世界中の大きな自然史博物館がいくつも協力しあい、所蔵品のすべてを一覧できる目録を作った。収められたのは、恐竜の頭蓋骨(ずがいこつ)から花粉の粒や蚊まで計11億点にものぼる。
この目録作りについては2023年3月、米科学誌サイエンスで発表された。これによって、生物種の絶滅の早さや気候変動が自然界に与える影響など、差し迫った課題に取り組むために博物館が力を合わせる手助けができるようになることを作成者側は願っている。
「以前は私たちが思いもしなかったことが、互いに協力しあえばできるのではないか。そんな発想をもたらす思考力を、この目録は授けてくれる」と米ワシントンにあるスミソニアン自然史博物館の館長カーク・ジョンソンは語る。この目録作りを主導した一人で、「世界の自然史博物館のネットワーク化を支持すべき論拠ともなる」といい添えた。
もっと規模の小さな目録のデータベースなら、作成されたことはある。しかし、今回は28カ国、73もの自然史博物館が参加し、空前の規模になったと専門家は話す。
「今回の調査内容の分析は、これまでだれも成し遂げたことがなかったほどグローバルな規模になっている」とカリフォルニア大学デービス校の昆虫学者エミリー・マイネケは評価する(この目録作成にはかかわっていない)。
まず浮かび上がったのは、世界中の収蔵品に重大な不均衡があることだった。例えば、地球温暖化の影響を最も受けやすい南北の極地からは、それに見合うだけの標本が集まっていなかった。動物の中では最も多様な種が属する昆虫も、それ相応の標本数にはなっていなかった。
大規模な博物館を対象とした今回の調査は、小規模な博物館への適用基盤にもなるもので、調査がそこまで進めばさらに大きな発見をもたらすかもしれないとマイネケは見ている。地球規模の生物多様性が、より正確に把握できるようになるからだ。
自然史博物館の起源は、15世紀にさかのぼる。イッカク(訳注=北極海の小さなクジラ)の頭蓋骨や輝く水晶といった、めったにない貴重な品々を集めた貴族の宝物棚が始まりとされる。それが、19世紀までには専従の学芸員たちを配した国の機関となっていく。
初期のころは、博物館に新しい収蔵物があると、学芸員が基本情報を紙片に走り書きにしておくのが一般的だった。それを、チョウがピンで留められた標本箱に入れたり、保存液に漬けたサメの容器とともにしまったりした。その上で、その箱や容器をキャビネットに保管し、台帳に品目名が記載された。
今日では、自然史博物館の収集品目は、膨大な数にのぼっている。その数は、スミソニアン自然史博物館だけで1億4803万3146点にもなる。このため、最近ではいくつかの博物館は、品目のデジタル化を進めるようになった。
例えば、米国立ハーバリウム(訳注=スミソニアン自然史博物館の植物標本庫)は押し花などの乾燥させた植物標本を400万点近く所蔵しており、その写真のデジタル収録がようやく2022年になって完成した。しかし、自然史博物館のほとんどの収蔵品は、スキャンしてクラウドにアップロードされるどころか、そもそも目録のデジタル化すら始まっていない。
自分たちは、どんなものを所蔵しているのか。スミソニアン自然史博物館長のジョンソンやほかの博物館長たちは、やりとりをするうちに、自分たちのコレクションが何であるかを大まかにしか把握しておらず、互いに共有しているものに至ってはさらにあいまいにしか理解していないことに気づいた。
「それぞれがせっかく素晴らしい資産を持ちながら、それを対照するすべを持っていなかった。お互いに『暗黒データ王国の支配者』だったことに気づいたというわけだ」とジョンソンは苦笑した。
博物館の館長たちは、すべてのコレクションのデジタル化が終わるまで何年も待つより、まず現状を把握しようと考えた。そこで、それぞれの博物館の学芸員たちに、植物、菌類、化石などどのようなコレクションを所蔵しているか、調査用紙に書き入れてもらった。各収蔵分野にいったいどれだけの品々があるのか、ときには収納キャビネットの数を調べた。さらに、科学者がどこに行ってそのコレクションを収集したのかも推定した。
学芸員たちは、デジタル化が終わった点数やDNAサンプル採取の件数を報告した。どれだけの人が、どんな種の調査・研究にあたったのかも調べた。その上で各博物館は、調査結果を整理したオンライン画面を作成した。
「私のような職にある者が長らく抱いてきた夢がかなうようになった」とニューヨーク市にある米国自然史博物館の上級副館長(科学担当)マイケル・ノバチェックは感慨深げだった。
スミソニアン自然史博物館長のジョンソンが驚いたのは、哺乳類を研究する人の多さだった。ほかの生物種と比べて、その数は群を抜いていた。「温かく、柔らかな毛の手触りがどれだけ人を引きつけているかは、分野別の利用者数を見れば一目瞭然だった」
対照的に、昆虫を研究している博物館の研究員は全体の10%しかいなかった。「陸上の生物多様性という点では昆虫が最大の構成要素になっており、花粉の授粉者であり、病気の媒介者でもあることを考えれば、これはある意味『ひどい赤字現象』だ」とジョンソンは首を振る。
地球温暖化でとくに大きな打撃を受ける北極や南極の収蔵品も、ほかの地域と比べれば物足りない規模にとどまっている。温暖化の影響が顕著なだけに、その記録を博物館が取っておくことが、気温の上昇に伴って生物の多様性がどう変化するのかを理解するために重要だ、と先のノバチェックは語る。「それは、人類に行動を促す呼びかけにもなるのだから」
世界の自然史博物館に何が欠けているのかを知ることは、その溝を埋める新しい探検計画を立てることにもつながる。「21世紀の一大収集プロジェクトを練ることができるかもしれない」とジョンソンは先を見すえた。(抄訳)
(Carl Zimmer)Ⓒ2023 The New York Times
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