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NFLの配信契約は1兆円超え アメリカのビックテック企業が起こす「第3の波」

World Now 更新日: 公開日:

7年間で140億ドル超 アマゾン、グーグル、アップルで争奪戦

2クオーターの序盤、残り1ヤードから、勝ち越しのタッチダウン! スタジアムは大きな歓声に包まれた─―。

昨年末、クリスマス前のアメリカ、サンフランシスコ。ダウンタウンにあるパブで、客たちがビールを片手に、アメリカンフットボールのNFLを中継する大型画面に見入っている。

NFLで、木曜日に1試合だけ行われるサーズデー・ナイト・フットボール(TNF)。この日のジャクソンビル・ジャガーズとニューヨーク・ジェッツの対戦映像は、インターネット経由で流されている。2021年までは地上波のテレビなどでも放送されていたが、今シーズンから、アマゾンプライムビデオが独占でライブ配信している。

人気のパブの画面では、アマゾンがネット配信するNFLの中継を流していた=2022年12月、サンフランシスコ、塩谷耕吾撮影

「シーズンの最初、木曜日の試合は店で流していなかったら、客が減ってしまって。電話がかかってくるんだ。『試合は見られないのか?』って。それで、3週目にアマゾンと契約したんだ」。給仕長のラッセルさんは、客であふれかえる店内を満足げに見渡した。

NFLはこの日、サンデーチケットと呼ばれる日曜日の大半の試合の来季以降の中継で、グーグルと合意したと発表していた。ラッセルさんは今度は肩をすくめた。

「来年、必要ならこっちにも加入するかもね。また、お金がかかる」

米国で今、スポーツの配信権料が空前の沸騰をみせている。
マーケットの主役は、「GAFA」を中心とした巨大プラットフォーマーたち。派手なたたき合いを演じている。

米メディアによると、アマゾンが21年、NFLと結んだ年間16試合のTNFの配信権は11年間で総額130億ドル(約1兆7000億円)に上った。

衛星放送のディレクTVが29年間、放送してきたサンデーチケットを巡っては、アマゾン、グーグル、アップルで争奪戦となった。権利を手にしたのはグーグル。7年間で140億ドル(約1兆8000億円)を超える契約を結んだ。グーグル傘下のユーチューブの有料配信サービスで流される。

NFLロジャー・グッデル・コミッショナーは声明で「今回の提携は次世代のファンを増やす新たな一例となる」と若い世代の取り込みを期待した。

満員の観客で盛り上がるNFLのスタジアム
満員の観客で盛り上がるNFLのスタジアム=2022年12月、塩谷耕吾撮影

放送局再編、ケーブル……新メディア登場のたびに高騰

「アメリカではメディアに新たな主役が現れる度にスポーツライツの金額が跳ね上がる歴史がある。配信業者の登場で『第3の波』が押し寄せている」。エンタメに詳しい社会学者、中山淳雄さんが解説する。

米調査会社ニールセンによると、21年1~9月に全米で見られた番組上位50のうち、地上波放送は98%、ケーブルテレビなら72%がスポーツで、最も人気なのはNFLだった。メディアの覇権を握るなら、スポーツは必要不可欠と言える。

中山さんによると、最初の波は1990年代。ABC、NBC、CBSの3大ネットワークが支配した米放送界の再編だった。新興のFOXが93年、CBSが持ってきたNFLの放映権をそれまでの1.5倍の「4年16億ドル(約2100億円)」で獲得。「4大ネットワーク」の一つとなる礎となったといわれる。

第2の波は、地上波から有料ケーブル局への移行期に起きた。2006年にはNFLの月曜日の試合の中継がABCから、ケーブル局のESPNに移った。

NFLが受け取った年間放映・配信権料は、1990年の9億ドル(約1200億円)が2006年に37億ドル(約4800億円)に。23年は120億ドル(1兆5600億円)に達するとされる。

こうした収入は、各チームに均等配分される。10年シーズンは1チームあたり1億ドル(約130億円)弱だったが、21年シーズンは3億4730万ドル(約451億円)に上昇。平均年俸が270万ドル(約3億5000万円)を超える選手の人件費やスタジアム整備などの投資に回る。

