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人間と協働で漁をするブラジルのイルカ、何世代も続くWin-Winの関係が乱獲で危機

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
ブラジル南東部のラグナで、漁師と漁で協働するバンドウイルカ。サンタカタリーナ連邦大学の生物学者ファビオ・ダウラ・ジョルジ氏提供 =Fabio G. Daura-Jorge/Federal University of Santa Catarina via The New York Times ©The New York Times
ブラジル南東部のラグナで、漁師と漁で協働するバンドウイルカ。サンタカタリーナ連邦大学の生物学者ファビオ・ダウラ・ジョルジ氏提供 =Fabio G. Daura-Jorge/Federal University of Santa Catarina via The New York Times ©The New York Times

ブラジル南東部のラグナの町では毎夏、漁師が回遊魚のボラをつかまえるため河口の水路に入り、投網をする。水が濁っていて、魚影が見えにくい。しかし、漁師は意外なところから助っ人を得ている。獲物を網のほうへと追い込んでくれるバンドウイルカだ。

(漁師とイルカという)2種の捕食者は、何世代にもわたって漁で協働してきた。

「イルカと一緒に漁をする体験は、よそにはないものだ」とラグナの漁師ウィルソン・F・ドスサントスは言う。これまで50年間、イルカの傍らで網を投げてきた。彼は15歳の時、漁をする父親にコーヒーや食料を届け、水中のパートナー(イルカ)が漁をする様子を見てこの方法を学んだ。イルカとの協働は「一家の収入に役立つ」と付け加えた。一緒に捕らえた獲物を人間が食べるからだ。

「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」で1月30日に発表された研究で、ブラジルの科学者チームは、イルカも協働することで人間と同じぐらい恩恵を得ている可能性があると報告した。人間と一緒に漁をするイルカは、この地域に生息する他のイルカよりも長生きするようなのだ。

「一般的には人間と野生動物との協力は、地球規模でみても珍しい現象だ」とマウリシオ・カントールは言う。米オレゴン州立大学の生物学者で、この研究論文の筆者の一人だ。「通常は人間が利益を得て、自然界の側がその犠牲になる。ところが、この(人間とイルカとの)協働は150年以上にわたって続けられてきた」

人間は何千年もの間、他の種と協働で食料を見つけてきた。アフリカ南東部のハニーガイド(訳注=キツツキ目の野鳥「ノドグロミツオシエ」。人をミツバチの巣に導く習性がある)や、オオカミと一緒に狩りをすることで知られるアメリカ先住民などだ。イルカと共に働く投網漁師の存在は、ブラジルに限ったことではない。この種の漁はモーリタニアやミャンマー、インドでも行われている。しかし、ラグナのバンドウイルカのケースが最も有名だ。ブラジルのサンタカタリーナ連邦大学(UFSC)の生物学者で今回の研究論文の筆者でもあるファビオ・G・ダウラ・ジョルジによると、地元ラグナで協働するイルカ約60頭の群れは、2007年以来、系統的に観察されてきた。2017年に、研究チームはGPSやドローン、ソナー(音響測深機)を使ってボラとイルカの両方の監視を始めた。

研究チームは、イルカが合図を出すことを突き止めた。通常、突然深く潜る。それが獲物を漁師の網が届く範囲に追い込んだという合図だ。カントールによると、調査期間中に成功した漁獲の86%は漁師がイルカの行動を察知した結果だった。注意深い観察とタイミングがカギになる。網を投げるのが遅かったり、イルカの合図を見逃したりすると、漁が成功する可能性は低くなる。

イルカの方もまた、えさを捕るタイミングを注意深く計っている。研究チームは、ハイドロフォン(水中聴音機)を使って、イルカが物体の位置を知るために発するクリック音を測定した。漁網が海水面に当たるとこの音の割合は増加する。漁師の投網で漁がうまくいくと、イルカは方向感覚が混乱したボラに向かっていったり、網から何匹か引き抜いたりした。漁師が投網のタイミングを逸するか、イルカの合図に反応できなかった時は、イルカは(エサになる魚へ)襲いかからなかった。

「イルカたちは、自分が何をしているかがわかっているのだ」とダウラ・ジョルジは言う。「漁師の行動を利用して、積極的にえさを捕っている」

A photo provided by Alexandre Machado shows fishermen in Laguna, in southern Brazil, as they wait for bottlenose dolphins to approach. Bottlenose dolphins, which help Brazilian fishermen by pushing prey toward their nets, seem to live longer than other dolphins in the area do, scientists reported. (Alexandre Machado/Universidade Federal de Santa Catarina via The New York Times)
ブラジル南東部のラグナで、バンドウイルカが近づいてくるのを待つ漁師たち=Alexandre Machado/Universidade Federal de Santa Catarina via The New York Times ©The New York Times

人間もまた、鋭い観察者であることが判明した。漁師たちは、イルカと魚がいかに行動するかについての豊かな経験を研究者と分かち合った。彼らは漁の良き相棒になるイルカの見分け方を知っていた。相棒のイルカが出すクリック音を聞き分け、イルカが「鳴く」と自分たちの脚で振動を感じる、と研究者に話した。

この戦略はイルカ側にも明らかなメリットがある、とカントールは言っている。人間と協働して(エサになる魚を)捕獲するイルカは、大人になるまで生き延びられる可能性が13%高い。協力的なイルカは、人間と分かち合う漁場の近くにとどまる傾向があったが、水域を広範囲に移動するほかのイルカは違法な漁網に絡まってしまう可能性が3倍高かった。

カントールによると、この協力関係は人間とイルカの双方に恩恵をもたらすが、こうした慣行はここ10年間に減少してきた。営利重視の操業がブラジル南部でボラの乱獲を招いているためだ。魚の個体数が減少するにつれ、個々のイルカと漁師が協働して漁をすることが減ってきた。

ダウラ・ジョルジによると、この協働システムは双方がそれぞれ相手の合図を注意深く理解することで成り立っているため、関係が壊れるのも簡単だ。ラグナのバンドウイルカは相棒というより競争相手に見えてきて、一層の脅威にさらされる可能性があるのだ。

「漁師とイルカの文化的伝統を守ることは両者の協働の維持に欠かせないし、イルカの個体数を保全するためにも重要だ」と彼は指摘する。

大規模なボラ漁の規制と違法漁業の取り締まりで、十分な魚の回遊量を確保できるだろう、とカントールは言っている。ドスサントスをはじめとするこの地域の漁師たちも、地元の誇りという観点から、また、観光客を誘致するためにも、この活動に力を入れている。

「協働の慣行は物質的な利益を超えた交流だ」とカントールは言う。「文化の多様性を維持する取り組みは、間接的に生物の多様性を維持することにもなる」と彼は付け加えた。(抄訳)

(Asher Elbein)Ⓒ2023 The New York Times

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