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厳寒期のパレードと党大会 北朝鮮が置かれた苦境が見て取れる

北朝鮮インテリジェンス 更新日: 公開日:
平壌の金日成広場で1月14日、軍事パレードに登場した潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)とみられる兵器。「北極星5」と記されている。朝鮮中央通信が配信した=朝鮮通信

北朝鮮関係筋によれば、1号行事の場合、厳粛な雰囲気を演出するため、事前に参加者の服装についても細かい指示が出る。同筋は「平壌市民だって、帽子やマフラー、手袋くらい持っている。今回は事前に着用が禁止されていたようだ。参加者も大変だったのではないか」と語る。

朝鮮中央テレビの映像を見ると、パレード会場の金日成広場と軍部隊が待機していた通り沿い、高層ビルの一部だけに明かりが灯っていた。パレードの演出かもしれないが、エネルギーが十分ではない可能性もある。

正恩氏は5日から12日まで開かれた党大会に、約7千人が参加したと説明した。長く南北関係を担当した元韓国政府高官は「党大会より1ランク落ちる党代表者会くらいの規模。本来なら(10万人以上を収容できる)メーデースタジアムでやってもおかしくない。エネルギーや食糧が厳しいのだろう」と語る。

北朝鮮関係筋によれば、北朝鮮は従来、洋上で荷をやりとりする「瀬取り」など国際社会の制裁を逃れるやり方でロシアや中国から石油精製品を手に入れていたが、昨年10月ごろからほとんど動きが止まっている。パレードで、新型の潜水艦発射型弾道ミサイル(SLBM)「北極星5」や短距離弾道ミサイルの改良型を見せたのも、国際社会との協議で制裁緩和を得たい思惑がのぞく。

軍事関係筋の一人は「昨年10月のパレードで登場した北極星4の試射もしないうちに、新型を開発するのは不合理。どうしても、米国を牽制したかったのか、あるいは内部を結束させる必要に迫られていたのではないか」と語る。

■なぜこの時期の党大会開催か

農閑期とはいえ、気象条件が厳しい1月にあえて党大会を開いたのも解せない。冬は凍結により、北朝鮮の主要な電力源である水力発電所の発電量が落ちる。数千人とはいえ、真冬の時期に大勢の人間を宿泊させるのはかなりの負担だったはずだ。

北朝鮮が党大会の開催を決めたのは昨年8月19日の党中央委員会総会だった。党規約では、党大会の開催は6カ月前に公告する必要があるが、その規約を破っての開催決定だった。2016年5月に開かれた前回党大会から4年8カ月ぶりの開催で、5年に1度という本来の慣行にもやや合わなかった。

朝鮮労働党大会で、総書記に就任した金正恩氏。朝鮮中央通信が配信した=朝鮮通信

多くの専門家からは「1月の米新政権発足に合わせた」という指摘も出たが、1月20日という新政権発足日を北朝鮮が知らないわけがなく、慌てて大会開催を決めたとみるのが自然だ。当時は、金正恩氏の健康不安説が出ていたため、バックアップ体制を取るための大会との見方もあったが、実妹の金与正氏は党政治局員候補から党中央委員に降格されてしまった。

残る可能性は、北朝鮮内部の混乱だ。北朝鮮は昨年6月16日、南北連絡事務所を爆破し、韓国に対する軍事的な挑発の動きを見せたが、1週間後の6月23日、対南軍事行動計画を突然留保した。当時は、新型コロナウイルスに加え、パラチフスやアフリカ豚コレラなどの伝染病が流行しているという未確認情報も流れていた。

詳細な理由はこれから取材しなければわからないが、北朝鮮が一刻も早く党大会を開き、4カ月の間に2度も軍事パレードを行って、金正恩氏の権威を高めなければならない状況に追い込まれていたとみるのが自然だろう。できる限り早く党大会を開く必要に迫られるなか、一番早いタイミングが1月だったということかもしれない。大会開催期間も8日間に及ぶ異例の長さになった。

2020年10月10日、平壌の金日成広場で行われた軍事パレード。「朝鮮労働党創建75周年」を記念してのものだった。朝鮮中央通信が配信した=朝鮮通信

確かに、北朝鮮当局が市民たちの厳しい視線を意識している様子が、今回の党大会で浮き彫りになった。

党大会では「人民大衆第一主義」が強調された。金正恩総書記は12日、閉会にあたっての演説で「現在、農村をはじめ市郡の人民の生活が非常に困難で立ち遅れている」とし、「これからは、地方経済を発展させて地方の人民の生活向上に注目を向ける」と約束した。

