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激減していたピンクイルカ、再び香港に フェリーの運休が吉と出た

ニューヨークタイムズ 世界の話題
Staff members of the Hong Kong Dolphin Conservation Society on the lookout for Chinese white dolphins in the waters near Hong Kong on March 5, 2021. The species, also known as the pink dolphin for the flush coloration it gets while swimming actively in warm waters, is found through much of coastal south China and Southeast Asia. (Lam Yik Fei/The New York Times)
香港の沖合に船を出し、シナウスイロイルカ(ピンクイルカ)の調査をする香港イルカ保護協会のスタッフ=2021年3月5日、Lam Yik Fei/©2021 The New York Times。コロナ禍で高速フェリーが運休し、静かになった海にはイルカがよく姿を見せるようになった

香港の西端に近い丘、虎山に登ると、素晴らしい景色を背にした自撮りを楽しめる。沈みゆく夕日。珠江にかかる新しい橋の輝き。近くの空港に降りていく飛行機だってある。

楽しみは、それだけではない。漁船や貨物船が行き交う眼下の海を、よく見てみよう。運がよければ、乳白色がまじる淡い緑の波間に、シナウスイロイルカがいるかもしれない。

「香港に、こんなに珍しい動物がまだいるなんてすごい」。最近も、そう驚きながら、虎山の眼下の光景に見入るミシェル・チャンの姿があった。

1頭のイルカを、観光客を乗せた6隻の船が取り囲んでいた。近くの漁村、大澳(タイオー)の遊覧船だ。イルカが水面から跳びはねると、歓声があがった。

このイルカは、暖かな海で活発に泳ぐと、体が紅潮することからピンクイルカとも呼ばれる。生息するのは、主に中国南部から東南アジアにかけての沿岸海域だ。

香港では、(訳注=見ると幸せになるともされ)とくに好まれている。あちこちにこのイルカの像があり、学校の授業でも取り上げられる。1997年に香港が英国から中国に返還されたときは、式典の公式マスコットにもなった。

しかし、生息域の珠江デルタでは、常に生存を脅かされてきた。香港や珠海市など人口数百万もの都市をいくつも抱え、珠江水系の貨物輸送量は(訳注=長江水系に次ぐ)世界2位にもなる。しかも、埋め立てなどの開発が、容赦なく続いている。

このため、香港のピンクイルカの個体数は、この15年間に最大で80%も減った――地元の15の自然保護団体や大学が共同で出した報告書は、こう推定している。環境汚染や海上交通、大規模な埋め立て事業が生息環境をどんどん悪化させたからだ。

とくに、香港国際空港の新しい滑走路と、香港と珠江の西側とを結ぶ(訳注=世界最長の)海上橋という二つの大工事の直撃が厳しかった。最も好む生息域をズタズタにされたピンクイルカは、ほとんど姿を消してしまった。

A Chinese white dolphin, with a signature pinkish hue, in the water near Hong Kong-Zhuhai-Macau Bridge in Hong Kong on March 5, 2021. The marine mammals have maintained a precarious existence in the Pearl River Delta, which has the world
香港とマカオを結ぶ世界最長の橋の近くに現れたピンクイルカ=2021年3月5日、Lam Yik Fei/©2021 The New York Times。よく見かけられるようにはなったが、生息数はこの15年で激減しており、まだ回復の兆しとまではいえそうにない

ところが、コロナ禍で状況が変わった。追い詰められたピンクイルカに、少しは休息がもたらされるのではないかという望みが出てきた。

この地域の移動・旅行規制で、珠江デルタをよぎって香港とマカオを結ぶ高速フェリーが運休になった。毎時数本もの運航は、イルカにとっては最も大きな脅威の一つになっていた。

「船舶の航行はすべて問題となるが、高速フェリーはとくに危険だ」と国際NGO世界自然保護基金(WWF)香港の海洋自然保護部門を率いるローレンス・マクックは指摘する。

「高速なので、衝突のリスクがあるだけではない。イルカは逃げねばならず、物理的にも平穏な環境をぶち壊している」

そこに、今回の運休。イルカは、大好きな場所の一つでの平和な暮らしを、少しずつ取り戻しているようだ。

「われわれの観察記録には、高速フェリーの運航ルートになっていたところにイルカが戻ってきたことが、はっきりと出ている」とマクックは語る。「開発で様変わりしたとはいえ、ここも最適な生息域ということなのだろう」

