ゆっくり、やさしく自然に還りたい 西海岸シアトル生まれの「自然有機還元葬」とは
いったいどんな葬法なのか、誰が、なぜ発明したのか、どんな人が希望しているのか……。創業者らも予期していなかった広まりをみせています。
「どうぞ、触ってみて」
米西部ワシントン州シアトルの葬儀社「リコンポーズ」の代表カトリーナ・スペードさん(45)が差し出した小さな箱をのぞくと、腐葉土を乾燥させたような薄茶色の土が見えた。
一握り、手に取ってみる。
ザクザクとした触感で軽く、パラパラと簡単に手から離れるほど乾いている。顔を近づけてみると、深い森の中のような、土の良いにおいがした。
「約2カ月かけて自然に還った、実際の人物からできた土です」
シアトル市街地から車で10分、倉庫や工場が立ち並ぶ工業地域に2022年12月、同社を訪ねた。
物流センターだったという広い空間に、白い金属製の六角柱が蜂の巣状に組み合わさった「壁」がそびえ立つ。六角形一つ一つに丸いふたがついており、さながら、おしゃれなカプセルホテルに見えなくもない。中には筒形の装置が収まっている。微生物による遺体の分解を人工的に促す「還元葬」を行う装置だ。
「装置の主な役割は三つ。温度管理、酸素供給、そして回転させること」
最適な比率に計算されたウッドチップやアルファルファ(糸もやし)、わらを敷き詰めた棺に遺体を安置し、上からもわらなどで覆って装置に納める。すると微生物が分解を始め、およそ一日で内部の温度は約65度まで上がる。コンピューター制御で内部の空気を循環させ、温度や湿度を管理する。しばらく高温が続き、この間に病原菌は死滅する。1週間ほどで温度が下がり始めたら、隅々まで酸素が行き渡るよう超低速で数時間、筒形の装置ごと回転させる。
「人工的に熱を加えたり、内部をかき混ぜたりはしません。微生物の力で、自然な形で土に還るのです」
1カ月ほどで柔らかな土と骨だけの状態になり、体積は約3分の1に。法律で、遺骨は骨とわからない状態にすることが定められているため、取り出して機械で細かくした上で戻し、人工関節など体内に残されていた金属類はこの時点で回収される。約1立方メートルの容器に移し、2〜4週間ほど乾燥させる。
こうして、科学的にも安全で肥沃な「土」ができる。家族らは一部を手元に残したり、庭で木や花を育てたり、保護林へ寄贈することもできる。
スペードさんがこの葬法を考え始めたのは2011年、建築士をめざして大学院で学び始めたころ。幼い息子の成長の早さを見て、ふと、自らも年をとっていると気づいた。「生き物はみな、いつか死ぬ運命にあると感じた瞬間だった」
北米の一般的な土葬は、エンバーミング(防腐処理)を施して、木製や金属製の棺に納め、コンクリートや金属で土中を補強して埋葬する。「土葬」と言っても基本的に遺体は長い間、土に触れすらしない。エンバーミングの薬剤や、地中に埋められる大量の木材や金属などによる環境負荷への指摘もある。一方で火葬は化石燃料を使い、二酸化炭素を出す。
古くからある葬法として、エンバーミングや土に還らない棺を用いず、天然素材で包んで直接地中に埋める「自然土葬(natural burial)」もあるが、「私が生まれ育ったニューハンプシャー州の田舎ならできるけど、人口の多い大都市では不可能に等しい」
農家が長年行ってきた家畜の堆肥化をヒントに、都市部でも可能な環境負荷の少ない葬儀システムの研究を始め、2017年にリコンポーズを設立。実現には州法の改正が必要とわかると、大学と試行研究を行って安全性を証明するなど、合法化を訴えた。
ワシントン州は2019年、こうした葬法を「Natural Organic Reduction(自然有機還元葬)」と定義し、認める法律を制定。2020年5月に施行した。スペードさんたちはこの葬法を「ヒューマン・コンポスティング(人間の堆肥化、堆肥葬)」とも呼ぶ。「この葬法を正確に言い表している言葉だから。まぁ、ちょっと正確すぎるっていう人もいるけど……」
リコンポーズでは2020年12月以降、200件超を行った。基本料金は7000ドル(約90万円)。350ドルの追加で装置に納める前の葬儀もできる。
環境関連のIT企業で働くニーナ・ショーンさん(52)は生前契約者の一人。スペードさんがリコンポーズを立ち上げる前から彼女の計画に賛同し、ボランティアとして合法化の呼びかけにも関わった。「初めてカトリーナの講演を聴いたとき、たちまち、私の望む方法はこれだと感じた。感動で手が震えるほどだった」
動物病院で働いていた20代のころ、多くの死に立ち会った。飼い主たちは、愛するペットの旅立ちの後、悲しみの中にも、病やけがから解放された姿に安らかさを感じていた。死とは恐れるだけのものではなく、安らかなものになり得るのでは。そんな当時の記憶がよみがえってきたという。
