などを守備した日本陸軍の独立混成第45旅団は、沖縄戦で第32軍の敗北が決定的になった後の1945年6月、住民を山岳地域に避難させた。その結果、「戦争マラリア」によって大勢の人が命を落としたという。石垣島は沖縄本島に比べ、自衛隊に対するアレルギーが少ないとされるが、それでもこうした悲しい歴史が人々の脳裏から消えたことはない。

筆者は6月3日、陸上自衛隊石垣駐屯地を訪れた。2021年10月にまだ建設途中だった駐屯地周辺を取材したことがあった。当時、駐屯地付近に設置されていた、駐屯地に反対する看板がそのまま残されていた。石垣駐屯地は2023年3月、自衛隊の「南西シフト」の拠点の一つとして開設された。八重山警備隊のほか、地対艦ミサイルと地対空ミサイルの両部隊が配備され、約570人の自衛隊員が駐屯している。

駐屯地内部ではまだ追加施設の整備が続いていた。

「南西シフト」の最初の拠点、与那国駐屯地ができたのが2016年。それから、奄美、宮古と次々と駐屯地を開設した。当時、自衛隊関係者は「ようやく間に合った」と息をついていた。関係者たちには、全部の施設が完成するまで待っていたら、米中の戦力バランスが崩れる一方の西太平洋の地域情勢に対応できなくなるという危機感があった。自衛隊は石垣駐屯地の開設にあたり、環境への影響を最小限に抑えるよう努力してきた。現在も、施設整備が続いているが、汚水を流さない工夫をしているのだという。

陸上自衛隊石垣駐屯地では、現在も施設の整備が続いている
陸上自衛隊石垣駐屯地では、現在も施設の整備が続いている=2024年6月3日、沖縄県石垣市、筆者撮影

駐屯地司令を務める井上雄一朗1等陸佐にインタビューした。井上1佐は「私たちの駐屯で、戦争を防ぐための抑止力は上がったと思う。ただ、実際の有事の時、最初に対処を担うのも私たちだ」と語る。そのうえで井上1佐は「絶対に避けなければならないのが、島内がバラバラになること。私たちは戦争を起こすために、石垣島に来たわけではない」と語る。

井上雄一朗1等陸佐
井上雄一朗1等陸佐=2024年6月3日、沖縄県石垣島、筆者撮影

井上1佐は子供のPTAや防犯協会の活動に参加している。毎朝、自宅付近を5キロほどジョギングすると、島民から「毎日、元気だね」「駐屯地まで車で乗せて行ってやろうか」など、様々な声がかかるようになってきたという。「島が結束するために、まず私たち自衛隊員と家族が石垣市民としてしっかり生活し、自衛官は普通の人間だと理解してもらうことが必要」と話す。

井上1佐の願いや駐屯地の隊員たちの努力が続くが、物事はそう簡単には進まない。

石垣島内で、住民の目に触れるような戦闘訓練は昨年10月の基地開放行事の際に、小銃と機関銃の空砲を使ったときだけだ。このときも、「空砲の音が大きい」と懸念する住民の声に配慮し、事前演習は行わなかった。公道に出たのも、今年4月24日に災害救助の支援物資を輸送する訓練をしたのが最初で最後だ。

陸上自衛隊石垣駐屯地の開設に抗議する人たち
陸上自衛隊石垣駐屯地の開設に抗議する人たち=2023年4月2日、沖縄県石垣市、朝日新聞社

公道訓練では隊員二十数人が3日分の食料9食、2リットルの水2本など15キロの救援物資を背負って往復15キロを行軍した。基地を出たところに、4人の市民が集まり、訓練反対のシュプレヒコールを浴びせた。ゴールの石垣総合運動公園近くには40人近くが集まり、「駐屯地に帰れ」と訴えた。

八重山警備隊の広報班長を務める飯干伸一1等陸尉は「隊員の多くは本州出身。驚いたと思う」と語る。隊員の家族からか「島民を守るために来ているのに、なんであんなことを言われるのか」という声も出たという。ただ、井上1佐は隊員たちに、「自衛隊反対の意見から目を背けるのは簡単だが、なぜ、そうなるのかを歴史を含めて知るべきだ」と伝えているという。飯干1尉は「自衛隊に好意的な声も多い。少しずつ理解が深まっていると思う」と語る。

