入手した文書のひとつは「朝鮮民主主義人民共和国行政処罰法解釈」。今年3月1日の施行で、秘密指定がされた200ページ余にわたる文書だ。「国防管理秩序」「経済管理秩序」「文化管理秩序」「一般行政秩序」「社会共同生活秩序」の5分野に分け、それぞれ行政罰を加えるべき行為の具体例を挙げた。
このうち、目立つのが、徴兵を逃れる行為への罰則強化だ。北朝鮮では高級中学(高校)を卒業後、原則として男性は10年、女性は7年の兵役を科される。新規則では、徴兵から逃れようとした者、徴兵逃れのために健康診断書を偽造した者、軍隊の脱走者をかくまった者などには、重い場合に3カ月以上の労働教養刑を科すとした。
また、今年春に作成された政治事業資料「反社会主義行為・非社会主義的行為を制圧消滅させるための闘争に一人一人が共に対処することについて」は、党員や勤労者に加えて、わざわざ青少年と学生を対象者として明記した。
そこでは、「社会的に無意識のうちに現れている反社会主義・非社会主義的行為を制圧し、厳格に統制することが、今日、我々の前の重大な課業となっています」とする金正恩氏の言葉を紹介。「反社会主義・非社会主義行為」について「絶対に容認できない脅威にまでなった」と訴えた。
そのうえで、1月の党大会などで対応措置を取り、様々な地域や組織で「反社会主義・非社会主義的行動を制圧消滅させる闘争に入った」と宣言。「絶対にしてはならない」と警告した。脱北者の一人は「これまでは、青少年には政治的な負担をあまりかけないという配慮があった。思想統制を強化する指令の対象に青少年や学生を加えるのは異例のことだ。それだけ、若年層に問題が多いという危機感の表れだ」と語る。
では、「反社会主義・非社会主義行為」とは何だろうか。
別の脱北者は「反社会主義行為は、昔から禁じられていた政治思想的な反逆行動を意味する」と説明。これに対し、「非社会主義行為」は1990年代半ばに起きた「苦難の行軍」と呼ばれる食糧難によって、国家による配給制度が崩壊したことから生まれた行動だという。生きていくために市場経済が黙認されたことで生まれた「カネですべてを解決する」行為を指すという。この脱北者は「例えばカネを払って、徴兵や農村支援戦闘などの勤労動員、政治学習などから逃れる行為、医療や就職、移動などで便宜を図ってもらうすべての行為だ」という。
従来は、「反社会主義行為はだめだが、非社会主義行為は仕方がない」と黙認する空気が強かった。労働党が公然と「非社会主義行為」の統制に乗り出したのは、2019年2月に開かれた第2回米朝首脳会談が決裂してからだという。経済状況の改善が絶望視されると同時に、党指導部が米朝首脳会談などを宣伝した副作用で、市民の間に米韓などを敵視する空気が弱まったことが影響した。
「行政処罰法解釈」でも、国家が運営する企業所から資材を個人的な取引に利用したり、勝手に個人的な商行為に走る行為などを禁じるとした。
これに対し、「苦難の行軍」後に生まれた25歳以下の世代は、配給など国家の恩恵に浴した経験がない。こうした世代が最近、徴兵される対象の年齢に達したうえ、経済難による少子化現象も重なり、親子で徴兵を逃れようとして贈賄に走る例が増えているという。髪形や服装を韓国ドラマやハリウッド映画の登場人物に似せて楽しむ風潮も、青少年世代を中心に広がっている。
そして、北朝鮮での青少年の反乱現象は覆い隠せないところまで来ている。
金日成・金正日主義青年同盟。4月27日から29日まで開かれた第10回大会で「社会主義愛国青年同盟」という名称に変更された青少年で構成する全国組織だ。高卒から30代くらいまでの青年層が主力で、労働党の決定を貫徹するための最前線部隊に位置づけられている。
ただ、朝鮮中央通信は2月4日、全国大会を4月初めに開くとした青年同盟全員会議の決定を伝えていた。当時は、4月15日の金日成主席生誕記念日までに全国大会を開き、1月の党大会の決定を周知徹底させるとみられていた。
ところが、大会は予告もなく、1カ月近く遅れて開催された。しかも、最高指導者の金正恩氏が出席しなかった。大会では名称変更の決定書が採択されたが、「我々の革命と青年運動発展の要求に合わせ、青年同盟の名称を社会主義愛国青年同盟にする」とされた。
脱北者の1人は「名称の変更には、最高指導者の承認が絶対必要だ。通常は、最高指導者の配慮によって変更するなどという表現が使われる。その方が権威が生まれるからだ」と語る。今回、そのような表現はなかった。名称変更に合わせて、新しい同盟旗の授与があったが、金正恩氏ではなく、李日煥党書記が青年同盟の代表者に授与した。
脱北者の1人は、大会が遅れたことについて「準備が間に合わなかったのは間違いない。理由は、参加を渋ったり、新しい同盟の方針に難色を示したりする関係者が多数出た可能性が高い」と語る。別の脱北者も「正恩氏が出席しなかったのは、青年同盟に対する不満の表れか、あるいは警護について心配な点があったからではないか」と指摘する。
そして、脱北者らは、新しい名称に「愛国」が入ったことにも注目する。全国大会の壁面にも「愛国」と「青年」という大きなスローガンが表示されていた。脱北者の1人は「逆にいえば、指導部が青年同盟の構成員の愛国心の低下に危機感を覚えているという事だ」と指摘する。
北朝鮮は、新しい北朝鮮政策をまとめた米国のバイデン政権が米朝協議を打診したにもかかわらず、沈黙を保っている。米朝関係筋の1人は「米国の出方をうかがっているのかもしれないが、案外、国内統治を維持することに必死で対外関係に目を向ける余裕がないのかもしれない」と語った。