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北朝鮮「犬は散歩する相手ではなく、食べるもの」犬肉食禁止法を制定した韓国との違い

北朝鮮インテリジェンス 更新日: 公開日:
ソウル近郊の犬肉店でケージに入れられて売られていた食用犬
ソウル近郊の犬肉店でケージに入れられて売られていた食用犬=2001年11月、韓国、ロイター

韓国で1月9日、食用目的での犬の飼育・食肉処理・流通などを禁じる特別法(犬食禁止法)が成立した。違反者には、最高で3年の懲役、または3000万ウォン(約330万円)の罰金が科される。犬肉に関係する業界を保護するため、法律の施行は公布から3年後とする猶予期間も設けられた。

韓国人にとって「ケゴキ」(犬肉)は「伝統的な特別食」だった。

「補身湯(ポシンタン)」「栄養湯(ヨンヤンタン)」などの名前で知られ、夏の暑い時期、日本の「土用の丑」にあたる「三伏」に滋養食として親しまれてきた。犬肉は「美容に良い」「けがや手術後の傷を早く治す効能がある」などとも言われてきた。

韓国でこの立法を大きく後押ししたと言われるのが、韓国語で言うところのペットの「位相(地位)」で、最近では確実に上がっている。

韓国では長らく、ペットを「愛玩動物(エワン・トンムル)」と呼んできたが、最近では「伴侶動物(パルリョ・トンムル)」に変化した。ペットを家族の一員と位置付ける動きは数年前からあり、2020年から2022年にかけての新型コロナウイルスの感染拡大で一気に加速した。

文在寅大統領(当時)に抱かれる愛犬「トリ」。犬肉食反対を訴える集会には犬だけ参加し、文氏は参加しなかった
文在寅大統領(当時)に抱かれる愛犬「トリ」。犬肉食反対を訴える集会には犬だけ参加し、文氏は参加しなかった=2017年7月、大統領府提供

では、韓国のお隣、北朝鮮はどんな状況なのだろうか。

北朝鮮では犬肉を「タンコギ(甘い肉)」と呼び、やはり滋養食として市民に親しまれている。

朝鮮中央テレビは毎年、三伏の季節になると、全国各地の料理人がタンコギ料理を競う番組を放映している。筆者も2008年8月、中国・瀋陽で行われた日朝協議の際、北朝鮮が経営する七宝山(チルボサン)ホテルの食堂で、タンコギ定食を食べたことがある。やや脂っこいと感じたが、変な臭みもなく、普通に食べた記憶がある。

平壌市で開かれたタンコギ料理競演の様子。朝鮮中央通信が2021年7月21日に配信した
平壌市で開かれたタンコギ料理競演の様子。朝鮮中央通信が2021年7月21日に配信した=朝鮮中央通信公式サイトより

2019年に韓国に定着した脱北者の知人によれば、平壌の寺洞(サドン)区域など、主要な都市にはケチョン(犬村)と呼ばれる、犬肉だけを扱う店が集まった区画が必ずあるという。値段は1キロあたり1万5000ウォン(実勢レートで約2ドル)くらいの豚肉よりもやや高い程度だが、需要が急増する夏の暑い時期には価格も高騰する。(北朝鮮ではコメが1キロ5000~6000ウォンほどする)

食堂で、タンコギクッ(犬肉汁)、ご飯、キムチの定食を頼むと1万5000ウォンしたという。平壌で4人家族が1カ月に必要な生活費が100ドルと言われるなか、安くない金額だ。「金持ちは、毎週のように食べるが、庶民は1カ月に1度食べるのも難しい」(脱北者)という。

韓国では食用犬を養殖する専門の業者がいるが、北朝鮮では犬肉業者に売るために自宅で犬を飼う人も多い。犬だけではなく、鶏や豚をベランダなどで飼う人も珍しくない。夏場には豚の臭いが周辺に広がり、よく騒ぎになるという。数年前にアフリカ豚熱が北朝鮮でも大流行し、豚を飼っている一般家庭が「貴重な金もうけの手段が台無しになる」として、パニックに陥ったという。

平壌市で開かれたタンコギ料理競演に出品された料理
平壌市で開かれたタンコギ料理競演に出品された料理=朝鮮中央通信公式サイトの動画より

こうして一般家庭でも犬を飼う習慣は北朝鮮にもあり、平壌では富裕層や政府の高官を中心に、犬を食用ではなく、ペットとして飼う人はいるものの、外で犬を連れて散策することはない。脱北者は「金正日総書記の時代に、犬をペットとして飼うことを非社会主義的行為だと決めつけたからだ」と語る。

北朝鮮では、スパイや反政府活動などを「反社会主義的行為」として政治犯収容所に送るなど厳罰に処す。反社会主義ほどの重罪ではないが、華美な服装や必要以上のぜいたくな行為などは「非社会主義的行為」として批判の対象になる。

犬を連れて歩くことは、「ぜいたくでブルジョア的な堕落した行動」とみられるために、当然、韓国のように「犬は自分の家族同然」といった雰囲気も生まれないため、犬肉文化はなくならない。

過去、金正日総書記が韓国の金大中大統領に、金正恩総書記が韓国の文在寅(ムンジェイン)大統領に、それぞれ北朝鮮の天然記念物「豊山犬(プンサンケ)」を贈ったことがある。脱北者は「北朝鮮の人々で豊山犬を知っている人などいない」とも語る。

北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が韓国の文在寅大統領に贈った豊山犬「コミ」
北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が韓国の文在寅大統領に贈った豊山犬「コミ」=韓国大統領府提供

北朝鮮では肉料理を自由に楽しめる人はまだまだ少ない。ほとんどの人が旧正月などの名節や結婚式などの特別な祝い事で食べるだけだ。牛に至っては、国家の許可なく勝手に売買や食肉処理することは禁じられている。市場でも牛肉は扱っておらず、どうしても必要な場合は、市場関係者の自宅などで隠れて売買するという。牛肉を食べられる食堂も数が限られている。

一方、金正恩総書記は1月7日、黄海北道黄州郡の光川(クァンチョン)養鶏工場を訪れて現地指導を行った。キム・ジュエと呼ばれる娘と工場を視察した正恩氏は「現代化した生産工程で肉と卵があふれ出る様子は、実にほほ笑ましいことだ」と喜び、増産に努力するようはっぱをかけたという。

ただ、脱北者によれば、北朝鮮では平壌でも過去、1カ月に1人あたり1~3個の卵が配給されていただけだという。それも2000年代途中から途絶えた。

日本では「物価の優等生」と呼ばれる鶏卵は、高いと言われる時期でも10個あたり300円程度だ。北朝鮮では10個7000ウォン(約1ドル弱)ほどになる。月に必要な生活費の100分の1程度だ。日本で1カ月の生活費を20万円とした場合、卵1パックが2000円する計算になる。

脱北者は「配達網も貧弱だし、そもそも卵の生産量が絶対的に少なすぎる。金正恩が言うほど、簡単ではない」と語る。こんな状況で、北朝鮮の人々が犬肉を食べずに済む日は当面来そうもない。