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「戦争は人々を内側から壊す」首都キーウにとどまるウクライナ人ジャーナリストの告白

ウクライナ侵攻1年 更新日: 公開日:
ウクライナ人ジャーナリストのマルゴ・ゴンタールさん。背後に見えるのはロシア軍の攻撃から守るために土囊や保護材で囲われたウクライナの作曲家ミコラ・リセンコ像=キーウ中心部、本人提供
ウクライナ人ジャーナリストのマルゴ・ゴンタールさん。背後に見えるのはロシア軍の攻撃から守るために土囊や保護材で囲われたウクライナの作曲家ミコラ・リセンコ像=キーウ中心部、本人提供

自分を守るため、破壊の痕跡を脳が「正常化」する

――ウクライナの分離独立紛争はこの1年でロシアとの全面戦争に発展してしまいました。

私が「ストップフェイク」を共同設立したのは2014年でした。ウクライナ国内でも、2022年224日の侵攻開始と、(クリミア併合と東部紛争が始まった)2014年とを区別しようとする動きがあるけれど、私はこの戦争は2014年に始まったという認識です。このときから多くの問題が起きたし、とても長い期間に及んでいます。

それでも、昨年2月、首都キーウの上空をミサイルが飛び、ロシアの戦車がうちの近所を走っているのを最初に見聞きした時の衝撃は非常に大きかったです。衝撃の大きさに自分自身が変わってしまったと感じます。

それまで、私はナイーブにも自分が取材を続けてきた戦争を「知っている」と思っていましたし、周囲にもそう語ってきました。でもそれは、自分が暮らす町が攻撃されているわけではないから、「実際は何も起きていない」と自分自身に無理やりにでも思い込ませることができていただけだったのです。もちろん実際に戦争が起きているのは分かっているのですが、頭の中で、状況を「正常化」させていました。おそらく、私の脳が、私自身を守るためにそう思わせてきたのだと思います。

でも、自分が暮らす町が攻撃で破壊されて、たとえば、遠足や仕事で子どもの頃から何度も訪れたことのある首都キーウのテレビ塔が破壊された映像を見ると、頭が必死で「正常化」しようとしてもダメでした。そして「恐怖」などという言葉では言い表せない衝撃が襲ってきました。

オンラインで取材に応じたウクライナ人ジャーナリストのマルゴ・ゴンタールさん
オンラインで取材に応じたウクライナ人ジャーナリストのマルゴ・ゴンタールさん

つい先日も、キーウから西へ幹線道路を運転していく機会がありました。ロシア軍が昨年2月に侵攻してきた町に入りました。そこで破壊された家々を見ました。私の脳は「前から壊れていたんだ」と正常化しようとしますが、砲弾で開いた大きな丸い穴はロシア軍との戦闘以外では説明が付かないわけです。

キエフ近郊は、ロシア軍の進軍を阻止するためにウクライナ軍が決壊させたダムの水で、一面がため池のような、それまでの風景とはまったく違った景色になっています。ロシア軍の戦車が水に沈んでいます。奇妙な風景だなと感じるのですが、脳は一生懸命「何事もなかった」と思わせようとします。

すでに復興・復旧が進んでいる所も多いです。そこにいるウクライナ人に聞けば、「(戦闘の痕跡を)気にとめていない」と言うでしょう。脳が全力で「気にとめない」ように仕向けているのだと思います。 

自分の目や耳で感じた情報を、自分の脳がここまで「隠蔽(いんぺい)」する体験をこれまでの人生でしたことがありません。

家の真上で大きな爆発音がして目が覚めても、それがほぼ間違いなくロシア軍の攻撃を防空システムが撃墜した爆発音だと分かっていても、「あれは2階からの物音だから安全だ」という脳からの強力な説明を信じて、心を落ち着かせるのです。

増す疲労、戦争は自分の存在そのものへの脅威

――今はどんな心境ですか。

(戦争状態に)慣れるとか、適応すると言う人もいるでしょうけれど、私はそうは思いません。その証拠にとても疲れて、消耗しています。こんな状況に慣れるなんて自然にはできません。なぜなら戦争は、私という存在そのものへの脅威だからです。

私の場合、消耗状態は2014年に戦争が始まった当初からですが、昨年224日の侵攻以降は、その度合いがどんどん強くなっています。数日とか1週間で疲れ切ってしまい、また充電してということの繰り返しです。

