カモノハシは、ただの始まりに過ぎなかったのだろうか。
豪州だけにすむこの動物には、(訳注=哺乳類なのに卵を産むなど)ただでさえ驚かされることが多い。そこに、幻想的な青緑色の蛍光を出すことが分かったという研究論文が、新たに加わった。
これまでも、蛍光を発する哺乳類の存在は、数は極めて少ないものの、知られてはいた。モモンガやフクロネズミだ。カモノハシも、その仲間入りをしたということで済むかに思われた。
ところが、この論文が2020年10月に発表されると、他の哺乳類も同じような特性を持つことが、相次いで報告されるようになった。豪州の哺乳類が多く、さらに増える可能性がある。この調子だと、蛍光哺乳類の分類枠を大きくする必要に迫られそうだ。
今回のカモノハシの研究論文が出てから、自分で調べてみる人が増えたことが発見の連鎖を生んだ。方法は、そう難しくはない。通常は人間には見えない(訳注=長い波長の紫外線)ブラックライトを当ててみればよい。蛍光物質があれば、色を出して浮かび上がる。
西オーストラリア博物館で哺乳類の学芸員をしているケニー・トラブイヨンもその一人だ。博物館のクモの担当部門が持っていたブラックライトの電灯(蛍光性があるサソリを探すのによく使っていた)を借りて試してみた。
確かに、カモノハシの剥製(はくせい)標本は反応した。では、他の標本はどうか。同僚たちと調べてみた。
「ちょっと試してみようか」というぐらいの軽い気持ちだった、とトラブイヨンは振り返る。「片端から当ててみたら、どうなるのだろうって」
ところが、これは第1ラウンドに過ぎなかった。
そもそも蛍光現象は、特定の物質に含まれる色素が、目に見えない波長の紫外線を吸収し、再放射することで起きる。再放射の際に、目に見える色が出るからだ。
ブラックライトを発する電灯やフラッシュライトは、こうした色素に紫外線を送り込むことでこの現象を引き起こしている。ただ、目に見える波長の光が混じってしまうことがよくある。すると、水が濁ってよく見えなくなるのと似たような作用を及ぼす。だから、より厳密な調査・研究では、可視光線をフィルターで取り除いて蛍光度の強さと色調を観測している。
その点で、トラブイヨンらが続けた一連の観測は、十分に期待を抱かせるものだった。
絶滅の恐れがある豪固有の有袋類ミミナガバンディクート(長い鼻先とウサギのような耳を持つ)の蛍光は、オレンジ色と緑色が基調だった。ハリネズミとヤマアラシ、ハリモグラが身にまとう針は、まるで修正液に浸したような明るい白色に輝いた。
トラブイヨンによると、いくつかの標本の反応はもっと鈍かった。やはり豪固有の保護動物ウォンバットは、二つのうち一つしか蛍光しなかった。カンガルーの場合は、ほとんど反応がないようだった。
博物館では、2021年に近くの大学と研究チームを結成し、装備を整えた上でさらに系統だって精査する予定だ。剥製にとどまらず、生きた動物も調べることにしている。
こちらは、米オハイオ州のトレド動物園。動物保護を担当するジェイク・スコーエンは、カモノハシが蛍光するという同僚の知らせに、みんなでワクワクした気分になったという。
すでに、他のプロジェクトで使うために、蛍光現象を撮影するためのカメラを準備していたからだ。まず動物園の博物館にあったカモノハシの剥製で蛍光を確認し、レンズを他の被写体にも向けてみた。スパイダーマンとバブルズと名付けられた2匹の(訳注=豪タスマニア島にすむ肉食性有袋類の)タスマニアデビルだ。
「1秒の何分の1かでもじっとしてくれればよいのに、なかなかそういかないので大変だった」とスコーエン。やっとのことで、メスのバブルズが応じてくれた。
紫外線フラッシュライトで写すと――ジャーン!目の周りとひげの根元、耳の内側がさめた青色に浮かび上がっていた。
「皮膚全体に蛍光性があるのではないか」というのがスコーエンの推測だ。撮影した全身が、紫色がかっているように見えるからだ。
西オーストラリア博物館にあるタスマニアデビルの標本も、同じような蛍光反応を示したとトラブイヨンも話す。
最初にカモノハシに蛍光性があることを見つけた専門家は、どう考えているのだろうか。
「こうした観測が相次いでいるのは、とても興味深い」と米ウィスコンシン州にあるノースランドカレッジの准教授エリック・オルソンは語る。天然資源の専門家で、先のカモノハシの蛍光論文を執筆した一人だ。「新たな蛍光生物を見つけたら、他の人たちがその成果を踏まえて研究を進められるよう、ぜひ学術文献に載せてほしい」と訴える。
一方で、そうした発見が持つ意味を深読みしてしまうことがよくある、と注意を促す専門家もいる。
なぜ、蛍光するのかという謎解きがそうだ。
派手な蛍光を発する毛皮や皮膚の写真を見ていると、互いに仲間であることを発信し合っているように思いがちになる。でも、それはほとんどありえないとスウェーデンにあるルンド大学のミーケル・ボクは指摘する。視覚体系を専門とする生物学者で、今回の一連の調査・研究には一切関わっていない。
「どんな種類の自然光であれ、自然光のもとでは、これらの動物が蛍光を発するとは考えられず、もしそれが確認されれば、とんでもない発見になる」とボクは首を振る。人間でいえば、爪や歯に蛍光性があるものの、(訳注=仲間を確認するためというような)特別な機能を持っていないのと同じだと例える。
生物の蛍光性についての2017年の論文では、2人の生物学者がこんな結論を出している。
蛍光性があることが分かっている何百という鳥類や植物、甲殻類などを改めて調べてみた。すると、外敵から身を守るためのカムフラージュや、繁殖行動で目を引くようにするなどの役割を蛍光作用が果たしているかもしれないと思われる事例は、ほんの少ししかなかったというのだ。
スコーエンらトレド動物園のスタッフは、タスマニアデビルを絶滅から救うための豪政府と豪タスマニア州政府の事業「Save the Tasmanian Devil Program」と提携しながら、今回の蛍光性の発見に生態学上どれほどの意味があるのかを探ろうとしている。
蛍光する写真を発表してから、多くの関心がタスマニアデビルに寄せられていることが、スコーエンには励みになっている。中には、「この動物が実在することを知らなかった」と伝えてきた人もいた。
タスマニアデビルの蛍光性を見つけたのは、「単なる偶然だったのかもしれない」とスコーエンはいう。「でも、とても楽しくさせてくれることであるのも間違いない」(抄訳)
(Cara Giaimo)©2020 The New York Times
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