一般的なバンドウイルカは頻繁にセックスをする。おそらく、1日のうちに複数回交わる。交尾はほんの数秒間だが、社会的な絆を維持するためのソーシャルセックスはもっと長い。
それは頻繁に起き、異性や同性、体の一部の組み合わせもある。なんでも起こり得るし、最新の研究では、オスもメスもおそらくそこから快楽を得ている。
学術誌「Current Biology」に1月に掲載された論文によると、メスのバンドウイルカはクリトリス(陰核)で快楽を得ている可能性が非常に高い。
この研究結果は、バンドウイルカの研究者たちとっては驚くほどのことではない。
「私が唯一びっくりしたのは、私たちが科学者として基本的な生殖の解剖学的構造を考察するまでに時間がかかったことだ」
陰核の件で、米海洋大気庁漁業局(NOAA)の生態学者サラ・メスニックはそう語った。
彼女はこの研究には関与していない。論文の執筆者2人について、「(研究には)優秀な女性のチームが必要だったのだ」と付け加えた。
「人間は快楽のためにセックスをするという点でユニークだと多くの人が思っている」
米ミネソタ大学の研究者ジャスタ・ハイネン=ケイも今回の論文にはかかわっていないが、電子メールで回答を寄せ、「この研究は、多くの人たちが思っていたことへの挑戦である」と書いた。
海洋哺乳類の生殖器の解剖学的構造についてもっと知ることは、海洋哺乳類の生存に大きな意義があるとメスニックは言っている。「こうした動物の社会的行動を知れば知るほど、その進化をより理解し、管理や保護にもっと役立てられる」と指摘した。
これまでを振り返ると、研究者たちはオスの生殖器に焦点を当ててきた。これは、オスに対する偏見や性淘汰(とうた)におけるメスの選択権に対する偏見、さらには突き出た部位を研究する方が容易だという事実に突き動かされていたのだ。
ハイネン=ケイは「メスの生殖器は単純でおもしろくないと考えられていた」と述べ、「ところが、メスの生殖器を研究すればするほど、まったくそうではないことがわかってきた」と言う。
彼女は、この変化は女性研究者が増えてきたこととも関係があるかもしれないと付言した。
今回の研究論文の筆者の一人で、米マウントホリヨーク大学の進化生物学者パトリシア・ブレナンは、イルカの膣の研究を経て陰核の研究を深めていった。
彼女とテキサスA&M大学の生物学者で論文のもう一人の執筆者ダラ・オーバックはすでに、メスのイルカがペニス(陰茎)をうまくおさめておくヒダ状の膣がいかに精巧かを明らかにしていた。
この内部構造によって、メスはどのオスの精子を自分の卵子に受精させるかを選択することができる。
ブレナンとオーバックが2016年にイルカの膣の研究を一緒に始めたとき、2人は入手できる限りの多くのヒダ状の膣を解剖して調べた。
彼女たちは地元の座礁ネットワークに依頼し、さまざまな腐敗状態にある座礁したクジラ目の凍結組織を何年にもわたって手に入れてきた。
彼女たちが、その標本を流し台で解凍すると、温まった肉からしばしば悪臭が漂ってきた。ブレナンは「私は菜食主義者でほんとうに良かった。だって、(あの臭いをかいだら)二度と肉を食べられないと思うはずだから」と話していた。
養殖カキのように、解剖したイルカの膣はどれも広がって、ある種の宝物をあらわにした。まぎれもなく、ある陰核は単3電池ほどの大きさで、色はスパム(缶詰の豚肉)のようだった。
「開くと、大きな陰核が目の前に現れる」とブレナンは言う。
彼女たち研究者は11頭のバンドウイルカの陰核を解剖し、その組織をマイクロCTスキャナーで調べた。分析の結果、血液で膨らみ得る勃起組織など陰核の機能の兆候がいくつも明らかになった。
また、勃起組織の周りの結合組織の帯も突き止めた。この帯は陰核の充血とその形状の維持を可能にするものだ。陰核はイルカが成体になるにつれ形が変化する。これは性的成熟に関連する機能があることを示唆している。
CTスキャナーによる分析で、陰核組織は異様に大きな神経――直径で最大0.5ミリ――と膜直下に感覚を高める非常に多くの自由神経終末があることがわかった。
そして、陰核膜自体は厚さが隣接する生殖器の膜の3分の1で、とても刺激されやすいようになっていた。
ノースカロライナ州立大学の進化生物学者ブライアン・ランゲルハンスによると、こうした観察はメスのイルカが触覚刺激に対して快感反応を起こす「いくつかのすばらしい示唆的な証拠」を提示している。
彼はこの研究には関与していないが、この仮説を証明するためにはもっと研究が必要だとも言っている。
しかし、イルカの性を実験室で研究するのは簡単ではない。野生状態でもそうだ。
人間その他の霊長類に関連する快楽の生理学的な兆候――声を出したり、顔をゆがめたり、目をクルクルさせたり、あえいだりすること――は、イルカのそれとはまったく異なって見えるかもしれない。
「イルカの体は人間とは非常に異なるし、顔もすごく違う」とブレナンは言う。
「どうしたらわかるのか?」。ランゲルハンスとメスニックの2人は、クジラ目の他の種との比較研究の必要性を示唆した。
「彼らはもっと単独行動が多い種や、外洋ないし深海に生息する種で、同タイプの解剖学的構造を見つけようとしているのだろうか?」とメスニックは問う。
たとえば、オスとメスがそう頻繁には交尾しない種にとって、快楽的な陰核はさほど有用ではないかもしれないからである。
ブレナンは、動物界全体の陰核を研究することを望んでいる。彼女の研究室にはすでに、シャチの陰核の入ったビンがある。
海洋性動物の陰核で、いまもっとも興味深いのはシロナガスクジラのものではないか。「シロナガスクジラはすべてが大きい」とブレナンは言い、こう続けた。
「シロナガスクジラには陰核がついていることに百万ドルを賭けてもいい。その陰核は巨大なはずだ」(抄訳)
(Sabrina Imbler)©2022 The New York Times
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