化石になった男根はこれまでにも存在し、一定のカテゴリーとなっているが、この一団に新たなものが加わった。
それは5千万年前のサシガメの生殖器である。1月19日出版の学術誌「Papers in Paleontology(古生物学の論文)」に載った研究によると、サシガメのペニスがあった堆積(たいせき)物は状態が良く、先史時代のジョックストラップ(局部用サポーター)によって保全されていたのだ。
米イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校の昆虫学者で、今回の研究論文の筆頭筆者ダニエル・スワンソンは、未記載種の化石が申し分のない状態で残されていたのは「類いまれなこと」と指摘している。頭部から足部までの長さがアスピリンの錠剤ほどのこの虫には柔らかい内臓が詰まっていたはずで、「潰れやすかった」であろうと彼は言う。それでもなお、デリケートな生殖組織などすべてが残されていたのだ。
この論文に記載されている標本に「吹き飛ぶぐらい感動した」とケイティ・エステス・スマルジャシー。今回の研究には関与していないが、米ドレクセル大学自然科学アカデミーの無脊椎(せきつい)動物古生物学コレクションマネジャーは「実にすばらしい」と語った。
カメムシ目サシガメ科と呼ばれる昆虫類に属すサシガメの起源は、少なくともジュラ紀にまでさかのぼる。以来、このグループは大幅に分裂し、7千を超える既知の種が現在もなお存在している。大半が待ち伏せ型の捕食類で、この類の今日のメンバーは熱帯寄生虫病であるシャーガス病を媒介する。シャーガス病は、睡眠中のヒトの血を吸った虫が傷口のそばで排便すると広がる病気だ。
化石の形で発掘されたサシガメは50種ほどで、その往時の生態はほとんどわかっていない。この一団に加わった新メンバーは「Aphelicophontes danjuddi」と名付けられ、これまでのところ最も完璧な形で残っていた一つである。
この化石はグリーンリバー累層にあるコロラド州の岩の渦巻き状の部分から最初に取り出された。そこは魚類や昆虫類の化石の宝庫だ。取りだす過程で化石を左右対称に分け、それぞれ体を引っ張る形にして、最終的に別々の化石コレクターの手に渡った。その一人、イーナン・ワンは、「科学的に新しく、研究論文を書くに値する」との予感のもとにイリノイ大学のスワンソンのアドバイザーであるサム・ヘッズと連絡をとった。その通りだったので、ワンはその化石を研究のために寄贈した。化石の片割れを持っていたもう一人のコレクター、ダン・ジャドはすぐにワンに追随した。学名は彼の姓に由来する。
化石が再び一つになると、研究者たちは虫の系統図におけるその化石の位置を特定するという大変な仕事に着手した。米メリーランド州ボルティモア郡のメリーランド大学の進化生物学者メルセデス・バーンズ――この研究には関与していない――は、化石が申し分のない状態だったので、位置の特定が非常に容易だったようだと言っている。
とりわけ良い状態で保存されていたのは、pygophoreと呼ばれる虫の生殖器カプセルだ。それは、もろいペニスやその他の不安定な生殖器を交尾の時まで支えるカップ状の盾である。スワンソンによると、それはペニスを保護する硬い殻で、虫の他の部分を包む外骨格構造と似ているものだ。
生殖器カプセルの残存部は、化石を最初に分けたときに二つに割れた。だが、二つの痕跡を慎重に精査したところ、カプセルの中身の一部が残っていたことが判明した。残存物の中には、昆虫の基底板や鐙(あぶみ)に似た構造物、ペニスを保護する小袋に似たphallotheca(昆虫外生殖器)のようなものがあった。生きているサシガメのものは、全体がダース・ベイダーのマスク(訳注=米SF映画「スター・ウォーズ」の登場人物がつけている仮面)や半透明のアスリートカップ(訳注=主に男子運動選手用の局部保護カップ)に似ていなくもない。
「見た目が格好いいことに加えて、そうした構造はより適切に分類することを後支えしてくれた」とスワンソンは言っている。
生殖器は、昆虫の種類の区別にいつでも役立つ構造物というわけではない。しかし、そうした繊細な構造物を詳しく調べることは、不確かな標本を特定する決定打になり得る。
この昆虫の他の解剖学的な特徴のいくつかと組み合わせることで、生殖器カプセル内の特定の形状は、新メンバーであるサシガメが独自の系統に属していることの証明に役立った。この標本にはしま模様の細長い足があり、今日でもまだ生息しているしま模様サシガメと呼ばれるグループに分類できる可能性がある。
研究者たちは、この種のメスがどんな姿かたちをしていたかについては、確証が持てない。だが、現代のサシガメのパターンに従えば、かつてのメスはオスよりも大きかっただろう。そしてメスには、ペニスの代わりに通気口のような構造物があり、ふさわしいオスが近づいた時に分かれるプレート(皿状のもの)で保護されていたとみられる。
何らかの微妙な違いはあるが、この系統の新メンバーであるサシガメは現代のサシガメの多くとさほど変わりがないように見える。この昆虫のグループは進化上の成功を早期に成し遂げ、そのまま固定したことを示唆している。
とはいえ、「無脊椎動物界における5千万年は、実際にはさほど長い期間でないのだ」とエステス・スマルジャシーは指摘する。古代の動物がどのように生き、死に、そして地球とともに変化してきたか、その研究は、「今日生息している種について、とても多くのことを私たちに教えてくれる」と言っている。(抄訳)
(Katherine J. Wu)©2021 The New York Times
ニューヨーク・タイムズ紙が編集する週末版英字新聞の購読はこちらから