ボルネオ島北東部、マレーシア東部サバ州のテンギラン村。70世帯余りが暮らす小さな村で昨年、住民3人がサルマラリアに相次いで感染した。
「まさか、今マラリアにかかるとは思わなかった」。そのうちのひとり、ジュナイディさん(52)が自宅で振り返った。最後にマラリアにかかったのは「7歳か8歳のころ」だったという。
村は周囲を小高い丘に囲まれ、森が広がる。ジュナイディさんにとって、近くの森は狩猟の場でもある。昨年2月、いつも通り、夕方から夜にかけて森へ出かけると、帰宅後しばらくして、高熱が出た。
解熱剤を飲んで、毛布にくるまって寝たが、「4日間、熱が下がらなかった。まずいと思い、5日目にバイクで15分ほどかけて公立の診療所に向かった」。抗マラリア薬をもらい、自宅で療養した。しばらくすると治癒したという。
すでに「手遅れ」だった男性も
診療所では、医師のアジザンさん(35)がジュナイディさんの血液検査をし、マラリアと診断した。サルマラリアだったことは後日、検体を州都の施設に送り、PCR検査をして分かった。
マラリアは、原虫を持った雌の蚊に刺されることで感染する。多くは原虫を含む人の血液を取り込んだ蚊が、別の人を刺すことで感染が広がっていく。
これに対して「サルマラリア」は、サルの持つマラリア原虫が蚊によって媒介されて人に感染する。
アジザンさんは「サルマラリアも他のマラリアと症状はほぼ同じなので、すぐに投薬治療を始めたのが良かった」と振り返る。同じ村でサルマラリアに感染した70代の男性は、診療所に来た時はすでに手遅れで亡くなったという。
インドネシアの新首都建設もリスク
村には、マレーシア国立サバ大学でマラリアなどの感染症を研究するカムルディン・アハメド教授に同行してもらった。カムルディン教授によると、サルマラリアはこの10年、増加傾向にある。
なぜ、増えているのか。
「一つは、人口増加によって居住地の開発が進み、森だった場所に人間が住むようになったこと。二つ目に、サルは保護され、個体数が増えている。さらにアブラヤシやゴムのプランテーションを増やすため、開墾に伴う森林伐採でサルがすみかを失い、サルと人間との接触がこれまでになく多くなっている」。道路の整備や観光客の増加なども、拍車を掛けているという。
マレーシアでは、1980年代以降、対策に取り組んできた結果、マラリア感染は激減。1961年には年間24万3870件だったが、2018年以降は、サルマラリア以外の国内で生息する蚊による感染がゼロになった。東南アジアではシンガポールとブルネイに続く成果だ。
「そこに立ちはだかったのがサルマラリアなのです」。サバ州のロセ・ナニ・ムディン保健局長は危機感を抱く。「人間なら、蚊に刺されないために移動を制限したり、行動を変えるように促すことができる。しかし、サルにはできない」と苦笑する。流行地域を把握して蚊の駆除をするほか、企業や従業員に対して、蚊帳や殺虫剤の使用を促すといった啓発や定期的な検査などを続けている。
サバ州はインドネシア・北カリマンタン州と国境を接しており、人や動物はほぼ自由に行き来できる。インドネシアでは、北カリマンタン州の隣の東カリマンタン州で、新しい首都「ヌサンタラ」の建設が進んでいる。ジャングルを切り開いて、新しい街を造る壮大な計画だ。その結果、国境をまたいだ生態系の変容が起こり、サルマラリアの感染が拡大する可能性を指摘する声もある。
日本企業が開発 簡易診断法に期待
サルマラリア以外の4種類のマラリアは、顕微鏡で特定できる。だが、サルマラリアはPCR検査でないと正確に診断できない。カムルディン教授は、対策の鍵を握るのが、より簡易な検査法の普及だとみる。「町村レベルの診療所で迅速で的確な診断ができるようになれば、治療や予防に大きく弾みがつく」
そこで期待されているのが、日本の栄研化学(本社・東京)が開発したLAMP法だ。
PCR法は、熱を加えてDNAやRNAの二本鎖構造をほどき、温度を短時間に何度も変化させて病原体の遺伝子の特徴を見つけ出すため、一般的に、専用の機器や温度の管理、熟練した技術を必要とし、時間がかかる。
これに対して、LAMP法は一定温度でターゲットとするDNAの塩基配列だけを増幅し、病原体の有無を判定するもので、より簡易で迅速とされる。