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性的少数者の7割が職場でカミングアウト デンマークの「人の図書館」で理由を聞いた

World Now 更新日: 公開日:
ヒューマン・ライブラリーの読書の庭で話すトミー・クリステセンさん(右)
ヒューマン・ライブラリーの読書の庭で話すトミー・クリステセンさん(右)=2023年4月17日、コペンハーゲン、中川竜児撮影

わけを知りたいと、4月中旬、コペンハーゲンにある「ヒューマン・ライブラリー(人の図書館)」を訪ねた。同性愛者やトランスジェンダー、難民、ホームレスなど、マイノリティーの人たちを「本」のように貸し出し、対話の場をつくる活動を続けている。利用者(読者)はどんな質問でもできる。

カフェや教会が並ぶにぎやかな一角に、花壇やベンチ、ブランコを備えた庭があった。ヒューマン・ライブラリーの「読書の庭」、対話スペースだ。

ヒューマンライブラリーの事務所(右奥)と読書のための庭
ヒューマンライブラリーの事務所(右奥)と読書のための庭=2023年4月17日、コペンハーゲン、中川竜児撮影

金色にまぶしく光るコートをなびかせ、男性が自転車でやってきた。

「デンマークへようこそ。何でも聞いてください」

トミー・クリステセンさん(60)がベンチに座った。私が借りた「ゲイの本」だ。

クリステセンさんは厳格なキリスト教徒の家庭で育った。

若い頃から男性にひかれていたが、25歳の時、教会関係者の娘と結婚した。やがて教会は、彼の友人らの証言を集め、ゲイであることを理由に妻子から引き離し、離婚を迫った。ゲイか信仰のどちらかを選ぶよう言われ、自問した。

何度考えても、ゲイであること、そして信仰心は、自分の中にあり、矛盾は感じない。ゲイであることも信仰も変えず、自分と周囲との関係、そして、社会を変えようと決めた。離婚し、カミングアウトして生き始めた。

デンマークは1989年、世界で初めて同性カップルに婚姻とほぼ同じ権利を認める登録パートナーシップ法を成立させるなど、性的マイノリティーの権利擁護で先頭を走ってきた。1940年代後半から当事者らが団体を作り、働きかけた成果という。

クリステセンさんも活動に加わり、政治家にも働きかけた。2012年、デンマークで同性婚が法制化され、同性カップルも教会で挙式ができるようになった。

カミングアウトについては、マイノリティーの存在を「見える」ものにし、社会を変える力になる、と信じる。「自分が自分であると宣言し、生きることは最も基本的な権利。自分を偽って生きるべきではない」

10年ほど前、派手なメイクと衣装でショーなどをするドラァグクイーン(女装パフォーマー)として街を歩いていた際、襲撃された。捕まった男の刑事裁判には女装して臨んだ。「『これが私、そして私の仕事』と伝えるために。裁判官は驚いてましたけどね」

王室も「連帯」表明 世代を超えるインパクトに

大切なのは、社会の理解という。

画期的な出来事として挙げたのは2016年、性的少数者との連帯を示すイベントに王室のメアリー皇太子妃が参加したこと。世代を超えるインパクトがあったと振り返る。

2冊目の「本」は、バイセクシュアルのヤン。60代後半の男性だ。妻などごく近い人にしかカミングアウトしていない。「私は地方の村に住んでいる。コペンハーゲンと違って閉鎖的なんだ」

ヒューマン・ライブラリーで話すヤンさん(手前)
ヒューマン・ライブラリーで話すヤンさん(手前)=2023年4月17日、コペンハーゲン、中川竜児撮影

カミングアウトに関して、こんな考えも明かした。「隣の夫婦にどんな性行為をしていますか、と聞くだろうか? 聞かないし、聞くべきではない。でも、相手が性的マイノリティーだと聞いて良いと思う人がいる。おかしなことだ」

ではなぜ、「本」として語るのか。

「ずっと自分の性的指向が分からなかった。今も探している途中だ」。もがいてきた苦しさがにじむ。「自分の経験が同じように悩む人に役立つなら、と」

ライブラリーの創設者、ロニー・アバゲールさんに尋ねた。活動の目標は、社会を多様なものにすることですか?