確かに、虎山の沖合でも、イルカが姿を現す回数が増えた。ただし、それは自由に泳ぎ回れる好きな場所の範囲が広がったということにとどまるようだ。残念ながら、生息数が増加に転じる兆しとまではいえない、と専門家は見ている。

Fishing under the Hong Kong-Zhuhai-Macau Bridge near Hong Kong on March 5, 2021. The number of dolphins in Hong Kong have declined by as much as 80 percent over the past 15 years, according to a report by 15 conservation groups and regional universities, as pollution, marine traffic and large-scale land reclamation projects have made the environment increasingly hostile. (Lam Yik Fei/The New York Times)
ピンクイルカが現れた近くには、橋脚から釣りをする人もいた=2021年3月5日、Lam Yik Fei/©2021 The New York Times。釣り糸がからんでイルカがけがをすることもあるようだ

「パンデミックが野生の生物に恩恵をもたらしたというニュースを人間は聞きたがる。でも、イルカからすれば、そんな単純な話ではない」と香港イルカ保護協会の副会長ビンセント・ホーはいう。さまざまな問題が、山積しているからだ。

ホーは同僚たちとともに定期的に船を出し、水域を碁盤の目に区切って、きめ細かなイルカの目視調査を続けている。

出発地点は、香港国際空港の近く。かつては、そこもイルカがよく集まる場所だった。しかし、新しい橋を建てる埋め立てで失われてしまった。代償として香港政府は海洋公園を造ったが、イルカはなかなか戻ってこない。新しい滑走路の建設が続くことが響いているようだ。

「この橋のようなプロジェクトがあるたびに、当局は海洋公園を設けて取り繕おうとする。でも、そんなことでは手遅れもいいところだ」とホーは批判する。

最近の調査で、最初に見つけたのは識別番号WL79のイルカだった。尾の近くにあるV字形の刻み目で、すぐに分かる。釣り糸か漁網がからまってできたと思われる。

「個体を特定できると、その生活史を追えるようになる。どのあたりを好むのか。子供ができたのか」。そこまで話すと、ホーはため息をついた。

「とくに、子供は重要だ。ピンクイルカの繁殖率は低く、とても心配だ。健全な生息数を保つようにするためにも、子イルカの姿を見たいが、香港では確認できていない」

生まれたばかりのピンクイルカの体は灰色だ。成長するにつれて色が明るくなり、残った暗い色の部分が特徴的な模様になる。中には、そんな模様すら消えてしまう個体もある。

母子が一緒に暮らすのは3年から4年。ときには、8年から9年にもなる。寿命は30代までとされる。

このときの調査では、すぐに成体のWL168の確認が続いた。背中に大きな傷痕がある。15マイル(約24キロ)南西のマカオ付近でも目撃されており、この水域のイルカたちが政治的に引かれた境界線にとらわれずに泳ぎ回っていることが分かる。

イルカは、何種類もの魚を食べている。灰色ボラなど香港の市場で見かけるものと同じだ。しかし、こちらにも乱獲という心配のタネがあるとホーは語る。

それに、環境汚染という難敵がいる。農工業や都市の排水。船舶からの汚水。プラスチックゴミ・・・。汚染源は、実に多い。

加えて、イルカ・ウォッチングの遊覧船までが、ストレス源にもなっているようだ。大澳から競うようにしてやってくる。20分ほどで現場に着くと、イルカを探し回る(料金は1人25香港ドル)。

そんな中で自然保護団体が期待するのは、高速フェリーの運休でイルカの生息環境が好転したことが、運営会社や地元当局の考えを変える引き金になってくれることだ。具体的には、運航ルートの変更だ。

もう少し南側にずらせば、香港で一番大きな島、(訳注=香港国際空港や大澳がある)ランタオ島付近のピンクイルカの重要な生息域を迂回(うかい)できる。航行時間も、ほんの数分長くなるだけだ。

これが、イルカを脅かす多くの要因の一つを和らげるだけにすぎないことは、もちろん承知している。

「高速フェリーのルート変更は、すべてを解決する万能薬ではない」と先のWWF香港のマクックはいう。

「でも、それが他の改善策につながるかもしれないという期待がある。ピンクイルカの喪失は、まだ既成事実ではない。それを、なんとかここではっきりとさせておきたい」

(抄訳)(Austin Ramzy)©2021 The New York Times

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