停電は首都キーウでもしょっちゅう起きているという。停電した日はガスレンジでコーヒー用のお湯を沸かす=ゴンタールさんのツイッターより

「自分は無敵」そう思わないと平静でいられない

――ウクライナ国内にいる人々の様子はどうですか。

答えは人によって違うと思いますが、私の友人が指摘していたのは、人々が他者に対して思いやり深くなった一方で、神経質にもなっているということです。 

なにより、私には人々が疲れ切っているように見えます。これこそロシアの戦術ですが、状況が人々を疲弊させています。人々はそれぞれの方法で対処しようとしています。なぜなら、この状況が、自分の意思で終わらせられるものではないからです。

私の友人の中には、ウクライナ国外とか、ウクライナ西部の都市など自分がより安全だと思えるところで一定期間、過ごす人もいます。絶えず周囲の状況を「正常化」しようとする頭のスイッチを切るためです。実際(スイッチを切るせいで)、ウクライナ国内にいるよりも、国外にいる方が(戦争に対する)恐怖を感じるそうです。

空襲警報が鳴ると、多くの人が地下鉄駅構内に避難するという=ゴンタールさんのツイッターより

ウクライナ人が、空襲警報が鳴ってもパニックに陥らないのは、人々がバカだからでも、生きていたくないからでもありません。警報が鳴るたびにいちいちパニックになっていたら、自分の人生を生きられないからです。

もちろんストレスは感じています。とにかく、そのストレスに対処したら、残りの力を使って自分の人生をできるだけ楽しもうとしています。街に出れば人々は笑っています。知り合いの中には、毎日をはちゃめちゃに楽しんでいる様子を投稿している人もいて、私は同じようにはしないけれど、興味深いと思っています。自分自身を守ろうとする脳の奇妙な作用によって、きっと自分が無敵のように感じているのでしょう。「何も起きないから万事OKだよ」と。

実際に町がロシア軍に占領されたり、捕虜になったり、暴行されたりして、自分が「決して無敵ではない」と分かっている人たちがどう感じているかは、私には想像すらできません。

とにかく、ウクライナ人が勇敢に、無敵のようにふるまう理由は、それがなんとか生きていく唯一の方法だからです。他に選択肢がないのです。厳密に言えば、いつ何時攻撃されて死んでもおかしくない状況が続いています。気がおかしくならないでいるためには、それについて考えないようにするか、「自分は大丈夫」と思い込むしかないのです。

戦争は人々の内面を破壊するエイリアンのよう

その反動もあります。平穏な状況の中で落ち着いていられないのです。家から30分以上の遠出をすると、不安になり始めます。いま空襲警報が鳴ったらどうしよう、一番近くのシェルターはどこだろうと頭が勝手に考えを巡らせ始めます。悲しくないのに涙が止まらなくなることがあります。感情がジェットコースターのようになります。空襲警報を聞くと、恐怖を感じるわけではないけれど、気分が悪くなります。 

戦争に身を置いていない人は、私が投稿したキーウ市内の動画を見て、「血を流している人も、爆弾で吹き飛ばされている人もいないから、戦争じゃない」と思うかもしれません。

「一緒に歩いて」。キーウ市内の日常を撮影した動画=ゴンタールさんのツイッターより

でも、戦争は映画の『エイリアン』みたいなものです。悪夢が一人一人の中にとりついて、とどまり続け、内側から破壊するのです。そして、平和しか知らない人と話したとき、自分の中に戦争が生き物のように巣くっていることに気づきます。不公平だと思ったり、自分を気の毒に感じたり、たくさんの感情が噴き出すのです。ですから、戦争は外からは見えないかもしれませんが、一人一人が内面に抱えているのです。

祖国を守りたい そのために日常を続ける

――ロシアによる全面侵攻からまもなく1年になりますが、さらなる大規模攻撃が行われるだろうという観測もあります。人々はどう対処しようとしているのでしょうか。

2014年からロシアを監視している私としては、記念日が近くなるとロシアがそういう行動に出るだろうということは予想がつきますし、驚きません。

つい自分の感覚をまひさせてしまうのですが、ロシアによる大規模攻撃はすでにウクライナ東部で始まっています。そして言いたくもないことだけれど、さらなる攻撃があるでしょう。どれだけひどいことが起きるか、想像もできません。そして、そのことをウクライナの人たちはあまり口にしません。