「社会はすでに多様だ。デンマークも日本も。日本は同質性が高い社会かもしれないが、それでもあらゆるマイノリティーがいるだろう。見ようとする姿勢、理解しようとする姿勢が必要なんだ」

ヒューマン・ライブラリーの創設者ロニー・アバゲールさん
ヒューマン・ライブラリーの創設者ロニー・アバゲールさん=2023年4月17日、コペンハーゲン、中川竜児撮影

当事者だけで社会は変わらない。問われるのはマジョリティーの姿勢だ。

冒頭の職場調査によれば、社内に性的マイノリティーの当事者がいるかどうかについて「認知している」と「認知していないが、いる可能性を想定している」はともに13.4%、「いないと思う」41.4%、「わからない」29.9%だった。

ここで「本」を借りるのは無料だ。「本」はボランティアで、図書館は交通費や食べ物、飲み物を出すだけ。活動費は寄付や企業に対する有料研修などでまかない、対話のための庭は、市から無料で借りている。

安全に対話できるスペースを提供し、小さな信頼関係を積み重ね、社会をより安心できる場所にしていく。「人の図書館」の活動は、それ自体が「カミングアウトしやすい社会」のありようを象徴する存在だ。2000年に始まった活動は、日本を含む80以上の国や地域に広がる。

性的マイノリティー対応の介護ホームで過ごす当事者

性的マイノリティーに対応した介護ホーム。レインボーフラッグが掲げてあった
性的マイノリティーに対応した介護ホーム。レインボーフラッグが掲げてあった=2023年4月18日、コペンハーゲン、中川竜児撮影

翌日、図書館の近くにある施設を訪ねた。「城」と呼ばれる重厚な建物に、レインボーフラッグが掲げてある。

2015年、デンマークで初めて性的マイノリティーに対応する介護ホームに指定された。現在は定員いっぱいの111人のうち、性的マイノリティーは15人ほど。スタッフのヨルゲン・ユンガーさん(35)は「高齢の性的マイノリティーの人口が少ないんです」。1980年代に、治療法が確立していなかったエイズで亡くなった人が多いのだという。

キーステン・レフシンさん(74)は1年半ほど前に入居した。クィアで、「女性らしい格好や振る舞いをさせられるのが昔から嫌だった」。足が不自由になり、偏見のない場所で過ごしたいと申し込んだ。「スタッフも理解があり、他の入居者から嫌なことも言われません」。ユンガーさんは「争いがあるとしたら、『ワインは赤が好きか、白が好きか』くらい」と笑う。

スタッフは、性的指向や性自認、「彼」「彼女」などの代名詞の使い方の配慮、尊厳を傷つけない接し方などの研修を受ける。

自身もゲイのユンガーさんは「例えば、子どものことは聞きません」。

同性愛を隠して生きた時代に触れるかもしれないからだ。「プライベートな話は求めません。でも私たちは中傷や嫌がらせといった体験を共有している。話しやすいだろうし、彼らが話したい時はもちろん聞きます」

性的マイノリティーに対応した介護ホームのベンチでくつろぐスタッフのユンガーさん(左)と入居者のレフシンさん
性的マイノリティーに対応した介護ホームのベンチでくつろぐスタッフのユンガーさん(左)と入居者のレフシンさん=2023年4月18日、コペンハーゲン、中川竜児撮影

施設ではレズビアンやトランスジェンダーも働く。

ユンガーさんは性的マイノリティーの入居者やスタッフを増やしたいという。「施設をもっと良くできる。将来、必要とするかもしれない私たち自身のためにも」。一番望むのは、偏見や差別がなくなり、施設の必要性がなくなることだ。「でも今はまだ必要なのです」

デンマークのように寛容な社会でも「途上」にある。介護ホームはそんな一面に気づかせてくれた。