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プロレスは”八百長”ではない それがわかればビジネスリーダーに必要な資質が見える

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最後のリング上でポスターを掲げるアントニオ猪木さん
最後のリング上でポスターを掲げるアントニオ猪木さん=1998年4月、東京・後楽園の東京ドーム、朝日新聞社

プロレスは真剣勝負か八百長か。

そう聞かれたら、おそらくほとんどの人が八百長と答えるのではないだろうか。

実際に、プロレスが真剣勝負であろうはずなどない。

ドロップキックはジャブほどしか効かないはずなのに、十六文キックが人を失神させるほどのダメージがあるなど、どうなっているのか。

アントニオ猪木の引退試合は55歳の時だったが、33歳のドン・フライにコブラツイストで完勝するなど、社長だからといってやり過ぎというものである。

プロボクサー上がりのドン・フライが本気でぶん殴ったら、還暦間際の猪木は秒で病院送りになっていただろう。

にもかかわらず、観客は猪木の“最後のファイト”に酔いしれ、「行けばわかるさ」の引退スピーチは伝説になった。

ではなぜ、昔の子どもたちは「何かおかしい…?」と思いながらもプロレスにあそこまでアツくなったのか。

それはきっと、プロレスが“八百長”ではないからだ。

それどころか、プロレス人気の盛衰と日本経済の盛衰は時期を一にしており、「プロレス的価値観」を失ったことが、日本の大人をダメにした原因ではないかとすら思っている。

それはどういうことか。

プロレスNWF世界チャンピオンのアントニオ猪木さん(左)は、プロボクシング世界ヘビー級王者モハメド・アリさんと対戦した
プロレスNWF世界チャンピオンのアントニオ猪木さん(左)は、プロボクシング世界ヘビー級王者モハメド・アリさんと対戦した=1976年6月、東京・日本武道館

「暇と思われたらどうしよう」

話は変わるが、私はかつてある会社でCFOを務めていたことがある。

とはいえCFOとは名ばかりで、数カ月後には潰れるような会社をなんとかして延命させ、可能であれば立て直すか身売りするというのが、株主から期待された役割だった。

そんなある日、思いつめた表情の若手社員が私の席まで来ると、時間を取って欲しいとリクエストしてきた。

紅潮した頬、潤んだ両目からはあまり放置すべきでない空気を感じさせる。

そのためすぐに会議室に場を移すと、彼は怒りに任せて話し始めた。

「ウチのバカ部長をなんとかして下さい!」

聞けば営業部には、「P(プライオリティ)マトリックス」なるものを付けさせる習慣があるとのこと。

仕事を「重要」「緊急」のマトリックスシートに箇条書きで書き出し、それに時間予算を割り振って、毎日の仕事を15分単位で管理するというものだそうだ。

しかもそれは毎朝チェックされ、夜にはその通りに動いたかどうかの事後チェックまでされるという。

なるほど、むかし何かの経営本で読んだような考え方である。

デタラメながらも行動が“可視化”されるので、上司が「しっかり管理していますアピール」をするにはうってつけなのだろう。

される方はたまったものではないが。

「ストレスを感じるのはよくわかります。私だってこんなことされたら、発狂します」

「ですよね、あいつ頭おかしいんですよ!」

「それはそうとして、一つ教えて下さい。毎日15分単位で計画を立てて動くほど、本当に忙しいですか?」

「…え?」

「14~18時、暇だからオンライン将棋と書いたら、なんて言われますか?」

「メチャメチャ怒られると思います」

「なるほど…」

「…はぁ」

キョトンとしている彼にはお礼を伝え、この無意味な作業は一度、部長と話し合うことを約束すると仕事に戻らせた。

実はこのとき、私は既にその会社の「潰れそうな理由」について、確信に近い原因に行き当たっていた。

それは人が多すぎることだ。労務費率は同業他社水準を大きく上回っていたが、特に営業部門と間接部門では仕事量に対して、明らかに人が多い。

にもかかわらず、皆が忙しいとパソコンにしがみつき、管理職は眉間にシワを寄せ画面を凝視している。数字の上からは、人員に余裕があることはほぼ間違いないにもかかわらずだ。

ではいったい、皆なぜそんなに“忙しい”のか。

その元凶は、この「Pマトリックス」なるおかしな習慣が、他の部門にも形を変えて全社的に存在していることだった。

つまりその会社には、「9時から18時まで形ばかりの予定を詰め込み忙しそうにしないと怒られる」という文化が、仕組みとして強固に存在していたということである。

こんな仕組みで一日の予定を”可視化“されたら、誰だって2時間で終わる仕事を4時間かかることにするだろう。

それだけならまだマシで、人によっては就業時間に合わせ、無意味な仕事を作り出すことすらやってしまう。

コピーが曲がっているといってはやり直させ、仕入先に些細なクレーム電話を入れひたすら時間を潰しだす。

そんなことをしていたら組織も人の心も歪み、会社がもつわけがない。

状況を理解した私は、役員会に一つの提案をすることにした。

それは、選択的週休3日制の導入と、週休3日を選んだ社員とは雇用契約を結び直し、10%程度の年収減を提示することだ。万が一、間接部門の全員が週休3日を選んでも業務量は100%、完全に遂行できるだろう。

