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運河を通る大豆が減った 米中の衝突がなぜパナマの財布を直撃したのか

World Now
パナマ運河のミラフローレス閘門(こうもん)を通る大型船。ここから大西洋側に向かう=パナマ、五十嵐大介撮影

気温32度。熱帯の強い日差しが照りつけるなか、オレンジ色の服を着た作業員たちが、手際よく機械を使って船を誘導していた。パナマ運河の太平洋側にある、ミラフローレス閘門(こうもん)だ。大きなタンカーが、人が歩くほどの速度で進んでいく。奥には、2016年にできたばかりの幅55メートルの新しい運河を、巨大なコンテナ船が通過しているのがみえる。

海抜27メートルの高さにあるガトゥン湖まで、船を通すために水面を上げ下げする3つの「閘門」とよばれる装置を使い、船を引き上げる。船は長さ約80キロの運河を通り、大西洋側に抜けていく。

パナマ運河の水門の上を歩く作業員ら。水門の右側と左側の水面を比べると、高さの違いがわかる=五十嵐大介撮影

「米国から中国への穀物輸出が急減した。(穀物を積む)ばら積み船の通行量が下がり続けている」。運河を望む高台に立つ運河庁の執務室で、長官のホルヘ・キハーノはそう話した。

米国が昨年かけた高関税に対抗し、中国は昨年7月、米国産の大豆に25%の関税をかけた。米国からアジア向けの大豆輸出の約3割がパナマ運河を通っており、輸出急減のあおりを食らった。大西洋側から太平洋側に流れる大豆の取扱量は、18会計年度(17年10月~18年9月)で530万トンと、前年とくらべて4割以上減った。2年前の半分の水準だ。パナマ運河にとって、米国と中国は1、2位の「お得意先」。その両国による貿易摩擦は、プラスにはなりえない。

パナマ運河を太平洋側から大西洋側に向かう船(奥)。運河の長さは約80キロある=五十嵐大介撮影

キハーノはこう続けた。「問題は、大豆の世界最大の輸出国が米国ではなく、ブラジルになったということだ」どういうことなのか。

ブラジルから輸出される大豆の大半は、主要都市サンパウロ近くのサントス港から輸出される。サントスから中国などアジアに輸出する場合、パナマ運河経由ではなく、アフリカ南端の喜望峰沖を通る「東回り」がほとんどだ。ロイター通信によると、ブラジルから輸出される大豆のうち、パナマ運河を通過するのは約3%しかない。

さらにいまは、海運会社の船がだぶついて船賃が低迷。原油価格の下落で燃料費も安い。海運会社は、日々変化する船賃や燃料費を見ながら、航路を決めている。東回りはパナマ運河経由より2週間ほど時間がかかるが、運河の通行料などをふまえると、喜望峰経由のほうが安くつくという。

そこでパナマ運河が目をつけたのが、サントスから北に約3000キロ離れたブラジル北部にあるイタキ港だ。パナマ運河庁は昨年12月、イタキ港との間でお互いの貿易量を増やすことで合意、覚書を交わした。ただ、ブラジル側には道路などインフラ面での問題も多く、効果が出るには「数年は先」(キハーノ)という。

「ドル箱」のシェールも影響

パナマ運河は2016年、運河を拡張し、より容量の大きい船を通過させることができる新たな閘門を開いた。そこに吹いた追い風が、米国のシェールブームだ。米国が16年ごろから、シェールガスからつくる液化天然ガス(LNG)を中国や日本、韓国などアジア向けに輸出を始めたことで、パナマ運河の通行量も急増。18会計年度の太平洋向けのLNGの取扱量は約2700万トンと前年から約4割増え、2年で5倍以上に急増した。

米中摩擦は、そのシェールブームにも冷や水を浴びせている。

「昨年11月、米国から中国向けのLNG輸出が止まった。ゼロだ」。キハーノはそう明かした。ドル箱の米国産LNGの輸出の6割近くがパナマ運河を通っており、大豆以上に存在感は大きい。12月には輸出は再開したというが、「インパクトは相当だ」。

日本や韓国向けなどのエネルギー関連の急増で、パナマ運河全体の通行量は昨年10月以降も前年より6%ほど増え続けている。だが、キハーノは「米中の貿易摩擦がなければ、さらに2、3%増えていたはずだった」と悔しがる。

