■大量に打ち上げられる小型衛星
フロリダの夜空に、閃光(せんこう)と轟音(ごうおん)がとどろいた。米東部時間1月6日午後9時19分、米南部のケープカナベラル空軍基地から打ち上げられた宇宙企業スペースXのファルコン9ロケットは、約1時間後、高度290キロに到達。積んでいた60機の小型衛星がゆっくりと宇宙空間にはき出された。一つ一つが宇宙のインターネット基地局となる。
同社は衛星群を使った高速通信網スターリンク計画を進めている。ネット環境が悪い途上国やへき地でつながりやすくする狙いだ。この打ち上げでスペースXが保有する衛星は182機となり、衛星の運用で世界最大の事業者になった。すでに米連邦通信委員会(FCC)から1万機以上の打ち上げを承認されており、将来的にはさらに3万機を追加することもにらむ。
スペースXだけではない。米アマゾンも3200機あまりの衛星網を計画するほか、ソフトバンクが出資するワンウェブも1980機を打ち上げる計画だ。日本でも衛星ベンチャーのアクセルスペースが、地上を毎日くまなく撮影する超小型衛星を数十機打ち上げる。
「宇宙ベンチャーにとって今ほど素晴らしい時代はない」。昨年10月、宇宙ベンチャーを集めたサミットで米商務長官のウィルバー・ロスが話した。「衛星の小型化や、再利用可能な商用ロケットの登場で、コストや製造時間が劇的に減った」。気象当局や軍でさえ民間企業から衛星のデータを買う時代になってきた。
1957年、旧ソ連が打ち上げた世界初の人工衛星スプートニク1号で幕を開けた宇宙時代。人工衛星は、通信だけでなく、天気予報、カーナビなどに使われる全地球測位システム(GPS)など暮らしに欠かせないインフラになった。欧州宇宙機関(ESA)によると、昨年1月までに約9000の人工衛星が地球周回軌道に投入された。約5000が軌道上に残っているが、衛星ビジネスの活況で今後10年で数万機がこれに加わると言われる。
■宇宙初の「交通事故」も
従来、宇宙のような3次元空間は広大で、二つの物体が偶然ぶつかるようなケースは極めてまれだとされていた。「ビッグ・スカイ・セオリー」という考え方だ。しかし、宇宙の状況を監視し、シミュレーションも行う米企業AGIのロバート・ホールは「ビッグ・スカイ・セオリーはもはや役に立たない」と話す。09年2月、米国の衛星携帯電話用の衛星イリジウムに、運用を終えていたロシアの軍事衛星が衝突。「何の警告もなく、何が起きたかまるで分からなかった」と、イリジウム副社長のウォルター・エベレッツは振り返る。宇宙初の「交通事故」は、「産業にとっての目覚まし時計だった」。
すでにニアミスも起きている。昨年9月、ESAは地球観測衛星アイオロスの軌道を微修正したと明らかにした。スペースXの衛星の一つと衝突する可能性があると警告を受けたからだ。
「最も恐れているのは運用中の衛星ではない」。米宇宙関連団体エアロスペース・コーポレーションのロジャー・トンプソンは宇宙ごみ(デブリ)の危険性をこう指摘する。デブリは、打ち上げ後に分離されたロケットの部品や、運用を終えた衛星まで様々。地球に近ければいずれは地上に落下して大気圏で燃え尽きる可能性があるが、数十年、高速で回り続けることも多い。冷戦時代の米ソのような意図的な衛星破壊もある。07年の中国による衛星破壊実験では、観測できる直径10センチ以上のものだけで2600個を超えるデブリをまき散らした。
■「交通管制」のルールが必要だ
特に恐れられているシナリオが「ケスラー・シンドローム」と呼ばれる現象だ。破壊された衛星が大量のデブリになり、他の衛星やデブリにぶつかる。破壊の連鎖でデブリが爆発的に増え、宇宙が使えなくなってしまう。
現在、世界の宇宙状況監視の中心的役割を果たしているのは米軍だ。カリフォルニア州のバンデンバーグ空軍基地にある連合宇宙運用センター(CSpOC)で、衛星やデブリなど約2万3000個を24時間、監視している。衝突の危険性や接近などを分析して公表する。しかし、10センチ以下のものは把握し切れておらず、AGIのホールは「2センチのデブリでも、衛星を粉々にする。軌道全てにデブリが広がれば衛星群を作るというビジネスモデル自体を脅かす」と指摘。「空軍はこれまで無料で情報を提供してきたが、アルゴリズムが古く、対策を取るための情報としては不十分だ」という。
宇宙の「交通管制」について、包括的な国際ルールはまだない。衛星などを打ち上げた際、国連に登録することにはなっているが、無登録でも罰則はない。領空や領海のような管轄権の概念もない。
ルール作りで主導権を握りたい米国は18年6月、宇宙管制の一部を国防総省から商務省に移す方針を発表した。商業利用が増えることを見込んだもので、米軍をより安全保障任務に注力させる狙いがある。
産業界も動き始めている。業界団体「スペース・セーフティー・コアリション」は昨年9月、安全運航や衝突回避のための情報交換、デブリを発生させにくい打ち上げロケットの選定などの「優良事例」を発表。AGIやイリジウム、日本のデブリ除去ベンチャー・アストロスケールなど30社以上が賛同している。イリジウムは、90年代後半から打ち上げられ運用を終えた衛星を最新鋭機に置き換えるにあたり、古い65機を順々に大気圏に突入させてデブリの発生を抑えている。
また、アストロスケールは実証実験に向け、デブリ除去衛星を年内にも打ち上げる予定だ。