ゴンタールさんの弟ミーシャさんは約2年前にウクライナ軍に入隊し、現在も通称「ゼロライン」と呼ばれる前線でロシア軍との戦闘に加わっている=ゴンタールさんのツイッターより

脅威があるなら対応しなくてはいけない、備えなければいけないと思います。

この時期にウクライナ国外やキーウ外に旅行を計画していると話す人もいましたが、今のところ、私の直接の友人はみんなキーウにとどまっています。

だって、結局のところ、ここに生活があり、仕事があるんです。自分の日常生活を続けることが(攻撃に対する)一種の抗議だとも思います。

たとえば、空襲警報が夜に鳴れば、睡眠不足になります。昼間や夕方に鳴れば、仕事のあとに友だちと会うためにおめかししてメイクアップしていても、警報が解除されるまで電車も止まり、シェルターに子どものように輪になって座り込んで、疲れ切ってしまいます。爆弾でけがをするわけではありませんが、じわじわと心理的に疲弊します。

できるだけ自分の日常生活を続けることが、ロシアに屈服しないことになり、また、戦争のことを考えすぎないでいられることになります。

人々が戦争下のストレスや不安に対処する、もう一つの方法があります。それは、仲間と一緒に過ごすことです。

ボランティアをしたり、ウクライナ軍を支援したり。たとえば私の友人が運営しているカフェ「Squat17b」では、ほぼ毎日、コンサートやDJイベント、展覧会を開いています。停電の時も、ライブストリーミング用のインターネット回線がない時もです。そのことが私たちに大きな勇気を与えてくれます。人は、仲間によって、また仲間といっしょに過ごすことで、一時かもしれませんが、大変な状況下でも癒やしを得ることができるのです。

子どもがいる人とか、この状況が精神的に耐えられないとか、様々な理由でウクライナを去る人がいてももちろんいいと思います。寄付を集めるとか、外からできることもたくさんあります。

でも、結局のところ、ここが「ホーム」なんです。ここに暮らし、すべての思い出がある。「ホーム」を守らないといけないと思います。

私のSNSに「お酒を飲んでいるんだね。塹壕(ざんごう)の中で兵士たちが死んでいるっていうのに」と嫌がらせを書いてくる人がいますが、この国が自衛し、バラバラにならないためには都市が機能し、経済を回していかないといけません。

お酒を飲んでいる写真を投稿すると、嫌がらせのメッセージが届くこともあるという=ゴンタールさんのツイッターより

寄付の多くも、戦闘地帯以外にある企業や人々が仕事をして得たお金です。ウクライナ全体のシステムを支えるために、人々が日々の仕事をしてコーヒーを買い、納税しなくてはいけないし、戦闘地域にいる兵士たちが帰るべき平和な暮らしがなければいけないと思います。

大規模侵攻から1年がたち、泣いているばかりではいられません。この悪夢のような状況に適応しなくてはと思っています。

日本の人たちに伝えたいこと

――日本の人々はこれまでもウクライナを支援する立場で寄付したり、避難民を受け入れたりしていますが、日本人に何を知って、どう行動して欲しいと思いますか。 

この戦争を終わらせる方法はいくつかあると思っています。

その一つが、F-16のような戦闘機をウクライナに供与することです。そうすれば制空権を掌握できます。

国際社会はウクライナが戦闘を続けるのに十分な武器を供与してくれています。それ自体はとてもありがたいことですが、戦争を終わらせるには不十分なのです。そして戦争を続けるための武器を供与するよりも、戦争を終わらせるための武器を供与する方が、結局のところ、安上がりなのです。

ウクライナが勝って戦争を早く終わらせることができれば、各国の手元にはより多くのお金が残りますし、ロシアから賠償金が取れれば、それも使ってウクライナの復興を推し進めることができます。でもまずは戦争を終わらせなくてはいけません。

希望的観測に聞こえるかもしれませんが、3日で陥落すると思われたウクライナは1年持ちこたえました。この国に不可能なことはないと感じています。日本の人々が、日本政府や他国の政府に働きかけてほしいと思います。

日本の人が遠いウクライナで起きている戦争を想像しにくいのはよく分かりますが、どうかウクライナのことを忘れないでください。そして、これからもウクライナ支援を続けてほしいと思います。