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自衛隊が弾薬搬入の宮古島、市長が心配する島民保護「政治家は地に足のついた議論を」

揺れる世界 日本の針路 更新日: 公開日:
宮古島の保良訓練場では、弾薬庫の整備が進んでいた=2021年10月、牧野愛博撮影

■隠れる場所のない島

宮古島の空は広い。山などの起伏が少なく、平地が広がっているからだ。農地開発が進み、原生林もほとんど残っていない。琉球石灰岩と呼ばれる硬い地層に覆われている。自衛隊関係者は「有事になれば、隠れる場所がないということです」と語る。

約700人が勤務する宮古島駐屯地の前には「宮古島を戦場にしない。ミサイル基地いらない」というのぼりが掲げられていた。毎週木曜日になると、駐屯地前で数人が抗議集会を開くという。自衛隊関係者は「隊員たちののぼりを見る目は複雑です。全国から宮古島を守ろうと集まってきたわけですから」と語る。

宮古島駐屯地の前には、「ミサイル基地いらない」というノボリがはためいていた=2021年10月、牧野愛博撮影

駐屯地には12式地対艦誘導弾(地対艦ミサイル)があった。車両には、油圧式で10分ほどかけて発射態勢に入る6発の発射筒が備えられていた。駐屯地から離れた保良訓練場では、弾薬庫の整備が進んでいた。防衛省は11月14日、弾薬庫に地対艦・地対空ミサイルを含む弾薬を本格的に搬入した。隊員の1人は宮古島を「(九州南端から台湾東岸を経て南シナ海を囲むように伸びる)第1列島線における防衛の要衝です」と語る。

宮古島市庁舎で座喜味一幸市長と面会した。座喜味氏は元々自民党県議だったが、2021年1月の市長選で立憲民主、共産などの推薦を受けた無所属候補として当選した。10月に行われた市議選(定数24)で、市長を支える与党は改選前の5から10に増えたが、与党を支援する基地反対の革新系にも配慮しながら、難しい市政のかじ取りを迫られている。

座喜味氏は「市民の8割は自衛隊の駐屯を理解している。駐屯に反対の人も平和を守りたいという思いは一緒だ。私は自衛隊を容認するが、政治家は賛成か反対かではなく、どうすれば平和になるかという観点で、外交も含め、地に足のついた現実的な議論をすべきだろう」と語る。

そのうえで座喜味氏は「国の防衛についての意識と取り組みが、どこまで本気なのか不安だ」と語る。「自分は、島の人をどう守るかという問題でしか語れない」という同氏が最も懸念を持っているのが、有事の際の島民保護だという。

■住民保護、計画も訓練も足りない

座喜味一幸・宮古島市長=2021年10月、牧野愛博

座気味氏によれば、宮古島市には有事の際の国民保護計画はあるものの、具体的な内容ではない。座喜味氏は、国民保護法に基づく、国と地方自治体が協力する避難要領の策定と国民保護共同訓練の実施が必要だと訴える。

ただ、同氏によれば、県民感情に配慮した沖縄県は武力攻撃事態を想定した訓練の主催に慎重だという。

内閣官房の国民保護ポータルサイトによれば、2005年11月の福井県での実動訓練を皮切りに、毎年十数回の図上訓練と3回程度の実動訓練がそれぞれ都道府県で実施されているが、大規模な武力攻撃事態を想定した訓練が行われたことはない。沖縄県も過去、09年1月と13年1月に図上訓練を、14年1月に実動訓練をそれぞれ主催したが、いずれも爆発や化学剤散布といったテロ事件を想定しただけだった。

片山善博元総務相は鳥取県知事時代、国民保護の必要性を訴えた経験がある。片山さんは02年6月、鳥取市で開かれた衆院武力攻撃事態対処特別委員会の公聴会で、当時、政府が成立を目指していた有事法制3法案について「政府がやりたいことが書いてあるが、住民保護が何も書かれていない」と批判した。

04年6月に国民保護法が成立する前の02年12月、鳥取県三朝町で、県が主催し、自衛隊なども参加した国民保護の実動訓練を行った。外国の特殊部隊が同町に潜入したとの想定で、同町吉田地区の住民87人を実際に避難させた。県がバス3台で国道を使って岡山県に避難させると提案すると、自衛隊側が「この道路は、岡山から進出する自衛隊の車両が使うので無理だ」として、避難ルートを調整する場面もあったという。

鳥取県全体の避難計画を巡る議論では、周辺住民との間で「軍用機の使用は認めない」という協定があった鳥取空港の扱いが問題になった。野党や市民団体の一部が反発し、「避難に自衛隊機を使うのは協定違反だ」という声が出た。記者会見で「どうしても理解が得られないなら、鳥取空港は使わず、陸路だけの避難計画にする」と説明したところ、反対論は程なく収まった。

片山さんは「自衛隊は前線で戦うのが仕事だから、住民の避難まで手が回らないことは想定しておくべきだ。避難や救出には、県と市町村が責任を持つという覚悟がいる。それでも当時は、今のようにどこかの国と戦火を交えるなどということは考えてもみない時代だった。昔と今とでは様相がかなり違う。ある日突然、住民全員を疎開させるだけの準備も必要だ」と語る。「まず、どういう輸送手段が必要なのかを検討したうえで、国に船や飛行機の確保をあらかじめ要請しておくべきだ」

