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SAF製造世界最大手ネステ 国営石油会社から転換 強みは60カ国の原料調達網

World Now 更新日: 公開日:
廃食油などからSAFを精製するネステの工場
廃食油などからSAFを精製するネステの工場=2024年1月12日、シンガポール、松本真弥撮影

船形の展望デッキで知られる統合型リゾート「マリーナベイ・サンズ」があるシンガポール中心部から車で40~50分の海岸沿いに広がるジュロン工業地区に、その工場は立つ。敷地内には「FEEDSTOCK(原料)」と書かれた真新しい巨大なタンクが8基並ぶ。昨春に拡張工事を終え、配管が銀色に輝いている。世界中から集められた廃食油や獣脂などが混ざり合った独特のにおいが漂う。

シンガポールは東南アジア屈指の化学・エネルギー産業の集積地で、石油メジャーの英シェルや米エクソンモービルが製油工場を構える。ただ、脱炭素の流れが近年強まるなか、シェルは工場の売却を検討。エクソンモービルの工場もフェンス越しにもはっきりと老朽化が見て取れる。ピカピカのネステの設備とは対照的だ。

ネステの工場にある巨大なタンク
ネステの工場にある巨大なタンク=2024年1月12日、シンガポール、松本真弥撮影

ネステの工場を、アジア太平洋地域のSAF事業を統括するサミ・ヤウヒアイネンさん(44)が案内してくれた。ここで製造したSAFは、工場のそばに接岸するタンカーで輸出される。世界の他の工場で製造されたものとともに、英ヒースロー、オランダのスキポール、羽田・成田など世界中の空港に送り出しているという。

2023年の世界全体のSAF生産量は約50万トンとされ、その多くをネステが担う。シンガポールの工場だけで年100万トンの生産能力をもち、オランダのロッテルダムの拡張工事が終われば、世界全体で220万トンになる予定だ。世界の石油元売り企業が市場に参入し始めているが、ヤウヒアイネンさんは「私たちは世界のトップで居続けることができる」と話す。

眠っていた製油の新技術 環境規制で日の目

ネステはもともとフィンランドの国営石油会社だった。第2次世界大戦後に設立され、国内向けにガソリンなどを販売してきた。ロシアなどから原油を仕入れていたが、品質は良いとはいえず、製油技術を磨くことで対応してきた。その後、さまざまな油脂から不要な成分を取り除き、高品質な燃料や化成品の原料を生み出すことができる「NEXBTL」という技術を開発。1997年に特許を取得したが、当時は使い道が見いだせず、しばらく眠っていた。

その技術が日の目をみたのは、2000年代に欧州連合(EU)がバイオ燃料の利用目標を示したことがきっかけだ。当初2%の利用が目標とされ、段階的に引き上げるものだった。米カリフォルニア州でも同様の動きが見られた。ネステはNEXBTLを使ったバイオ燃料事業への投資を決め、2007年に完成したフィンランドの小規模なバイオ燃料工場を皮切りに、シンガポール、ロッテルダムにバイオ燃料工場を建設。2011年にはSAFの製造に着手した。

ネステでアジア太平洋地域のSAF事業を統括するサミ・ヤウヒアイネンさん
ネステでアジア太平洋地域のSAF事業を統括するサミ・ヤウヒアイネンさん=2024年1月12日、シンガポール、松本真弥撮影

「原料の調達先もSAFの販売先もなく、誰のまねをすることもできなかった。最初の数年間は本当にチャレンジングだった」とヤウヒアイネンさん。市場が育つまでに我慢も強いられたが、フィンランドやスウェーデンは電気自動車(EV)の高い普及率を誇るなどエネルギー源の置き換えが進む。「従来の石油産業の落ち込みを見てきた」だけに、判断は揺らがなかった。

世界の主要航空会社など70社に供給

2013年ごろにSAFを含むバイオ燃料事業は黒字転換。仏エールフランス、独ルフトハンザ、米ユナイテッドといった世界の主要航空会社など70社が供給先だ。2023年の売上高は約3.7兆円で、日本の石油元売り最大手ENEOSホールディングスの3分の1以下にとどまるが、今後の成長への期待感から株式時価総額はネステの方が高い。

SAFの目下の課題は、供給量が限られる廃食油の確保だ。ネステは先駆者のアドバンテージを生かし、60カ国500社以上から調達するネットワークを持つ。米国では回収業者を買収。生産を10年以上重ねてきたことで、油脂の処理のノウハウが蓄積され、廃食油以外にも多くの廃棄物を原料に生まれ変わらせている。

二つの瓶の写真。左側は白濁した油、右側には透明な液体が入っている。
汚れた廃食油が透明なSAFに生まれ変わる

SAFの価格は現在、従来のジェット燃料価格の3~5倍にのぼる。生産量の増加によって製造コストは下がると航空会社は期待するが、SAFの供給量を高めるには新たな技術開発も不可欠で、それには初期投資も必要だ。結果的には「SAFは既存のジェット燃料より高いままとどまるだろう」とヤウヒアイネンさんはみる。

ネステは祖業である石油精製事業から30年代半ばまでに撤退することを決めた。SAFなどバイオ燃料の製造に集中することになるが、ヤウヒアイネンさんは「環境負荷を低減するためSAFは重要な役割を果たし続ける」と自信をみせる。