――時代の流れによって、政治と軍事の関係が変わってきているそうですね。
冷戦時代までは、政治と軍事をはっきり切り分けることが可能だと考えられていました。パウエル元米国務長官は統合参謀本部議長時代、「戦争するかどうかは、政治家が決心すべき問題だ。しかし、戦争が始まれば、戦争のやり方は軍人に任せるべきだ」と語っていました。政治家が細かく口を出すと、戦争で敗北することもありうるという主張です。
しかし、時代の流れとともに、政治家が戦争に介入する必要が出てきました。背景の一つは、情報伝達のスピードと範囲が飛躍的に広がっているという事実です。
1990年の湾岸戦争の頃は、「CNN効果」と呼ばれました。米軍部隊がクウェートの海岸に上陸したら、CNNのカメラが待っていた、という有名な話もあります。最前線で何が起きているのか、テレビを通じて世界中に伝わりました。
次に生まれたのが「SNS効果」です。メディアがいなくても、現地に住む市民がスマホで撮影した最前線の様子がリアルタイムで世界中に流れます。非人道的な行為や大きな住民被害など不適切な動きはただちに取り上げられ、自分の正当性と相手の不当性を訴えるプロパガンダの材料になります。
現地部隊の一挙手一投足が、世界の世論を動かす戦略的な意味を持つようになりました。その意味から、政治が第一線部隊を統制すべき場面が出てきたのです。
最近では、激戦が続いているウクライナ東部バフムートの例が挙げられます。ウクライナのゼレンスキー大統領は3月6日の演説で、バフムートから撤退しない考えを示しました。
バフムートは元々、人口7万人ほどの小都市です。撤退するのか、戦闘を継続するのかは、現地指揮官に任されておかしくない場所です。しかし、バフムートでの戦闘が長期化する様子が連日、SNSなどを通じて流れ、ロシア正規軍と民間軍事会社ワグネルの不仲が取りざたされるようになりました。
ウクライナが戦闘を続ければ、それだけロシア内部に亀裂が生まれるため、戦略的な価値が生まれたのです。
――昨年末に発表された国家安全保障戦略は、従来の軍事手段に加えてサイバー戦や情報戦などを加えたハイブリッド戦争への備えを強化すべきだと唱えています。
それが、新しい政治と軍の関係を作らなければならなくなった第2の背景です。サイバー防衛や宇宙での戦い、偽情報対応など、自衛隊と各省庁、地方自治体、民間企業などが連携すべき問題がたくさんあります。
これらの分野では、中央での大きな枠組み作りが不可欠なのと同時に、現場のそれぞれの機関の連携も重要です。状況に合わせて、中央から現場に調整の権限を下ろす必要もあります。冷戦時代のように、各部署に与える権限を一度決めたら、それで終わりということにはなりません。
例えば、ウクライナ軍は、米スペースX社の衛星インターネットサービス「スターリンク」を使い、「GISアルタ」という戦術指揮システムを導入しています。ロシア軍の位置や規模などを把握し、「どの攻撃が最も効果的なのか」「攻撃後にどこに撤収すればいいのか」などを教えてくれます。
これは、住民のSNSやドローン(無人機)などで収集した情報が基礎になっています。
中央で外国政府と調整し、国内外の民間企業などの協力を得てシステムを構築したうえで、そのシステムの運用は、現場部隊に委ねられています。中央ではその後も、戦闘をモニターしながら、必要な場合には運用を統制しつつ、現場ニーズに合わせて絶えずシステムを改善していくのです。
――こうした問題を、新しく設置する統合司令部に反映させる必要があるということでしょうか。
「戦争が始まり、防衛出動を命じたら、後は統合司令部に任せれば良い」という時代ではなくなっています。現代は、平時と有事の間にグレーゾーンという状況も存在します。常に、政治と軍が緊密に連携できるシステムをつくる必要があります。
現在は、統合幕僚監部に設置された運用部が部隊の運用を指示しています。運用部の機能を強化し、新しくつくる統合司令部を統幕のなかに取り込むことも一つのやり方でしょう。
これまで、シビリアン・コントロール(文民統制)という言葉が、「政治が軍の暴走を押さえる」という否定的な意味で多用されてきました。しかし、今後はもっと肯定的に、軍事と非軍事のつながりを強化するための新しい政治と軍の関係(政軍関係)を構築していくことが必要になると思います。