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渋沢栄一が新一万円札の顔にふさわしい理由 LGBTの学生を採用面接して悟った彼の凄さ

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実業家の渋沢栄一
実業家の渋沢栄一

2024年から新一万円札の顔になることが決まっている渋沢栄一。

最高額面の紙幣といえば文字通り国の顔であり、国家を象徴する人物や風景などから選ばれるのが、おそらく世界的な常識だろう。

しかしここでふと、疑問に思うことがある。日本人のうちどれくらいの人が「なぜ渋沢栄一なのか」と聞かれた時、自分なりの考えを述べることができるだろうか。

日本史に少し興味がある人であれば、おそらく渋沢のことを

「第一国立銀行や東京ガスなど、多くの社会インフラ企業を立ち上げた人物」
「500近い会社を立ち上げた、日本資本主義の父」

という程度には知っているかも知れない。

あるいはもう少し詳しい人なら、「合本主義」という言葉に象徴されるように、道徳的な経営者としての側面から、渋沢の活躍に注目する人もいるだろう。そして「だから選ばれたのでは」と考えるのではないだろうか。

しかし私はそのいずれも、「理由の一つではあるだろうが、本質ではない」と考えている。

というよりも、そんな小難しいことを言われたところで素直に心に届かないし、そもそも納得できない。

では本当のところ、この令和の時代に渋沢がなぜ新一万円札の顔に選ばれたのだろうか。そしてその事実を、私たちはどう理解すればよいのだろうか。

渋沢栄一がデザインされた新しい一万円札のイメージ図=2019年4月、東京・霞が関
渋沢栄一がデザインされた新しい一万円札のイメージ図=2019年4月、東京・霞が関

「泣きながら内定辞退を伝えてきました」

話は変わるが今から20年ほど前、新卒学生の採用面接をしていた時のことだ。一人の学生の履歴書を前に私は「どうすべきか」と、考えあぐねていたことがある。

役員面接まで残る学生は皆優秀で、書類を眺めていても甲乙のつけようがない。それぞれの生き方や価値観が垣間見えるアピールポイントは人生そのものであり、むしろこの情報をどう採否の判断に繋げろというのか。

そんなことを考えながら、「次に入室される学生さんです」と受け取った履歴書には末尾にこんなことが記されていた。

「私の性別は女性ですが、ずっと男性として生きてきました。驚かせてしまうかも知れませんが、宜しくお願いします」

少し時代背景をお話すると、歴史上はじめてLGBTの人権に関する国連決議が採択されたのは2011年のことであった。

当時はそれよりも10年近く前で、「性的マイノリティ」という言葉は少しずつ理解され始めていたものの、世の中の理解が進んでいるとはとても言い難い情勢である。

そんなことを、彼なりに配慮してくれたのだろう。そしてこの情報を事前に受け取った私は、

「採用したとして、現場は彼を受け入れることができるだろうか」
「この話に面接で触れることは許されるのだろうか」

と、未だルールもガイドラインも示されていない初めてのケースにどう対応すべきか、考えあぐねていたということだ。

しかし考えていても仕方がない。迷った時には「誠実さ」以上の最善など無いのが、人の世というものである。

どうにかなるだろうと、私はさっそく入室してもらうよう声を掛けた。

そして着席した学生に対し、他の学生と同じ問いかけを一通り投げかける。いわゆる「ガクチカ(学生時代に力を入れたこと)」に始まり学部の専攻、その選択理由や4年間で得た収穫、アルバイトの話など、奇をてらった質問は必要ない。

その全てに彼は力強く、そしてリアリティと説得力をもって語ってくれた。そしてその表現力、言語化能力、ロジカルでありながらわかり易い言葉を選ぶセンスなどは、圧倒的だった。相当優秀な学生であることは明らかだ。

それにしてもなぜ、これほど優秀な学生が当社を志望してくれるのだろうか。

彼の事情を考えると、あるいはコンプラ教育のしっかり行き届いている、より大きな上場企業などを選ぶべきではないだろうか。ウチで採ってしまったら、彼の能力をつまらない環境要因で潰してしまうことにもなりかねないだろう。

そんな迷いから、余り好きではなかったがありきたりな質問をつい、投げかけてしまった。

「当社を志望した動機を教えて下さい」

するとここでも彼は、強い意志を語ってくれた。当社が業界で強みを発揮している特許のことを正確に理解しており、その特許技術のサービス展開に自分の強みを発揮できること。具体的にどのような問題意識を持っており、それをどうすべきかというレベルでまで聞かせてくれた。

もはやこれ以上の質問は必要ない。彼の入社は当社の利益であり、是非欲しい人材だ。しかしだからこそ、私は彼に最適な職場環境を提供できない可能性について話すことが誠意だと考えた。

そして用意された書類や履歴書を整えると脇に置き、両手を机の上に置いて、彼の目を見つめながらこう問いかけた。

「本日はお疲れさまでした。最後に一つ、お聞きしたいことがあります。履歴書で申告して頂いている、あなたの心と性のお話です」

「はい、どんなことでしょうか」

「私はあなたのことを、とても高く評価しています。しかし弊社ではあなたと同じ心をもつ社員を採用した実績が恐らくこれまでにありません。そのため、十分な教育が行き届いているとはとても言えません」