プラットフォーマーの次のターゲットは、24年シーズン終了後にケーブル局のTNT、ESPNとの契約が切れるバスケットボールのNBAだ。

NBAワシントン・ウィザーズの親会社、モニュメンタルスポーツのジム・バン・ストーン社長。プラットフォーマーの配信ビジネスへの期待を示した
NBAワシントン・ウィザーズの親会社、モニュメンタルスポーツのジム・バン・ストーン社長。プラットフォーマーの配信ビジネスへの期待を示した=2022年12月、ワシントンDC、塩谷耕吾撮影

ワシントン・ウィザーズの親会社、モニュメンタルスポーツのジム・バン・ストーン社長は取材に、熱い視線を返した。

「巨大プラットフォーマーとの提携に大いに関心がある。それは私たちのビジネスに多様性をもたらす」

現在、NBAはケーブル局2社と9年で3兆円を超える契約を結ぶが、次の契約はその2〜3倍との観測も出ている。

コンテンツ会社には手が出せない 顧客満足度のための「実験」

NBAのアジア配信担当者は、デジタル配信により、視聴者は「顧客」へと変化したという。「放送と違い、会員登録により、プラットフォーマーはユーザーの個人情報や消費習慣、視聴行動を把握できる」

アマゾンプライムビデオの児玉隆志ジャパンカントリーマネジャーは、スポーツの生中継の特徴をこう説明する。

「映画やアニメが1カ月で取るような数字(視聴者数)を1日、もしくは数時間でたたき出す。信じられないくらいの瞬間風速。特異点のような山ができる。SNSでのつぶやきも声が声を呼び、お祭り状態を作り出す」

「もう、他に本業があるところしかスポーツ中継はできないよね」

昨年末、シリコンバレー。記者と向き合ったネットフリックス(ネトフリ)社の関係者は苦笑を浮かべた。グーグルとNFLの契約は、社内でも話題の的だったという。

世界で2億人以上の会員を抱えるネトフリ社。だが、22年は2期連続で会員減少に直面した。状況を打開するキラーコンテンツとして、スポーツはのどから手が出るほどほしい。

だが、「新規会員数がどれだけ増えても、今の金額では収支のバランスがとれないよ。コンテンツを売り物にしている会社は手が出せなくなる」。

Google 1.8兆円 NFL(米アメリカンフットボール)と7年間で1.8兆円の配信権契約、傘下のYoutubeの有料サービスで配信
amazon 1.7兆円 NFLと11年間1.7兆円の配信権契約、イングランドプレミアリーグ、欧州CL(サッカー)を配信
apple 3250億円 MLS(米国メジャーリーグサッカー)と10年間3250億円で配信権契約、MLB(米プロ野球)と年間110億円で配信契約
DAZN 2240億円 世界200カ国・地域以上で配信、サッカーJリーグと12年間2240億円で独占配信契約
abema 1700万人 サッカーW杯を無料中継、局全体の視聴者が1700万人超の日も
アメリカ、日本のスポーツ配信契約の規模

ネトフリの競合相手で世界でサービスを展開する米ディズニーの動画配信部門は、スポーツコンテンツを抱え、会員数は増えているが、業績は赤字が続いている。

そんななか、スポーツコンテンツの争奪戦を繰り広げているのは、eコマースが本業のアマゾン、ネット広告で稼ぐグーグル、テック界の巨人、アップル。

「彼らにすれば、実験みたいなものじゃないかな。会員数はもう十分にある。うなるほど現金もある。抱えている顧客にどれくらいの満足度を与えられるか。増やすと言うより、つなぎとめるための」

たとえば、アマゾンなら、有料会員は買い物だけでなく、動画や音楽も楽しめる。配信コンテンツが会員を引き留めれば、本業にもプラスになる。

「第3の波のピークは案外近いかも」と語る一方で、ため息をついた。「すぐにまた、次の主役が現れる。スポーツベッティング(賭け)業者とかね」