逆に言えば、北朝鮮は過去、平壌とエリートに、国中の富を集中させてきた。1980年に開かれた第6回党大会に参加した脱北者によれば、参加者には冷蔵庫やテレビ、洗濯機などがプレゼントされた。赤い党章が入ったパーカーの万年筆、金日成主席のサインを刻印したオメガの時計もあった。2016年の第7回大会では、党章と「第7回」を意味する北斗七星をあしらったスイス製時計が配られた。

また、今回の第8回大会では、党中央委員に金正恩氏や金与正氏ら138人が、同候補に崔善姫第1外務次官ら111人がそれぞれ選ばれた。この脱北者によれば、中央委員候補以上になると、党員証とは別の身分証を支給される。これが、エリートへのパスポートになる。通行が許される立ち入り制限区域が増え、列車の4人用コンパートメントを独占できるようになる。

中央委員候補以上のエリートとその家族は、1年に1~2度ある、出身成分の更新調査を受けなくてもよくなる。出身成分とは、敵対層や動揺層、核心層など約50もの階層に分けた、北朝鮮独自の階級制度だ。「最高指導者が目をかけた人物である以上、それ以上の調査は必要ないという意味」だという。

これに対し、2019年秋に撮影された北朝鮮の地方都市の写真を見れば、未舗装の道路や崩れかけた住宅の屋根など、荒涼とした光景が広がっていた。昨年1月末から続く国境封鎖により、砂糖や小麦粉など中国に頼っていた製品を中心に物価も上がっている。

「地方を大事にする」という正恩氏のかけ声とは裏腹に、北朝鮮当局は抜本的な対策を打てずにいる。

17日の最高人民会議(国会)では、昨年度の国家予算執行での問題点について「経済部門の指導活動家が国家の資金力、執行力を確保する党政策を決死貫徹するという覚悟と法的義務感が足りない」という精神主義に偏った指摘が飛び出した。苦しい財政状況のなか、今年の国防費は歳出総額の15・9%を占めるという。

脱北した元党幹部は「全体の3割を占める民間経済はそれなりに市場経済化を進めている。だが、7割を占める軍事やインフラなどの重要予算は全て国が統制するスタイルに変わりはない」と語る。

さらに北朝鮮は党大会で、中央検査委員会の権限を強化し、党に規律調査部と法務部を新設した。党政治局には軍や治安機関のトップが勢揃いした。金正恩氏は新5カ年計画に関する報告で「非社会主義・反社会主義的傾向の一掃」を訴えた。社会不安が広がるなか、思想統制がより厳しくなる見通しだ。

■動き鈍い国際社会

混乱の気配さえ漂う北朝鮮に対し、国際社会の動きは鈍い。

なかでも批判を浴びているのが、北朝鮮へのビラ散布を制限した韓国だ。韓国国会で昨年12月、「南北関係発展法」の改正法が成立した。南北軍事境界線の周辺から北朝鮮に向け、金正恩氏らを批判するビラの散布や拡声器による呼びかけ、韓国の映画や音楽を保存したUSBメモリーなどの散布が禁止される。違反すると、3年以下の懲役または3千万ウォン(約285万円)以下の罰金が科される。

軍事境界線に近い臨津閣の前で、北朝鮮政権を批判するビラを結びつけた風船を飛ばす人たち =2010年11月、越田省吾撮影

米議会や欧州各国政府などからは「表現の自由の侵害だ」という批判が強く出ている。韓国の試みを認めれば、北朝鮮市民に海外の情報を送る諸外国・団体の試みに弊害が出かねない。

関係筋によれば、韓国政府は2月に、同法の適用範囲を軍事境界線近辺に厳しく限定するなど、法執行範囲を明確にした大統領令(施行令)を出す方針。海外の全在外公館にも「法律は軍事境界線近くに住む韓国市民の安全確保が目的」などと説明するよう指示している。逆に言えば、それだけ、韓国政府も、自らの行為が北朝鮮市民の人権に影響を与えると認識しているわけだ。

一方、日本人拉致問題などで厳しく北朝鮮を、徴用工問題などで韓国を、それぞれ批判してきた日本政府の出足は鈍い。少なくともこの原稿を書いている1月17日までの時点で、日本政府は韓国の動きについて「注視する」としかコメントしてこなかった。慰安婦を巡る損害賠償判決などで、火が出るように文在寅政権を非難している自民党外交部会も、この問題については特に追及する構えを見せていない。

日本は従来、人権問題や民主主義への関心が低い国だとされてきた。外務省は最近、中国の新疆ウイグル自治区や香港の民主化運動に対する弾圧を批判する姿勢を強めている。日本が、北朝鮮の市民たちにも温かい手をさしのべるのかどうか、国際社会は注目している。