ラスベガスのハリー・リード国際空港から、車で約10分。「アペックス(頂点)」と名付けられたオフィスビルのような建物の中で、世界最大の総合格闘技団体「UFC」の試合は行われていた。
八角形の闘技場は、ホテルの宴会場ほどの空間に設置され、試合を見ているのはほぼ関係者だけ。まるで、テレビスタジオのような会場だ。静かな空間で繰り広げられた選手たちの熱闘は、インターネットを通じて世界に配信される。
「2019年に完成したアペックスは、試合の運営から撮影、収録、番組編集、配信と、一貫して行うことができる世界クラスの施設だ」
現在、UFCの有料配信プラットフォーム「ファイトパス」の責任者サリバン・クローリー氏はこう説明する。
世界中のスポーツが冷温停止したコロナ下での活動に、このアペックスとファイトパスは大きな役割を果たした。
2020年5月、UFCはフロリダで感染症対策を施したバブル空間をつくり、無観客で大会を開催した。世界中の主要スポーツ団体としては、最初の活動再開だった。同月30日を皮切りにAPEXはUFC大会の中心会場となり、大会を開催し続けた。
「パンデミックの安全プロトコルに自信があったからこそ動き出した。このプロトコルはその後、他のライブイベント運営でも基準となった。加えて、インターネットさえあれば誰でも試合を観戦できるため、世界が直面していた厳しい状況を少しでも緩和できると考えた」とUFCアジア太平洋地域統括責任者、ケビン・チャン氏は説明する。
実は同年4月にも、UFCは活動再開を計画していた。
だが、2019年に5年15億ドル(約1950億円)で放送権契約を結んだスポーツ専門ケーブル局のESPNと、その親会社のディズニーグループから「時期尚早」との反対で一度は断念した、という経緯があった。
最終的に団体としての意志を貫くことができたのは、放送局の力を借りなくても映像の制作、配信が可能で、視聴者に直接届けられる独自メディアを所有していたことが「後押しになった」とUFC関係者は話す。
「かつて、(多チャンネルの)ケーブルテレビの出現は、スポーツファンに新しい時代をもたらした。何年もたった今、ファイトパスのような配信プラットフォームは、ケーブルテレビの21世紀版と言える。違いは空間が無限で、提供する映像に制限がないことだ」とクローリー氏は話す。
ネット回線さえあれば映像が届けられるデジタル配信技術は、放送局ほどのインフラ整備が不要。競技団体が独自メディアを持つ機会となった。
かつてESPNの社員だったクローリー氏は、「私はそれを新たなフロンティアと認識した。UFCからアプローチがあったとき、ファイトパスの戦略に関与する機会に飛びついた」という。
現在、ESPNが米国内で有料放送をするのと並行して、ファイトパスが世界中に有料配信している。「ESPNは我々の最高のパートナーだ。ファイトパスはそのパートナーシップを補完する。両社の間で、互いの利益になるように常に協力的な議論が行われている」
13年に創設したファイトパスは現在、全世界200カ国以上に年間約250のイベントの配信をしている。会員数は非公表だが、この4年間で6割増と拡大が続いているという。
「今後、すべてのスポーツはファンに直販できる独自メディアによる配信が主流になっていくのではないか」。それだけの手応えがある。