八重山警備隊の広報班長を務める飯干伸一1等陸尉
八重山警備隊の広報班長を務める飯干伸一1等陸尉=2024年6月3日、沖縄県石垣島、筆者撮影

島で自衛隊の活動を支援している八重山防衛協会の山森陽平事務局長は「(人口約5万人の)石垣島で自衛隊配備に表立って反対している人は100人から400人。心情的に自衛隊に反対している人も含めると1000人程度ではないか」と語る。島民の理解は確実に進んでいるものの、反対派がいなくなるということでもないようだ。山森氏自身、「有事が全く起きないとは思っていない。現実の話として受け止め切れていない」と語る。石垣島の広さはわずか220平方キロ余。「2万7000平方キロ弱のクリミア半島の100分の1以下しかない」と話す。

陸上自衛隊石垣駐屯地の正門
陸上自衛隊石垣駐屯地の正門=2024年2月21日、沖縄県石垣市、朝日新聞社

市役所で、駐屯地付近の住民として、2015年から基地開設反対の運動を続けて来た花谷史郎市議と面会した。花谷氏は、山森氏が紹介してくれた。筆者も「賛成派の考えにも耳を傾ける、柔軟な考えの持ち主」だという印象を持った。花谷氏は「自衛隊の存在を否定しているわけではない。でも、なぜ私たちの島なのか、という疑問に国は答えてくれていない」と語る。

「米中対立のはけ口の場所が私たちの地域になっている。軋轢の最前線に私たちの地域がなっている。米中対立によって日本が戦場にならないよう努力すべきだ」。花谷氏によれば、「自衛隊の基地が中国への抑止力になる」という意見と、「自衛隊の基地は戦争への危険を高める」という意見は、今もかみ合わないままだという。花谷氏も井上1佐と同じ話をした。「小さな島が分裂したらダメだ。島全体としての結論を導き出さないと世界に伝えられない」

基地開設反対の運動を続けて来た花谷史郎市議
基地開設反対の運動を続けて来た花谷史郎市議=2024年6月3日、沖縄県石垣市、筆者撮影

井上1佐ら現場の自衛隊員らはできる限りの努力をしている。住民もできる限り、理解しようと努めている。それでも、不安が消えない。それはなぜなのだろうか。

陸上自衛隊東北方面総監を務めた松村五郎元陸将は「それは、部隊配備の順番が逆になっているからだ」と語る。石垣島を始め、「南西シフト」で配置されてきた自衛隊は、崩れた米中の戦力バランスを補完し、中国に対する抑止力を強化することを主な目的としている。岸田文雄首相は4月、米議会での演説で「日本は米国と共にあります」と語り、米国の戦略に全面的に協力する考えを示した。松村氏は「米国はそれでいいかもしれないが、日本の最大の目的は住民保護にある。抑止力を強化するミサイル部隊よりも、住民を保護する部隊の配備を急ぐべきではなかったか」と指摘する。

陸上自衛隊石垣駐屯地の開設記念式典で、訓示する浜田靖一防衛相(中央)
陸上自衛隊石垣駐屯地の開設記念式典で、訓示する浜田靖一防衛相(中央)=2023年4月2日、沖縄県石垣市、朝日新聞社

台湾有事を巡っては、本格的な戦闘を伴わない情報戦・認知戦を含むハイブリッドな戦いを予想する指摘も相次いでいる。呉江浩・駐日中国大使は5月20日、「日本という国が中国分裂を企てる戦車に縛られてしまえば、日本の民衆が火の中に連れ込まれることになる」と述べ、日本政府と日本国民との分断を誘うような発言を行った。

松村元陸将は「報戦や認知戦も含めた今後のハイブリッドな戦いにおいて、外国による影響工作や世論誘導に惑わされないことも重要だ」と語り、住民の理解がより必要になっていると指摘する。有事の際の住民避難をめぐり、政府は6月3日、九州地方知事会に対し、沖縄県の先島諸島5市町村それぞれの受け入れ先候補を示した。避難先での衣食住の保障や、避難のための交通手段の確保など残された課題は多い。

松村氏は「ロシアによるウクライナ侵攻の際、バルト3国やポーランドはウクライナに武器支援や財政支援などを積極的に実施しているが、兵力の派遣は慎重に避けている。台湾有事の際、日本もバルト3国などと同じような立場に立たされることを真剣に考えるべきではないか」と語った。