「土に還るということが、いずれにしても私の肉体に起こる運命だということ。新しい命を育むものに変化するということ。何より響くのは、あらゆるものが急ぎ足の今日の世界で、一晩で消えて無くなるのではなく、ゆっくりと土に還るということ。それがただただ美しい」
こうも続けた。「私の望みは土に還ること。その時点で私ではなくなる。土を家族や友人がどうしようと、私は幸せ」
シアトル南郊のオーバーン市にある「リターン・ホーム」も、還元葬を行う葬儀社だ。広告会社などを経営してきたマイカ・トルーマンさん(52)が2021年6月に開業。基本料金は4950ドル(約65万円)で、これまでに約130件を行ってきた。
微生物の働きで分解を促進するという基本的な仕組みは同じだが、同社の装置は、縦・横1メートル、奥行き2.5メートルの上開きの業務用冷凍庫のような形で、そのまま棺になる。3段の棚に並び、天井から伸びるパイプが74ある棺一つ一つにつながって、空気を循環させている。
「何か新しいことを始めるときの最大の難関は、誰も信じてくれないということ。だから説明が必要なんだ。私たち葬儀業界の一番の罪は、『隠す』こと。この新しい技術に必要なのは透明性だ」
トルーマンさんは還元葬のプロセスが進行中の棺一つ一つを示しながら説明を続けた。
温度や湿度はコンピューターで管理され、どの棺がどんな状態にあるのかすぐにわかる。「37番の棺は華氏103度(摂氏約39度)で、ゆるやかに温度が下がり始めたところ。今月末に装置ごと回転させる予定になっている」
促されて棺の側面に手を当ててみると、じんわりと温かい。顔を近づけてもにおいはまったくなく、わずかに換気の音がした。
「必要なのは空気を循環させるわずかな電力だけ。対して米国の火葬は30ガロン(約113リットル)の燃料を使う。いかに火葬がエネルギーと人体が持つ可能性の無駄遣いかわかるでしょう」
ある装置は、横一面が小さな女の子の写真や蜂のイラストで埋め尽くされ、上にはアルファベットの「L」「I」「V」の文字の飾りが置かれていた。リブという名の、蜂が大好きな5歳の女の子が、ゆっくりと自然に還っているところだった。隣の装置には、いくつもの天然石の置物が並んでいた。前日に葬儀が行われた、18歳の少年の棺だった。
「葬儀に参列した友人の一人が、肩ほどまであるウェーブのかかった自分の髪を耳の辺りまでばっさりと切り、棺に納めた。友人たちも彼に続き、次々に髪を納めていった。とても、とても心動かされる瞬間だった」。トルーマンさんがかみしめるように言った。
同社では、装置の中で分解が進む約1カ月の間、家族や友人の訪問を歓迎する。開業間もないころ、妻の葬儀を終えた男性が2杯のコーヒーを手に突然やってきたのがきっかけだった。
「妻に会いに来たんだ」と、1杯を装置の上に供えた。まったく想定外のできごとだった。
以来、装置のそばに椅子やテーブルを用意して音楽を流し、森をイメージしたパネルを設ける。実際、多くの家族や友人が訪ねてきた。10人ほどのグループがやってきて、棺の中の友人とランチをしていったこともあるという。
「この国の葬送は(とにかく手早く済ませることを求める)マクドナルドのハンバーガーのようになってしまった。人が亡くなると、遺体はすぐに葬儀屋が連れて行き、遺灰の包みが届けられる。この新しい葬法には、家族や友人らが『参加する』ことが重要だと感じる」
還元葬はコロラド、オレゴン、バーモント、カリフォルニア、そして2022年末にニューヨーク州でも合法化された。
土葬か火葬が主だった葬法に、なぜいま変化が起きているのか。リコンポーズのスペードさんは、二つの背景を挙げる。
「一つは、ベビーブーム世代が年を重ね、親の葬儀を経験したこと。商業化、パッケージ化された現代の葬法が最善のものなのかと疑問を抱くようになった」
もう一つは気候変動対策が喫緊の課題と考える主に若い世代の動きだ。リコンポーズの生前契約者およそ1200人のうち50歳以下が4分の1を占めるという。
「火葬が文化や宗教的な意味を持つ人々にとっては、火葬は全く適切だと思っている。でもこの国ではいま、多くの人々が特別な意味があるからではなく、ただ簡単だからとか、安いから、という理由で火葬を選んでいる。私たちは、人々が意識的に選ぶことの出来る『別の選択肢』を広めたい」
「環境的な選択肢」という側面だけを見てしまうと、進歩主義やリベラル派だけが好むものだと決めつけられかねない、ともいう。だが装置の中で何が起こっているのかをきちんと理解してもらえば、反応は変わる。とても急進的に見えるかもしれないが、よく考えれば、極めて自然な方法なのだと、スペードさんは強調する。
実際、スペードさん自身も驚くほどに、様々な人がリコンポーズを訪れている。「環境保護に熱心でプリウスに乗るような人ばかりではない。リベラルも保守も、カトリックもユダヤ教徒もいる。多くの人にとって、信仰や信条と、『自然に還る』という考えは共存できるのだと思う」