人口約400万人、北海道より狭い小国パナマは、輸出できるモノは農産品ぐらいしかなく、運河や港などの貿易関連、金融、観光などのサービス業で栄えてきた。パナマ運河の通行料収入は年間約24億ドル(約2700億円)。国家予算の約1割を占めており、運河の将来は国の繁栄にも影響する。

パナマ市中心部の高層ビル群。手前には昔ながらの漁船がみえる=五十嵐大介撮影

今年9月に退任するキハーノは、100年以上の歴史を持つパナマ運河の運営に44年間かかわってきた。幼少期を横浜で過ごしたこともあり、自由貿易の重要性を身にしみて感じているようだった。

「我々は(世界貿易の)長いチェーンのほんの一つのつなぎ目に過ぎず、チェーンが弱ればつなぎ目も弱る。米中摩擦のような状況が起きれば、パナマは間違いなく負ける」

幻の中国大使館

計画高層ビルが立ち並ぶ首都パナマ市中心部の南にある旧市街地「カスコ・ビエホ」。コロニアルな雰囲気が漂うこの地区にあるパナマ運河博物館を訪れると、この国が地政学的にいかに重要な位置を占めてきたかがよくわかる。

コロニアルな雰囲気が漂う旧市街地「カスコ・ビエホ」。古い建物を修復し、おしゃれなカフェやホテルが立ち並ぶ=パナマ市、五十嵐大介撮影

最初に運河の建設を担ったのは、フランスだった。だが、熱帯のジャングルを切り開く作業は、マラリアなどに阻まれ難航。その後は米国が事業を引き取り、1914年に完成させた。米国は1999年に運河の統治権をパナマに返還するまで、約100年にわたり干渉してきた。

そのパナマはいま、地政学的にも米中のはざまで揺れている。

パナマ運河の入り口に位置する、アマドール地区。太平洋に突き出した半島のつけ根に、緑に囲まれた地区がある。週末、海沿いの遊歩道を訪れると、地元の人たちの憩いの場としてにぎわっていた。南北米大陸を結ぶアメリカ橋を臨む、風光明媚(めいび)な場所だ。

南北米大陸を結ぶアーチ型のアメリカ橋を望むアマドール地区。この近くに中国大使館の建設計画があったという=パナマ市、五十嵐大介撮影

パナマは17年、台湾と断交し、中国と国交を結んだ。報道によると、その際、パナマ政府が中国の大使館の候補地として検討したのが、この地区だった。だが、地元の人にとって、長らく米軍が駐留した後に取り返したこの土地は、特別な場所だという思いが強い。「どの国の大使館だろうと、ここには作って欲しくない」。ある地元の住民はそう話す。国民からの反発が強く、政府は計画を断念した。バレラ大統領が、中国との接近にいかに前のめりだったかをうかがわせるエピソードだ。英ガーディアン紙によると、アマドール地区での中国大使館の建設をやめるよう、米国も圧力をかけていたという。

長年にわたりパナマで影響力を持ち、同国を安全保障上も重要な拠点と考えてきた米国は、いらだちを隠さない。ポンペオ国務長官は昨年10月、パナマを訪問。「中国とビジネスをやる際は、気をつけるべきだ」と警告した。

だが、パナマは中国系が人口の1割を占め、中国とのつながりも強い。米国の空白を突き、中国は中南米への影響力を強めている。米中摩擦のさなかの昨年12月、アルゼンチンでのトランプ大統領との会談を終えた習近平(シー・チンピン)国家主席は、その直後にパナマを訪問した。パナマと中国は、自由貿易協定(FTA)の締結に向けても交渉を進める。パナマの外交関係者は「我々の農産品を中国が買ってくれれば、助かる。米国との関係は大事だが、中国との距離は近くなるだろう」と話す。

運河庁長官のキハーノは「政治的なことには踏み込まない」としながらも、こう強調した。「米国の懸念は理解できるが、中国は強力な産業国であり続ける。それは一晩では変わらないし、そのことを世界は認識する必要がある」

パナマ運河庁長官のホルヘ・キハーノ。幼少期、横浜に住んだこともあるという=パナマ市、五十嵐大介撮影

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