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地球温暖化が左右するかもしれない、パナマ運河の命運

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
FILE -- The Baroque Valleta passes through the first of three locks on the Atlantic side of the new Panama Canal, June 9, 2016. A severe drought in 2019 led to restrictions for the Panama Canal. The rains are now returning, but weather patterns are likely to make limits more commonplace in years to come. (Fred R. Conrad/The New York Times)
パナマ運河の大西洋側で2016年6月9日、できたばかりの新閘門を通る大型船=Fred R. Conrad/©2019 The New York Times。これから海抜26メートルの最高地点であるガトゥン湖を抜けて太平洋側に向かう

厳しい干ばつで、パナマ運河の水位が下がった。通航する大型船の一部は、2019年2月からは安全を確保するため、積み荷を制限して喫水(訳注=船体の水中部分の深さ)を浅くすることを迫られた。

「19年に入ってからの5カ月間は、運河の開通(訳注=1914年)以来、最も雨量が少ない乾期だった」と管理にあたるパナマ運河庁の担当上級役員カルロス・バルガスは語る。

大西洋(訳注=具体的にはカリブ海)と太平洋をつなぐパナマ運河は、土木技術の粋の結実だ(訳注=水門で仕切られた「船のエレベーター」ともいわれる閘門〈こうもん〉を三つ使って、海抜26メートルの最高地点を越えていく)。すべての海上貿易の約5%を担い、その業務に少しでも支障が生じれば、世界経済に波及する。ここを通るほとんどの船の出発地か目的地となっている米国も、その影響を避けることができない。

FILE -- The Baroque Valleta passes through locks on the Atlantic side of the new Panama Canal, June 9, 2016. A severe drought in 2019 led to restrictions for the Panama Canal. The rains are now returning, but weather patterns are likely to make limits more commonplace in years to come. (Fred R. Conrad/The New York Times)
曳航(えいこう)されてパナマ運河の新しい閘門を通る大型船=2016年6月9日、Fred R. Conrad/©2019 The New York Times

そして、地球の気候変動とともに、そんな状況が常態化する恐れが出ている。

乾期(訳注=パナマでは通常1~4月)は終わり、再び雨が降るようになった。しかし、バルガスによると、喫水制限の一部は夏の終わりまで続きそうだ。加えて、制限の発令回数も、今後は増えるかもしれない。温暖化で、猛烈な嵐や極端な乾期がより多くもたらされることが、専門家の間で予想されているからだ。

今回の干ばつは、年初に発生したエルニーニョ現象によるものと見られている。平均して2~7年おきに繰り返される現象で、19年は秋まで続きそうだ。世界の多くの地域に影響を与え、中米の降雨量も左右される。過去には、パナマ運河にも通航制限をもたらしている。

パナマで数十年も研究を続けている米国地質研究所の水文(すいもん)学者ロバート・F・スタラード(パナマに本部がある米スミソニアン熱帯研究所にも所属)は、とくにこの10年は、これまでで最大級の暴風雨に4回も見舞われ、運河史上最悪の干ばつのいくつかもこの期間に集中していると注意を促す。「将来の異常気象に備えて、対策を練っておく必要がある」

運河庁が19年2月に喫水制限を出したのは、乾期が続く中で、運河に水を供給している二つの人造湖の水位が下がったからだ。この制限は、2016年にできたばかりの新しい閘門を利用する非常に大きな船舶が対象となった(通航は1日平均7隻ほど)。

制限に踏み切るときは、十分な告知期間を置かねばならない。全長50マイル(約80キロ)のこの運河を利用する海運会社が、積み込む貨物の重量を前もってはじくことができるようにするためだ。そうでないと、パナマに来てから積み荷の一部を下ろさねばならなくなる。

今回の喫水制限が発表されてから、通航が許される最深の喫水は5度にわたって縮小された。5月28日時点で、43フィート(約13.1メートル)が限度とされ、通常より7フィート浅くなる。この日からは、従来の運河の閘門を使う船舶(1日平均25隻ほど)に対しても制限が始まり、最深喫水は39.5フィートから38.5フィートに変更される。

通航料金は、積み荷の重量が大きな決め手になる。だから、喫水制限があると、料金収入は減る。今のところ、運河庁の収入減は1500万ドルで、年間収入の20億ドル超と比べれば、比較的小さな額にとどまっている。

バルガスによると、制限は段階的に緩和され、9月半ばまでにはすべての船舶が通常の喫水で通れるようになる見込みだ。

これまでにも、エルニーニョ現象による干ばつで喫水制限が出され、もっと大きな収入減をもたらしたことがある。19年に入っての大干ばつの影響は、前年秋に大雨が降ったおかげである程度は軽減されたとスタラードは指摘する。

水の管理は、この運河の生命線を握っている。その重要性は、より大きな新閘門ができて、さらに増した。運河を1隻が通航するたびに、閘門を満たしていた淡水5千万ガロン(約19万キロリットル)が海洋に流れ出すことになるからだ。

水源となっているのは二つの人造湖だ。一つは、運河の一部として船舶が通るガトゥン湖(訳注=大きな方で、運河の最高地点でもある)。もう一つがアラフエラ湖だ。いずれも、人口増の著しいパナマの飲料水の水源にもなっている。

FILE -- Tree stumps exposed by low water levels at Gatun Lake, which supplies water for the Panama Canal and drinking water for much of the country, in Panama, June 9, 2016. A severe drought in 2019 led to restrictions for the Panama Canal. The rains are now returning, but weather patterns are likely to make limits more commonplace in years to come. (Fred R. Conrad/The New York Times)
パナマ運河に水を供給する人造のガトゥン湖は干ばつで水位が下がり、切り株が見えるようになっていた=2016年6月9日、Fred R. Conrad/©2019 The New York Times

運河庁では、雨期に水を十分に蓄え、乾期を含めた通年の通航に支障がないように努めている。しかし、19年のように、そうできない年も出てくる。だから節水は、普段から優先事項になっている。新閘門の特殊な構造は、その一例だ。通航のたびに使う水量の半分を再利用できるようにしている。

それでも、雨期は雨期で、固有の難しさを抱えている。2010年12月の豪雨では、湖があふれて洪水が発生し、運河は丸一日閉鎖された。運河が水浸しになると、閘門などのインフラを傷めることにもなりかねない。

運河庁には気象の専門家や科学者、技師からなる専属チームがあり、干ばつや洪水を予測し、対策を怠らないようにしている。地球の温暖化に伴い、その手腕がさらに発揮されることになりそうだ。

運河にとっての長期的な脅威は、やはり水問題だとバルガスはいう。「もっと(訳注=水量を安定させる)貯水施設が必要なことは明白だ。気候変動への対策として、最も効果的だと考えている」

しかし、それには膨大な費用と時間がかかる。ガトゥン湖とアラフエラ湖に水を供給しているチャグレス川の流域に、もうゆとりは残されていない。

新たな水の供給源は、運河から離れた水系に求めるしかない。それは、トンネルを掘り、ダムも造らねばならないことを意味している。(抄訳)

(Henry Fountain)©2019 The New York Times

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