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きつい労働が待つ職場に「志願」する北朝鮮の若者たち、元労働党エリートが語った実態

北朝鮮インテリジェンス 更新日: 公開日:
大規模な建設現場へ志願した平壌の若者たち=朝鮮中央通信公式サイトより
大規模な建設現場へ志願した平壌の若者たち=朝鮮中央通信公式サイトより

朝鮮中央通信社は5月15日、平壌の西浦地区に完成した「前衛通り」を建設した青年の偉勲を伝える「詳報」を発表した。「全国の青年同盟から10万人以上が建設に嘆願した」という。

「前衛通り」の住宅に入居する人々
「前衛通り」の住宅に入居する人々=朝鮮中央通信公式サイトより

同通信は今年もたびたび、各地で農場や鉱山に「送ってくれ」と嘆願する青年たちを励ます集会が開かれたと報じ続けている。志願する場所は地方の炭鉱や工場など、誰も行きたがらない劣悪な環境の職場ばかりだ。

朝鮮中央テレビの映像をみると、志願者には模造花を針金に通して作ったとみられる質素な花輪がかけられ、集まった人々に拍手で送り出されていた。脱北者の一人は「地区ごとに嘆願者のノルマがある。選ばれるのは、カネも権力もない家族の子どもばかりだ」と語る。

大規模な建設現場へ志願した平壌の若者たち
大規模な建設現場へ志願した平壌の若者たち=朝鮮中央通信公式サイトより

父親が北朝鮮の朝鮮労働党高位職で、自身も20歳という異例の若さで入党を果たした在米脱北者の李炫昇(リ・ヒョンスン)氏も2004年、大勢の若者が巻き込まれた事件で、「バックの有無」を考えさせられたという。

事件は、平壌外国語大学の学生がひそかに韓国ドラマを鑑賞していたことから発覚した。北朝鮮は2010年に制定した反動思想文化排撃法により、韓国ドラマなどを視聴した人などを処罰し、積極的に販売したり拡散させたりした場合には最高で死刑を適用している。当時はまだ法律制定の前だったが、韓国や欧米のドラマ・映画を鑑賞することは禁じられていた。

北朝鮮の人民保安部(一般警察、現・社会安全省)が調査に乗り出した。ドラマを見た学生に「誰と一緒に見たのか」「他に外国ドラマや映画を見ていた学生はいるのか」と問いただしたところ、次々に「犯人」が見つかった。最終的に、平壌外国語大学と金日成総合大学の学生200人以上が摘発された。

当局はエリート集団である両大学から大量の摘発者を出す事態を憂慮したのか、処罰されたのは5人だけだった。まず、日本のアダルト・ビデオを鑑賞していた2人は、特に罪が重いとみなされ、管理所(政治犯収容所)に送られた。問題だったのは、労働鍛錬隊(強制労働をさせる部署)に6カ月間送られた3人だった。3人はいずれも「バックがないか、弱い学生」(李炫昇氏)だった。李氏によれば、3人のうち2人は帰国事業で日本から北朝鮮に渡った在日朝鮮人の子孫だった。

このうちの1人は祖父が朝鮮労働党書記まで務めたが、金正日総書記の時代に粛清され、管理所に送られた。幸い、処罰が解けて管理所からは出てこられたが、政治的な影響力を失ったという。李氏は「両大学は知識水準も高く、学生は当然、外国に興味を持っている。起きるべくして起きた事件だったが、権力の有無が運命を分けてしまった」と語る。

ただ、李氏は北朝鮮の若い世代の考えは確実に変化しているとも指摘する。2004年の事件当時、大学生だった人は1980年代生まれだった。李氏は「苦難の行軍(1995年から1996年にかけて北朝鮮で起きた食糧難。経済システムが崩壊し、数十万人以上が餓死したとされる)以降に生まれた人は、党や国から何もしてもらっていない。国の言うことを聞くはずがない」と語る。

李氏によれば、従来は国(党)と市民の間で利害関係が一致していた。

党は市民に政治的な行事や学習会、勤労動員などへの参加を求める。市民は応じる代わりに、コメやみそ、魚、塩などの生活必需品の配給を受けた。すでに1980年代から配給は先細ったが、平壌などの一部のエリートを除き、苦難の行軍で完全にストップした。「苦難の行軍後に生まれた人々は自分の力で生きていくしかない。政治集会や勤労動員に出て、自分の仕事の時間が奪われても、国は何も補償してくれない。当然、国の指示には従わなくなる」(李氏)

その結果、若い世代の人々は隠れて韓国ドラマを鑑賞し、国の統制を全面的に受ける国営企業所などでの仕事を避けるようになる。炭鉱の場合、高温多湿の地下坑道で何時間も働くことになる。ほとんどが都市と遠く離れた場所にあり、生活条件も劣悪だ。国や党、軍が統制している場合、賃金はトウモロコシや油、塩といった現物支給になることも多い。

最近は新興富裕層が国家から炭鉱経営を引き受けて、成果給方式の報酬を取り入れている場所もあるが、金正恩総書記が市場経済の締め付けを宣言しているため、いつまでその状態が続くかも疑わしい。

安っぽい造花を首にかけられ、拍手で炭鉱や農場に送り出される若い男女の胸中がどのようなものなのか。北朝鮮が西側メディアにこうした人々へのインタビューを許可したことはない。