ビルが立ち並び、舗装された道を車が行き交う首都ポートモレスビーを車で後にすると、すぐに風景が一変した。道路脇には大きな葉を広げる木々が茂り、木造の高床式の家がポツポツと立つ。小さなマーケットを何度か通り過ぎると、道はところどころに穴ができ、でこぼこになった。大きくバウンドしながら進む車で土煙のあがる道路脇では、荷物を頭に載せた女性が子どもの手を引いている。
教師もボランティアに 学校で子どもを検査
首都から約40キロ北にある村の小学校に着くと、マラリア対策のボランティアたちが迎えてくれた。ここをベースに活動している彼らの大切な役割は、集落を回って発熱を訴える住民の採血をして検査キットで診断することだ。結果は約20分でわかり、陽性なら、薬を渡す。月末には検査件数や結果を報告書にまとめ、地域拠点であるヘルスセンターに提出する。患者にお金の負担はない。対処が難しいケースは、専門医にゆだねる。
この小学校の教師でボランティアも務めるマーガレット・マラリさん(59)は「具合が悪い子どもたちにも、検査をし、薬を与え、学校で休ませます。午後になると少し元気になって帰れます」。親が学校に子どもを通わせる動機づけとなり、教育水準の底上げにつながる。
保健省の担当者、レオ・マキタさん(65)は「病院へ行く交通費が払えない患者がたくさんいる。診断と治療にたどり着けない人たちのために、ボランティアを育成している」と強調した。住民の大半が自給自足的な農業や漁業で生計を立てており、現金収入は、道路脇の市場での作物販売などに限られるという。住民たちの生活圏になるべく多くの拠点と人を置くことが、対策の要なのだ。
WHOによれば、人口995万人のこの国で、2022年の推計でマラリア感染者数は約166万人、死者は約3400人。ある集落の1カ月分の報告書を見せてもらうと、45人を検査し、23人が陽性だった。
ボランティアのアルイシス・ケネアさん(48)は「検査キットのおかげで、診断は早くなった。それでも、安心はできません」。抵抗力の弱い妊娠中の女性が感染してしまったり、成人男性が亡くなったりしたケースがあったという。
活動を支える大きな柱が、低・中所得国向けの官民連携基金「世界エイズ・結核・マラリア対策基金(グローバルファンド)」で、日本も参加している。基金は2021年から2023年に、パプアニューギニアのマラリア対策に8200万ドル(約123億円)を割り当てた。
ボランティアは無報酬 「やめてしまう人も」
ただ、ケネアのようなボランティアは無報酬だ。報告書を届けるために炎天下を何時間も歩かなければならない人もいる。国内の行政区のおよそ半分にあたる12州で活動しており、約1800人にのぼるが、ボランティアを束ねる団体「マラリアと闘うロータリアン(RAM)」スタッフのレベッカ・ガボンさん(41)は「やめる人がいれば、次の人を探して研修をしなければならない。現状維持がやっとだ」と話した。
RAMは蚊帳の配布もしており、2021年からの1年半で185万張りを届けた。だが、そこに大きなハードルがある。
道なき道、橋のない川 対策を阻む
パプアニューギニアは、大小600の島からなる。多くの部族に分かれ、約800の言語が話されているという。一方、RAMによれば、道路網は国土の半分程度しかカバーしていない。島に渡る手段は船や飛行機しかなく、コストがかさむ。陸上では道なき道を走り、橋のない川を渡り、ようやく目的地に着いても、言語が違えば、蚊が活発に動く時間帯や、適切な蚊帳のつり方などを身ぶり手ぶりを交えて伝えなければならない。様々な予防策や治療法が充実しても、人々に届けられなければ、効果は期待できない。
気候変動の影響も及んでいる。高地では気温が低く、ハマダラカが生息できなくなるため、マラリアの心配はほとんどなかったという。しかし、保健省のマキタさんは「温暖化が進めば、生息域が広がる可能性がある」と懸念している。
WHOの推計で、2000年の感染者は約146万人、死者は約3100人だった。20年あまり一進一退の状況が続いている。広い国土、未整備のインフラなどの困難のなか、地域に根を張った人海戦術で何とか拡大を食い止めている構図に見える。「マラリアゼロ」への道は、険しい。