与那国に駐屯地やミサイル配備、山下氏「最低限にすぎない」
山下氏は2009年3月から2010年7月、自衛隊の沖縄地方協力本部長を務めた。陸自は2004年12月に閣議決定された防衛計画の大綱(16大綱)から、南西諸島の具体的な防衛整備に取りかかった。
山下氏は沖縄県や宮古島市、石垣市、与那国町との調整に奔走した。与那国島に2016年、沿岸監視隊などが配備された。宮古島には2019年に駐屯地が置かれ、2020年に対艦ミサイル連隊が配備された。石垣島にも今年度末に駐屯地が置かれ、対艦ミサイル連隊などが配備される予定だ。
山下氏は部隊配備の現状について「最低限の部隊を置いただけの基礎配置にすぎません」と語る。南西諸島は小さな島々の集まりだ。地元に配慮した場合、大規模な部隊配備は難しい。山下氏はこう指摘する。
「今回のキーン・ソードには、有事にいかに部隊を増援するかという狙いがあったと思います。米軍も与那国島などを実際に視察し、様々な資料収集をしたでしょう」
今回の日米共同演習が、中国軍を仮想敵としていることは誰の目にも明らかだ。与那国島にMCVを派遣した意味は何か。山下氏はこう分析する。
「MCVは装甲車両や陣地などに対する火力戦闘に使います。MCVが搭載した105ミリ砲では、戦車の120ミリ砲と互角に勝負するのは難しい。ただ、軽量なので輸送機で迅速に展開できます。中国軍はヘリコプターを使う空中強襲大隊や空挺機械化歩兵大隊などを持っています。MCVを事前配備して対応したい考えがあるのでしょう」
与那国島の港湾は中小型フェリーしか接岸できず、戦車を積んだ大型の輸送艦の入港は難しいとみられている。
それでも、山下氏は「今回の演習は象徴に過ぎません」とした上で、「有事になれば、MCVを10数両、隊員が千人程度といった連隊規模の対応が必要になるからです」と話す。だから、「30点」なのだという。
生地訓練で「100点に」
今後は、どうやったら100点に近づけるのか。山下氏によれば、今年度末に石垣島に駐屯地が開設され、対艦ミサイル連隊が配備されれば、山下氏が説明した南西諸島への「基礎配置」は完了する。だが、山下氏は「この時点で50点」とし、こう指摘した。
「連隊規模の訓練を毎年のように日米共同で実施するようになれば、ようやく90点くらいになります。残る10点は生地訓練ができるかどうかです」
生地訓練とは、自衛隊施設以外の牧場や森林などを借りて、行う訓練を意味する。ロシアによるウクライナ侵攻でも明らかになったように、陸上戦闘の場合、地形をいかに利用するかが重要なカギになる。
山下氏は「地形を研究したうえで、実際に陣地をつくって演習ができるようになれば、それで100点と言えるでしょう」と話す。
一方、「キーン・ソード」を巡っては、現地で不安や懸念の声も上がったようだ。南西諸島への自衛隊配備や日米共同訓練について「自衛隊の基地があるから、戦争に巻き込まれる」「軍事ではなく、外交で解決すべきだ」という主張が根強くあるのも事実だ。
玉城デニー知事は11月17日、MCVが与那国島の公道を走行したことについて「誠に残念」とコメントした。玉城氏によれば、沖縄県側は沖縄防衛局に対し、MCVが公道を走行する訓練について繰り返し懸念を伝え、訓練を実施しないよう申し入れてきたという。
山下氏は「多数の県民が亡くなった沖縄戦の記憶を忘れてはいけないと思います。戦争を繰り返してはいけないという県民の皆さんのお気持ちは大事にしなければいけません」と語る。
同時に、「日本政府や自衛隊は専守防衛を堅持しています。中国が台湾の武力統一を否定しない限り、私たちも準備しないわけにはいかないのです。日本だけではなく、中国にもこうした働きかけをして欲しいと思います」とも述べた。
また、山下氏が単純に試算したところ、ある離島の住民5万人を避難させる場合、航空機のみを15分間隔で離着陸させ、24時間体制で行っても、全員の避難まで数十日かかるという。
「もちろん、有事の場合、船舶も使うと思います。ただ、空港などの管理は、防衛出動が自衛隊に命じられて物資の収用等を行わない限り、県知事など地方自治体の首長に任されています。武力攻撃事態の発生を数十日も前から予想し、そのような決断を下すのは容易ではないでしょう。ぜひ、地元の人々には政治決断を早く下すよう、政府や政治家などに働きかけてほしいと思います」