朝鮮労働党中央軍事委員会の李炳哲(リ・ビョンチョル)副委員長は5月29日、衛星の目的について米軍などの軍事行動をリアルタイムで追跡・監視することだとする声明を出していた。
現時点では、北朝鮮の衛星がこの目標を達成するのは極めて難しい。
米ミドルベリー国際大学モントレー校ジェームズ・マーティン不拡散研究センターのデビッド・シュマーラー上級研究員らによれば、北朝鮮衛星の解像度は1~10メートル程度だとみられる。在韓米軍基地にある航空機の数くらいは把握できるが、人の動きなどは確認できないだろう。約50センチの性能がある米民間衛星にも及ばない。朝鮮半島周辺をリアルタイムで監視するためには、少なくとも40~50機の衛星が必要だという指摘もある。
① 対衛星兵器(ASAT)保有につながる
だからといって安心はできない。防衛省航空幕僚長を務めた片岡晴彦・日本宇宙安全保障研究所副理事長は「衛星軌道に正確に投入できる能力を持つということは、ASAT(対衛星兵器)の保有につながります。狙った衛星と同じ軌道にミサイルを撃ち込んだり、投入した衛星を自爆させてスペース・デブリ(宇宙ゴミ)を作って妨害したりできます」と語る。片岡氏は、北朝鮮が今後、実験を繰り返せば、地上3万6000キロの静止軌道までの打ち上げる能力を備えることも可能になると指摘する。
これは、日米韓の抑止力に大きな影響をもたらす。
日米韓は現在、北朝鮮のミサイル発射情報をリアルタイムで共有するシステムを年内に稼働させる方向で最終調整している。米DSP衛星は静止軌道にあり、赤外線センサーでミサイルが噴射する炎を探知して、関係部署に警報を送る。北朝鮮がASATを保有すれば、こうした衛星への妨害行動に出る危険も高まる。
② 短時間で3機目発射=製造ラインを確保?
「北朝鮮が衛星を静止軌道に打ち上げるまでには時間がかかるだろう」という推測も成り立つ。
しかし、片岡氏は北朝鮮の「選択と集中」に注目する。片岡氏は「同じ型の3機目のロケットを準備していたことにも驚きました。製造ラインを確保しているのでしょう。日本の場合、少なくとも再打ち上げには1年ほどはかかると思います」と語る。米国務省が世界各国の国防費を調べた資料によれば、北朝鮮は2009年から2019年まで毎年、国内総生産額(GDP)の21.9%から26.4%を国防費に投入してきた。北朝鮮が衛星技術を急速に発展させる可能性は小さくない。
③ ロシアが技術協力している可能性
また、北朝鮮の衛星が脅威となる第3の理由は、ロシアとの協力だ。
プーチン・ロシア大統領は2023年9月、金正恩総書記を極東・ボストーチヌイ宇宙基地に招待し、一緒にロケットなどを視察した。プーチン氏は北朝鮮に対する宇宙分野での協力の可能性について否定しなかった。韓国政府は北朝鮮が今回の衛星運搬ロケットの発射を巡り、ロシアが技術協力している可能性があるとしている。
韓国・峨山政策研究院の梁旭(ヤン・ウク)研究委員は、北朝鮮が予告した10月ではなく11月に打ち上げる背景も含めて「ハードウェアの提供が無理でも、ロシアは豊富な発射データを保有しています。ロケットの段分離のタイミングなど、技術的なアドバイスは北朝鮮にとって大きな助けになるでしょう」と語る。
北朝鮮は今回、自力での発射にこだわったが、今後はロシアが北朝鮮の代わりにロケットを打ち上げることも可能だ。梁氏は「ロシアのロケットはペイロード(搭載重量)が大きいので、複数の衛星の同時打ち上げもできます。北朝鮮の発注でロシアが衛星を製作することも可能でしょう」と語る。そうなれば、近い将来、北朝鮮が掲げる「北朝鮮周辺の軍事動向をリアルタイムで監視する」という目標の達成が視野に入ってくる。
④ 悲願の核武装の「完成」?
そして、北朝鮮の衛星が脅威となる第4の理由は、北朝鮮の長年の夢だった核戦略の「完成」に近づくことを意味するからだ。
梁氏は「現代戦ではPNT(ポジショニング=測位、ナビゲーション=航法、タイミング)能力が重要です。北朝鮮が現在使えるのは、民間のGPS(全地球測位システム)だけです。しかし、ロシアが自国製の衛星測位システムGLONASSの軍用モードを提供すれば、北朝鮮の精密打撃能力が飛躍的に向上し、大きな脅威になるでしょう」と語る。
「北朝鮮は核保有国家を目指していますが、ミサイルだけでは実現できません。指揮統制や通信システムが必要です。核攻撃には(情報収集や偵察、目標選定、攻撃した後の損害評価などの)ターゲッティングが重要になります。北朝鮮が宇宙に進出すれば、核戦力の完成に近づくことを意味します」
韓国も11月30日、米カリフォルニア州のバンデンバーグ宇宙軍基地で初めての軍事偵察衛星を打ち上げる予定だ。朝鮮半島を巡る緊張は新しい局面を迎えたと言える。