10億円を投資 視聴者数は最高記録、会員加入数も好調
第1弾として配信したのは、昨年4月、さいたまスーパーアリーナで行われた世界ミドル級王座統一戦、村田諒太(帝拳)対ゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)の一戦だ。
アマゾンは、独占配信権に加え、サーバーなどのシステム整備費、広告費などに10億円近くを投資。村田自身は約6億円もの報酬を得るなど、ボクシングでは日本史上最大の興行となった。
この試合の視聴者数は、21年8月に配信したアニメ映画「シン・エヴァンゲリオン」を抜き、日本での単日の最高記録を更新した。新規の会員加入者数もトップ3に入る数字だったという。「投資を正当化できる数字が出た。大成功だった」。アマゾンのジャパンカントリーマネジャー、児玉隆志さんは言う。
2カ月後の6月には、世界バンタム級王座統一戦、井上尚弥(大橋)対ノニト・ドネア(フィリピン)を配信。2回1分半で井上のTKO勝利という短時間の試合となったが、村田戦の記録を更新する数の視聴者が殺到した。「サーバーがもつか、ちょっと危ないと感じるほどだった」と児玉さんは振り返る。
アマゾンの参入は、日本ボクシング界に変化をもたらした。
かつては、ジムごとに地上波テレビ局がつき、世界戦はテレビ局が取り仕切っていた。ただ、テレビ局の予算は限りがあり、人気王者同士が激突するビッグマッチを日本で開催するのは難しかった。
井上が所属する大橋ジムの大橋秀行会長は、アマゾンらデジタルプラットフォーマーの登場で、そんなこれまでの限界の「天井が取れた」と表現する。
対戦カードと「数字を持つ選手」が鍵 スマホ観戦にぴったり
児玉さんも指摘する。「消費者調査をかければ、日本でボクシングはサッカーや野球には及ばず、No.1スポーツにはならない。ただ、対戦カードによっては、ひけをとらない、エンターテインメントとしての価値がある。そこがボクシングの魅力であり、面白いところだ」
そして、昨年12月に有明アリーナであったバンタム級4団体王座統一戦、井上対ポール・バトラー(英国)の配信は、複数のプラットフォーマーが手を挙げる中、NTTグループのdTV、ひかりTVが配信した。NTT関係者は言う。「魅力あるコンテンツは配信サービスの要。井上選手の統一戦は、その中でも最高レベルだ」
〝数字を持つ〟選手がプラットフォーマーを選ぶ時代になったと言える。
今春にも日本で試合を予定する井上は「地上波でやらないから多くの人に触れられない。良し悪しはあるが、中継が配信に変わりつつある今だからこそ、ビッグマッチを日本で組む報酬が生み出せる」と話す。
「格闘技とネット配信は相性がいい」と話すのは、ネットテレビABEMAのエグゼクティブプロデューサーで、格闘技チャンネルを立ち上げた北野雄司さん。そのココロはこうだ。
「1対1の格闘技は、スマホの小さな画面でも選手の表情がしっかり見える。そういう競技がよく見られる」
ABEMAがキックボクシングやプロレス、総合格闘技の配信を続ける中で若者の間で人気者に育ったのが、キックボクシングの那須川天心と武尊(たける)。昨年6月、2人が東京ドームで対決した「THE MATCH」は話題を呼んだ。
当初、フジテレビとABEMAが中継する予定だったが、直前にフジテレビが撤退。ABEMAが単独で、番組ごとに視聴料を払う方式で配信すると、5000円前後の視聴チケットに対して、約50万件で約25億円という売り上げを記録した。
ネット配信が生んだスター、那須川は今春、ボクシングに転向する。
アマゾンの児玉さんは言う。
「我々を選んでいただけるのなら、『いいな』と思います」
配信権をめぐる激しい競争は続きそうだ。