一人も解雇すること無く、希望する従業員のワークライフバランスは向上し、なおかつ労務費を相当程度削減できるのだから、これ以上はない打ち手であろうと思われた。

しかしこの提案は、役員会でほぼ全員に反対され却下される。

特に経営トップの意志は明確で、

「労働基準法の上限まで働かすことができる雇用契約を結んでいるのに、なぜそんなことをするのか」

というものであった。

「給料を払っているのに、使い切らないともったいない」

という趣旨のことも言った。

なるほど、だから「Pマトリックス」のようなものが存在し、皆が忙しいフリをする企業文化が根付いたのか。

全ては経営者の考え方であり、だから皆が「暇と思われたらどうしよう」と恐れ、次々と無駄な仕事を作り出して労務費が肥大化していったということだ。

結局この会社で私は再建を諦め、経営トップには事業を売却し経営から降りるよう勧めた。

そしてその通りの結末でイグジットしたが、新しい経営者の下で無意味な習慣は全て廃止され、利益率も大幅に改善したと聞いている。

従業員1,000名近い中堅規模の会社だったが、それでも経営トップたった一人の哲学で、組織はここまで変わってしまうことを思い知った出来事になった。

◇     ◇     ◇

本来、経営者やリーダーの仕事とは、「短い時間で多くの成果を上げること」である。

やるべき仕事が終わったのなら「午前中で帰っていいよ」と言えるようなリーダーこそ、本当は評価されなければならない。

同じ仕事量なら短時間で仕上げるほうがエライのだから、当たり前ではないか。

それを、「時間いっぱい使い切らないともったいない」などと考える経営者は、控えめにいってかなり頭が悪い。

そんなことをすれば従業員も「就業時間に合わせて仕事を引き伸ばす」に決まっているのに、なぜその程度のこともわからないのか。

そしてこのような「同じ仕事量なら、長い時間をかけて働く従業員こそエライ」という狂った感性を持つ経営者は、決して少なくないのが実情だ。

そんな状況に苦しむ、あるいは思い当たるビジネスパーソンも、きっと多いのではないだろうか。

”意識の高い人”が、組織をぶっ壊す

話は冒頭の、「プロレスは八百長ではない」についてだ。

プロレスは確かに、持病を持っていそうな50~60代のベテランが、屈強な20~30代の若者をKOしてしまう不思議な“格闘技”である。

正直、令和のプロレスについてはよく知らないが、昭和のプロレスとはそういうものであった。

そして私はそんなプロレスを、 “八百長”ではなく「戦闘シミュレーション」であったと思っている。

自衛隊にはバトラーと呼ばれるレーザー交戦装置があり、敵味方に分かれた実戦さながらの模擬戦闘訓練を行うが、あれと同じだ。

勝敗は誇りであり、部隊の精強さをそのまま示すが、実弾を撃ち合うわけではない。

しかし実弾でやりあった前提で、被弾した部隊や個人はそのように振る舞い、戦いを進めていくことになる。

このような、プロレスや自衛隊の「シミュレーション能力」は、本当にスゴイものだ。

見ている人を本気で興奮させ、あるいは国の安全保障を託すほどの信頼性で仮想現実を作り出すのだから。

実は先にお話した「Pマトリックス」では、経営トップ以上に困ったのは、間違った指導をする管理職だった。

「資料作成3時間」などと書かれていた場合、「この資料作成に3時間もかかるわけ無いだろう!1時間でできることを俺が証明してやる!」などと言って実際にやってみせ、部下を理詰めで凹ませるものもいた。

しかしそんなことをしても全く無意味なことは、少し考えれば容易にわかるだろう。

本質的に暇なのだから、部下は簡単に論破されない予定を代わりに入れて埋めるだけである。

無能なリーダーはこのように、自分の言動がどのように組織に影響を与えるのかを全くシミュレーションできず、ひたすら無駄な仕事を生み出して組織を破壊していく。

レーザー交戦装置を使った陸上自衛隊の訓練の様子
レーザー交戦装置を使った陸上自衛隊の訓練の様子=アメリカ軍/Wikimedia Commons(パブリック・ドメイン)

時代は令和になり、昭和に比べ世の中にはさまざまな「経営ノウハウ」が溢れるようになった。

頭のいい人が考えた「Pマトリックス」のようなロジックも生まれ、それを自社に取り入れる“意識の高い人”もたくさんいる。

しかしそれでも経営状況が良くならないのであれば、それは「運用をするリーダーが、基本的に頭が悪い」からである。

全体最適を考えずに、どこかの会社で成功したシステムや考え方を中途半端に導入したところで、成功するわけがない。

そんなリーダーに溢れる令和の世の中よりも、十六文キックで失神してみせた昭和のレスラーたちのほうがよほど、仕事というものをわかっていた。

全体を俯瞰し、ロールを演じられるというのはそれほどに難しく、そして令和の今こそ昭和のプロレスから学び直すべき価値観である。

まあ、「昭和は良かった」って言いたいだけなんですけどね。