そして片山さんは「沖縄県特有の問題もあるだろう。沖縄の人々に歴史への思いがあるのはよく理解できる。政府全体が県民から信頼を得られる必要がある」と語る。

陸上自衛隊中部方面総監時代に国民保護共同訓練を経験した山下裕貴・千葉科学大客員教授(元陸将)は「本格的な武力攻撃事態になれば、自衛隊は全力で防衛作戦にあたるため、余力がない。早期に住民避難を行わなければ、自衛隊が協力することは困難だろう。宮古島に駐屯している陸自警備隊も、防衛出動になれば対艦ミサイルや対空ミサイル部隊を護衛するのが任務になる」と語る。

そのうえで山下さんは国民保護共同訓練について「想定している脅威の対象が小さすぎる。通信や輸送手段がなくなった前提でもやるべきだ。現地にとどまりたい市民の説得も課題になるだろう」と語る。

宮古島駐屯地には12式地対艦誘導弾(地対艦ミサイル)を搭載した車両があった=2021年10月、牧野愛博撮影

山下さんは「宮古島の下地島にあるみやこ下地島空港には3000メートルの滑走路がある。1971年の(琉球政府行政主席と日本政府の間で交わされた)屋良覚書で下地島空港は自衛隊機を含め軍用機の利用ができないことになった。この覚書には、緊急事態にはその限りではないともある。71年当時と現在の国際情勢は大きく変化し、中国の脅威は日増しに大きくなっている。下地島空港を活用した自衛隊機による住民避難の訓練も行うことが必要だ」とも指摘する。

自衛隊沖縄地方協力本部長の坂田裕樹陸将補は「有事の際、国民保護なしに自衛隊は作戦を実施できないだろう。国民保護は先の大戦の経験から最優先の課題だと認識しているし、自衛隊も可能な限り、これを行う必要がある」と語る。

下地島空港=2012年、朝日新聞社機から

宮古島の西、伊良部島との間を結ぶ伊良部大橋のそばに、久松五勇士顕彰碑がある。日露戦争当時、宮古島島民が日本近海に姿を現したロシア・バルチック艦隊を発見した。通信施設がなかったため、島の5人の漁師が石垣島にこの事実を伝えたという。

座喜味市長は「宮古島は昔から国家を考え、防人の意識の高い人々が住む島だ。基地の賛成・反対ばかりではなく、国は最低限必要な準備は何か、外交はどうするのかなど、地に足のついた現実的な議論を進めて欲しい」と語った。

宮古島と伊良部島を結ぶ伊良部大橋=2021年11月、北川慧一撮影

自民党は憲法改正の具体的なイメージとして、①自衛隊の明記、②緊急事態対応など4項目を示している。岸田文雄首相は10月18日に行われた衆院選の党首討論会で「自民党が訴えている緊急事態条項をはじめとする四つの項目、これは現実的な、大変重要な取り組みであると私自身も認識をしています」と述べた。

■「具体的な安全保障議論を」山本章子・琉球大准教授

現在の国民保護法では、有事の際の住民避難は自治体の責任になっており、実効性がない。小さな自治体には住民を守る力がないからだ。船舶や航空機をほとんど保有していないし、チャーターする財源もない。十分な避難計画もない。離島には鉄筋の大きな建物や地下施設もない。宮古島などからの住民避難を完了するには3週間かかるという試算もある。

山本章子・琉球大准教授(本人提供)

最近、海外在留邦人の退避が話題になったが、国内の邦人退避の議論も喫緊の課題だ。宮古島の場合、駐屯地と火薬庫が10キロ以上離れている。自衛隊が住民の避難に協力している暇などないだろう。住民は自衛隊に対して有事でも助けてくれるイメージを持っているが、現実はそうではない。

沖縄県知事の安全保障ブレーンとして様々な提言をしている。政府は国民保護法制を改正して、国民保護の実現に努力すべきだ。米軍は海外に在留する米国市民の退避計画を持っており、定期的に訓練を行っている。日本政府もNEO(Noncombatant Evacuation Operation=非戦闘員退避活動)について、具体的な検討を始めるべきだ。

自治体に丸投げの現状ではいけないが、軍の船舶や航空機を民間人の避難に使えば、軍事行動と見なされる恐れがある点をどうクリアするのかは難しい問題だ。

台湾有事は(大規模な武力紛争に至る前にサイバー攻撃などが発生する)グレーゾーン事態が起きると言われるが、その際、どのくらい民間航空機で逃げられる可能性があるのか。安倍晋三元首相は「いざとなれば米軍が来てくれる」と主張したが、国が責任を持って対応可能な準備をしておくべきだ。

安全保障は重要だが、具体的な詰めを欠いた無責任な議論が多い。「敵基地攻撃能力を持て」という主張もあるが、北朝鮮が保有する弾道ミサイルの移動式発射台を全て探知する能力は日本にはない。何となく米軍を頼りにするという姿勢では現状の解決につながらない。このままでは、沖縄戦の悲劇を繰り返してしまうことにならないか。