「はい、覚悟はできています」

「必要な教育は今からでも行いますが、もしかしたら無理解な社員により、辛い思いをさせてしまうことがあるでしょう。その時に弊社を選んで頂いたことを後悔されるようでしたら、取り返しがつかないことだと思っています」

「大丈夫です。今までも同じようなことがたくさんありました。そして全て、乗り越えてきました」

そう答える彼の目は自信に満ちあふれており、私は自分の浅はかさを恥じた。

そしてこれほどまでに優秀な学生に出会えたこと、当社を志望してくれたことに胸が熱くなり、目頭に溢れるものを堪えながら答えた。

「本日はありがとうございました。あなたのような学生に弊社を志望して頂けて、とても光栄です。結果は後日、通知させて頂きます」

私の質問は、今のルールであれば許されないものも、あるいは含まれていたかも知れない。

また教育体制の不備を学生に伝え理解を求めるなど、今から考えたら冷や汗が出る思いだ。

それらを含め彼には本当に失礼なことを重ねたと思うが、感謝とともに後日、彼に採用内定通知を出した。

しかし結論から言うと、彼は内定を辞退した。理由は同業他社の最大手からも内定を貰い、悩みに悩んだが、そちらを選んだということのようだった。

そして内定辞退を伝える電話で、彼は泣いていたことを聞かされた。そして私に対し、繰り返しお礼を伝えて欲しいということ、飾らない自分に正面から向き合ってくれて嬉しかったことを伝えて欲しいと、繰り返し述べていたそうだ。

さらに後日届いた直筆の手紙には、内定辞退のお詫びと感謝の言葉がキレイな字で綴られていた。

そして最後まで、当社に入りたい気持ちに揺れ動いたこと。自分のことを理解し、寄り添ってくれる役員がいる会社にこそ入るべきではないのかと迷った想いなどが赤裸々に綴られていた。

やはり彼は、これ以上はない優秀な学生だった。彼を採用できなくて、本当に残念だった。

東京朝日新聞社新築社屋完成披露第2日に参観にきた渋沢栄一子爵(右)と村山竜平朝日新聞社社長(左)、社長夫人(中央)=1927年4月、東京朝日新聞社貴賓室(現・東京都千代田区有楽町)
東京朝日新聞社新築社屋完成披露第2日に参観にきた渋沢栄一子爵(右)と村山竜平朝日新聞社社長(左)、社長夫人(中央)=1927年4月、東京朝日新聞社貴賓室(現・東京都千代田区有楽町)

渋沢が残した資本主義の本質とは

話は冒頭の、渋沢栄一のことだ。私は「渋沢栄一の凄さ」をシンプルに伝える為に必要な言葉は、この発言に集約されると思っている。

「人というのは自分の利益にならないことであれば、全力で取り組もうとなどしないものだ」

当然のことではあるが、私たちは自分自身がまず幸せでなければ、人を幸せにしたいという心の余裕など生まれない。

自分の利益を度外視してでも人の利益のために働くなど、長い目で見れば必ず破綻するので間違っている。

渋沢はこの、人間のシンプルな欲求を正しく理解し、リアリズムに基づいた資本主義を設計して日本に普及させた。

経営者だけが豊かになるような資本主義はおかしい。従業員も取引先も全てが皆、等しく豊かにならない経済など絶対にうまく行かないとまで、資本主義の本質を喝破している。

翻ってみて、今の日本経済を牽引するリーダーたちの姿は、渋沢が設計した資本主義の精神を引き継いているといえるだろうか。

「ブラック企業」などという情けない存在が社会問題になり、「やりがい搾取」という言葉が生まれるほどに、従業員の利益を語れない経営者が増えすぎたように思えないだろうか。

「自分の利益にならないことであれば、全力で取り組もうとなどしない」からこそ、誰も全力で仕事に取り組まない、低生産性に苦しむ日本的な資本主義に落ちぶれたということはないだろうか。

私には、LGBTの学生さんから明確に教わったことが一つある。それは「多様性を受け入れることは、お互いに利益をシェアすること」という揺るぎない事実だ。

赤、緑、青の三原色は混じり合わなければ自分以外の何ものにもなれないが、3色が混じり合えば何ものにでもなれる。

何かと話題のAIにしたところで、結局のところは「集合知」がもたらす無限の力を形にしたものに過ぎない。

私自身、彼の生き方や価値観に触れ、新しい考え方を積極的に取り入れようとしてこなかった臆病さに気が付かされた。そしてそれは、企業にとっては緩やかな死を意味する。仕事仲間としてのご縁には恵まれなかったが、彼が残してくれた影響はとても大きい。

渋沢は「人は自分の利害に関わる仕事であれば、本気になって発展させていく」とも述べている。

そしてその利害の最たるものは、お互いの価値観を理解し尊重することだ。誰だって自分の価値観を否定されたら、仕事どころではない。不信感から憎しみにまで発展することもあるだろう。そんな社会は足の引っ張り合いでしか無く、1+1がマイナスにすらなってしまう。

そう考えると、渋沢がなぜ、新一万円札の顔に選ばれたのか。そしてそれはなぜ、令和の今なのか。

経営者の立ち居振る舞い、低生産性に苦しむ日本経済、私たち一人ひとりのあるべき姿…。

渋沢栄一が日本に作り上げた資本主義の姿から、いろいろなことが想起されるのではないだろうか。

ぜひ2024年、新一万円札を手に取った時に、一人ひとりの人が自分なりの答えを見つけて欲しいと願っている。